宮下礼菜③

 キュルッと靴底をこする。左足軸に後ろへターン。床を叩くボールが前へ前へと走る。

 先へ、もっと先――あぁ、でも追いつかれる。ディフェンスが伸ばす手を背中から感じる。ゴールよりもちょっと遠い、けど……

 不意に手首がキーンと痛み、固まる。でも、ここで決めないとダメなんだ。

 今しかない――のに――。

 その時、耳元を声がかすめた。

 爽やかなギターボーカルの声。そして、重たいベース音。力強いドラム。速いギター。

 なんだっけ、この曲。達海が聴いてた曲だ。


 お前の居場所はそこじゃねぇだろ

 なにもないなんて 誰が言おうとも

 オレだけはお前を信じてる

 さぁ!!! 行こう!!!

 このステージはお前だけのもんだぜ!!!!

 お前がお前を諦めることはないんだぜ!!!!


「そうだ、諦めることはないんだ」

 達海も言ってた。諦めるな、諦めるな私。

 止まって、狙って、シュート。それは流れ星のような弧を描いて、飛ぶ。両手で弾くように飛ばしたボールが伸びて伸びて――ストン、ときれいにゴールへ吸い込まれる。

 得意なロングシュート、決まった。

 体育館が熱気で包まれて歓声に湧く。

礼菜らいな、ナイッシュー!」

 チームメイトとハイタッチしながらゴール下へ走る。観戦席に目をむけると、そこにいた達海が鋭い目を珍しくまんまるにかっ開いていた。視線がぶつかると、彼はニッカリと笑った。


 *


 *


 *


 あぁ、そんな夢が本物になればいいのに。

 熱気と汗が充満した体育館から離れて、私は外へ出た。

 背がデカイから隠れようにも隠れられてない。達海は頭にタオルをかぶせたまま、体育館裏で不機嫌に座っていた。

「惜しかったねぇ、ドンマイ」

「惜しくねぇ」

「でも勝ったんだし、いいじゃん」

「良くねぇ」

 あーあ、機嫌悪すぎ。

「スリーにこだわることないのに」

 身長があるんだから、リバウンドボールを拾って入れたらいい。それでもこいつは今日、スリーポイントを全部落としたことに激しく後悔している。

 その外れたボールを自ら取ってダンクに持ってったのは圧巻で。確かに荒業だったけど、あのプレーには驚かされたし興奮した。それなのに不満だそうだ。バカだなぁ、ほんと。

 私はタオル越しに達海の頭をくしゃくしゃ撫でた。

「いいよ。あの約束、なかったことにしてやっても」

「え?」

 顔を上げる達海。細い目を珍しくまんまるにして私を見る。

「そう言えば、あの曲、聴いたんだけどさー。いい歌だったねぇ。『BreeZe』の『FIGHTSONG』だっけ。お前の居場所はそこじゃねぇだろって力強い歌詞だった。なんか達海みたいでクセになりそう」

 あの夕暮れにスマホから流れていた曲を改めて聴いてみた。

 そしたら、無性に泣きたくなった。そんなみっともないところは絶対に見せたくないから、私は漏れそうになったため息を飲み込んだ。

「大学でバスケやるよ。ちゃんと、一から始める。だからさ、絶対来いよ」

 達海のおでこにビシッと人差し指をつきつけてやる。すると、こいつは不機嫌そうに、でもどこか恥ずかしそうに目を逸らした。

「……やめたら許さねぇからな」

「おう。その時に、私はお前に言いたいことを言ってやる」

「はぁ?」

 意味が分からないと言うように、達海は怪訝に眉をひそめる。鈍感め。でも、この気持ちはまだ教えてやらない。

「スリーが入るようになったら教えてやってもいいけど」

 ボソッと言ってみると、途端に達海は口角を上げて挑戦的に笑った。

「よし、分かった。ぜってー次で入れてやる!」

 ……これはどうやら延長戦に持ち越しかもしれない。

 私たちが視線を交わらせるのは、あと二年は先のことだろう。



〈track4:Shooting Star/宮下礼菜 完〉

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