222、出会いの仕方+早川書房公式HPのnote更新のお知らせ

 男性は帝国領では見かけない浅黒い肌をしていた。この身体的特徴は砂漠向こうの国であるヨー連合国の人間の特徴だ。帝都に訪れる商人の服装は自由だけど、基本的に頭部にターバンを巻いている人が多く見受けられる。この場にいるのは男女様々だけど、装いの雰囲気は統一されていた。


「え、あ、うそシスまさか」


 咄嗟のことに理解が追いつかなかったけれど、見慣れぬ面々を前にすれば嫌でも予想はつく。

 もしかしなくても、魔法による転移をさせられたのだ。そうでなくてはこの状況は説明がつかない。でももし違うところだったらどうしよう、彼らに話をきくことはできるだろうかと立ち上がろうとしたところで、お尻の下に敷いている存在を思い出した。


「わぁ!?」


 うつ伏せになった男の人の背中に乗っていた。びっくりしすぎて感覚が飛んでいたが、落下した衝撃で全身あちこちが痛い。おまけに転移の影響か頭痛はガンガン追いかけてくるしで、色々と滅茶苦茶だ。それでも話はしなくてはならないしと動いたら、両手を挙げなくてはならなくなった。

 剣の切っ先を喉元に突きつけられたのだ。

 出で立ちと眼光の鋭さからして護衛の類だろう。男は短くなにかを告げたけれどなにを喋っているかはわからない。

 ……その、ヨー連合国で使用されている言葉はファルクラムや帝国とは違うのだ。一応ヨー連合国の共用語は存在するけど、向こうは様々な氏族や小国が集っているから言語がいくつも存在している。いまは多分「動くな」と言われたのだろうなと雰囲気で察したのだった。


「あー……その、ですね」


 まずい。先方からすれば私は完全な不審者だ。おまけにエルタベルデは外部の魔法使いの侵入は厳禁、万が一入れたとしてもチェックが厳しいに決まっている。どう考えたって私にとっては不利だらけ。痛む手首なんか気にしている場合じゃない。


「不審な者じゃありません。ここにきたのは間違いといいますか……えーとそのひとまず落ち着き」


 また一言何か言われた。明らかな殺気を感じたので黙る。

 本当にこれはどうしたらいいのだろう。考えろ、考えなきゃいけない。そもそもここがエルタベルデなのか確証が持てない。近隣の街に到着しましたじゃ話にならないのだ。それに先ほどから感じるのだけれど、私の中にルカはいない。魔法を使おうにも場を整えて集中してからじゃないと――。

 のそりと椅子から腰を持ち上げたのは長身の男性だった。落ちてから真っ先に目の合った人は、まあ二枚目といえるだろう。年は三十路には届いていないはず。野性味を帯びた瞳に見合った体格を併せ持つ偉丈夫だ。この人が一言放てば、私に向けられた剣が下がる。

 目の前に立たれるとその身長からか、大きく見上げる形となった。

 周りの人が慌てた様子で男性を止めるが、まるで聞く耳を持たない様子。一体なにをされるのかと思いきや、そこから先は予想外の行動だった。


「……は?」


 いやびっくりするし声だって裏返る。

 幼い子供にするように、軽々と高い高いをされたら誰だって仰天する。この年齢になってまるきり子供扱いされるなんて思わないが、相手はもっと無邪気だった。

 大喜びで語りかけ、夢中でなにかを喋っているけれどやっぱり言葉はわからない。ただ少年みたいに瞳をきらきらと輝かせて早口で捲し立てるのだ。あ、ちょっと唾が飛ぶからやめて。顔が近いと両手で顔を押し離したら周りの人が怒ったのだが、あまりに理不尽ではないだろうか。

 ぶんぶんと振り回されるから思考が定まらない。なんだろうこの状況、私は一体なにをされているのだろう。シス? に強制転移を食らったと思ったら男の人をお尻で押しつぶし、剣を突きつけられた挙げ句に見知らぬ男性に文字通り振り回されている。あっこれ以上は気持ち悪くなる……といったところで下ろしてもらえた。以前よりは身体も強くなっているらしいが、三半規管は別らしいと思い知らされたのである。

