ゲリラ豪雨
黒のゲルインクボールペンを、紙に走らせる。大文字のHを書き始め、途中でハッとして塗りつぶす。どうやら、ボクがぼうっとしている間に平成は終わってしまったようだ。
「永作くん、それ書き終わったら休憩していいからね」
パートのおばちゃんが優しく声をかけてくれる。ここは、東京。小さなコンビニで、ボクは働いている。
ボクが東京に来たのは2ヶ月前の4月。本当なら、今年から地元の高校に通い始めるはずだったんだけど。お父さんとお母さんがお別れして、ボクとお父さんの2人で新しい暮らしを始めることになった。だからボクは、通信制の学校に編入してコンビニのバイトを始めた。ボクはお父さんが好きだし、職場のみんなも優しいし、割と上手くやっていけてる。
年号をR1に改めた紙をおばちゃんに渡し、バックヤードに向かう。携帯を弄りつつ持ってきたおにぎりにかぶりついていると女子高生の声が聞こえた。店の裏は学生のたまり場になっている。
「タケルくん、絶対リコに気があるんだって」
「えー、そうなのかな」
メッセージの返信が思わせぶりだの違うだのと盛り上がっている。よくもまぁ指先が言ったことを鵜呑みにできるもんだ。というのは、今年16になる男としてはひねくれた思考だろうか。とりあえずタケルくんとリコちゃんの恋路に思いを馳せてみていると、女子高生の声が急に小さくなった。
「え、えぇと、そういうのは間に合ってます。」
先程からは信じられない蚊の鳴くような声の女子高生。ナンパでもされているのかと最初は聞き耳を立てるくらいでいたが(もともと立てていたけど)どうもこのナンパがしつこい。女子高生も涙声になりつつある。さすがに気になりボクは裏口のドアを開けた。女子高生はボクを見るなり縋るように言った。
「ぁ、あ、助けてください店員さん、この人しつこくて、」
そこに居たのはピンクの髪でTシャツにダメージジーンズ、チェーンをつけた明らかなチャラ男。そりゃあ僕だって男だけど、見るからに年上のピンク髪を撃退できるわけが無い。だってこの人怖すぎるもん。ぐっと拳に力を入れる。
「あ、その、この人達困ってますんで、しつこく話しかけたりするのは、御遠慮頂きたい、です……」
膝の裏に汗をかきながら早口で言う。ああ、東京ってなんでこんなに怖い人がいるんだ。
いつの間にか女子高生2人は消えて、ボクとピンク髪の二人きりになってしまった。ピンク髪はニヤニヤしながら近寄ってくる。
「あはは、怖がりすぎだろ。大丈夫だって。ユウカくん。」
「は……?」
「名前。ナガサクユウカ君っしょ?」
永作悠加 と刻まれたボクの名札を爪でつつかれる。ボクの名前は読み間違えられることが多い。
「……です」
「え?」
「ボクの名前、は、ナガサクハルカ、です。」
一瞬の沈黙の後、ピンク髪はまたニヤニヤしながらそうなんだぁ、これでハルカって読むのかぁなんて呟いている。ボクはなぜこんな男に自分のフルネームを教えてしまったのか、不思議に思った。こいつの独特な雰囲気に飲まれてしまったのか。
「オレ、ソラっていうの。畠山 天。天使の天でソラって読むんだぜ」
よろしくぅ。と指輪とブレスレットでジャラジャラになった手で固く握手をされる。
「そんでハルカ、これ、受け取ってくれや。」
天はぴらっとチラシを差し出した。
「いや急に呼び捨て…?なんですか、これ」
勢いに押されて受け取る。演劇のチラシだった。
「オレ、役者やってるんだよ。ハルカ気に入ったしトモダチになりたいし?オレの舞台見てほしいなって。」
役者?こいつが?怪訝な顔でチラシを見つめるボクをよそにソラは僕にチケットを押し付ける。
「今度の日曜だから!絶対来いよーーー!」
ゲリラ豪雨のように突然現れ突然去っていた彼が、ボクにとって運命の男になることは、まだボクは知らない。
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