 男性は相も変わらずくつくつと笑っている。顔を真っ青にしているであろう私を見下ろすと、低い声でこう言った。

 

「すまないな、ついに俺にも天運が巡ったと嬉しくなってしまった」


 それはそれは流暢な帝国兼ファルクラムの共通言語だった。こちらの言葉を話せたのかと驚いていると、器用に片眉だけをつり上げたのである。


「無論そちらの言葉は理解しているし話せもするさ」

「は、はぁ、それならそうとおっしゃっていただけると助かったのですが……」

「ほう? 普通ならば帝国の魔法使いの乱入など、今頃首と胴が別れていてもおかしくないはずなのだが、彼の国の者は礼のひとつもろくに言えぬ愚か者の集まりか」

「……訂正します。この度は助けていただき、慈悲を授けていただきアリガトウゴザイマシタ」


 ああ、なんとなくだが伝わった。親しみやすい雰囲気を纏っているけれど、この人もあれだ。油断したらいけない為政者タイプの人間である。

 からっと笑う姿は明るい人柄を感じさせるが、その傍らで床に伏せた男性が運ばれていく。意識がない男性は乱雑な扱いと冷たい視線が向けられており、何をしていたかは……同時に回収されていく抜き身の刃で状況を悟った。


「まあ、俺もお前に助けられた形になるのだがな」

「は、はぁ? そんなつもりは特にありませんでしたが」

「だろうな。そもそもお前が降ってこずとも、俺の側近が斬り伏せていた。不要な乱入だったからな」

「……そうですか」

「だが希にみる面白い一幕だった。こんな命の救われ方は初めてだ」

「うまく理解できていないのですが、もしやお命を狙われている最中でしたか?」

「おう。小煩い命知らずが無謀にも俺めがけて剣を抜きおったわ。どこまでやれるか見てやろうとしたら見知らぬ娘が降ってきたがな!」


 おおぅ、もう……。

 どうして、どうしてこういうところで騒動のカードを引くのだろう。せめてこんなときくらい穏便にすませたい、今回だってただライナルトに伝言を伝えに来ただけなのに。

 ……ああそうだ! 目的を忘れているところじゃなかった。


「あ、あのー……ところで、ここってどこでしょう」

「うん?」

「いえその、先ほども申し上げましたけれども、お宅様に乱入したのはなにかの間違い、本当に手違いといいますか事故のようなものでして、私としてはここがどこだかさっぱり……できれば帰らしてもらいたいのですけどぉぉ……」


 相手がまじまじと見つめてくるからつい早口になる。私の周りは静かな人が多いためか、見た目と雰囲気からして陽気で明るい……そう、いわゆる陽キャを前面に押し出したような人が苦手だ。今回の場合は特に! 何故か! まったく! 意味がわからないのだけど歓迎されている節が見受けられる。好意を向けられている雰囲気があるけれど、リューベックさんともまた違う居心地の悪さだ。

 そもそも、だ。男性を取り巻く人達の様子からして、この人は絶対に相当上の身分の人である。聞かなくたってわかる。この威丈高で他人様に命令するのも慣れた態度、演技しようたってできるものじゃない。


「……ではお前、ここが我らヨー連合国は西のサゥ氏族が管理する城塞都市エルタベルデと知らず乗り込んできたのか」

「あ、ではここが城塞都市エルタベルデ」


 所謂座標はぶれっぶれだけど、場所は間違えてなかったらしい。心配は一つ消えたが、まだまだ問題は山積みだ。


「その様子ではエルタベルデのことは知っているらしい」

「あ、はい。なんか有名ですから、ええ」

「そうか。では見知らぬ魔法使いよ、この話は知っているか」


 人好きしそうな笑いだけれど、なぜだろう。とても嫌な予感がする。


「この城塞都市はな、正門からの侵入はもちろんとして、魔法による侵入もできぬよう呪いがかけられている。サゥ氏族だけではない、かつてこの城塞都市を帝国より奪った際、ヨー連合国が派遣した選りすぐりの呪い師がかけた渾身の呪いだ」


 嫌な汗が噴き出してくる。この展開はまずい。非常によろしくない。


「お前は突如として空中に姿を現したな。それは我が国の呪い師ですらもはや成し得ない、失われた神秘の類だ」

「いえいえいえ、私は決してそのようなものではなく、本当にただの通りすがりでしてむしろこの場合は被害者と申しますかこんな形で割り込むつもりなどけっして一切この通り微塵もなくてですね」

「魔法使いと言われ否定しなかったのが論より証拠よ」

「それは違います、びっくりしてなにも言えなかっただけで……! 話し合いましょう。もしくは弁明の時間をください。誤解が生まれているんです、とても大きな誤解が……」

「話し合いは不要だ。俺は忙しい身なのでな」


 いまからなにか都合のいい作り話を捏造してみるから!

 抵抗を試みるが、男性の右手がしっかりと私の肩を掴んでいる。笑顔とは裏腹に食い込む指は決して逃すまいと語っていた。


「氏族の首長の前に現れたのが運の尽きと知れ。たったいま、このときよりお前は俺の捕虜だ」


 ……そうして。

 ガシャン、と目の前で牢屋の鍵が閉められる。

 じゃあな、笑顔で去って行く男性達。見張りも置かず残されたのは私一人。鉄格子を掴んで呆然と薄暗い廊下を見つめていた。


「ちょっとまってぇぇぇなにこれぇぇぇ……!」


 思わず我を忘れて絶叫する。

 連れて行かれたのは四方を壁に囲まれた狭い牢獄。首にかけられたのは紋様が刻まれた鉄の首輪だけど、ただの首輪じゃない。まだ試していないけれど、首から全身に掛けて痛みが走るのだ。まるで弱い電流が走る感覚は、おそらく魔法を行使することで痛みが増し、思考を妨害する仕組みである。

 声を張り上げるのは自由だったが、喉が痛くなるくらい人を呼び続けても、途中でやってきたのは兵士と簡素な食事だけ。それも皮付きの果物一つに水だけである。窓もないから時間の経過も曖昧で、絶えずぴりぴりと走る痛みに思考を邪魔される。

 意味もわからずこんなところで足止めを食らっている暇はないのだ。ここがエルタベルデならライナルトに接触しないといけないのに、こんな牢屋に閉じ込められている。

 こうなったら魔法だってやむを得ない。試行錯誤し逃げだそうと足掻いたところで疲れ果て、うつらうつらと船を漕いでいるとようやく進展があった。

 兵士以外の人が入ってきたのだ。

 しかも声からしてあの男性だ。ここでなんとか交渉してライナルトか、ライナルトに近しい人に接触しなければならない。ここが勝負所だと意を決したところで意気をくじかれた。


「我が国の魔法使いが無断で侵入するなどあり得ない話だが……」

「そうは言われても、嘘偽りを申し立てるつもりはない。いくら私といえどオルレンドルとヨーの人間を間違えはすまいからな」

「おっしゃることはもっともだ。一応確認させてもらうが……」


 話し相手がもう一人、女性の声だった。

 声の端々に宿る凜とした意思の強さに私は聞き覚えがある。段々と近寄ってくる声に、閉じ込められたときのように鉄格子を掴んだのだけれど。


「そのような人物に心当たりはないし、此度は魔法使い……そちら風にいえば呪い師とて連れてきた覚えはないのだ。不審者であれば如何様にも処分していいと殿下はおおせ……」


 目が合った。


「で」


 すみません。本当にすみません。迷惑かけるつもりじゃなかったんです。

 こんな再会なんて予定じゃなかったんです。なんでこんなことになったのか、私が知りたいくらいなんです、ニーカさん。

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