217、箱であり目であり師にもなった

 怒る気にすらならないのは、こうしたシスの侵入が慣れっこになってしまったためだ。それでも注意はさせてもらうけれど、これにシスは不服の模様。逆さになってぷかぷか浮きながら不服を訴えるのである。

 

「なんだよー。一応登場には気を使ってるんだけどな。着替え中とか、風呂のときは出てこないだろ。こっそり引き返してあげてるんだから感謝してほしいもんだ」

「なお悪いでしょうが」

「そう目くじら立てるなよ。私にとってはきみどころか、誰の裸だろうが同じなんだから。欲情なんかしないし、ああ裸なんだなくらいの感想しか浮かばないよ」

「いい? あなたが生物として男性の形を……いえ人の形を作っている限り、あなたがどうこう思うよりも、私にとっては何も変わらないの」

「きみって難儀な人間だな」

「私がどうこうというより、人間皆さんの一般的な感想です」 

「ライナルトはいままで一度も怒ったことないけど?」

「あの人と一緒にされても困ります。あと、きっとモーリッツさんあたりは怒ってたと思う」


 これに「あーそういえば」みたいな、やっと思い至ったと言いたげな顔。あそこの皆さんに関しては、度重なる注意の果てに諦めの境地に至ったのだとしか思えない。


「たしか一昨日も顔を出してたじゃない。宮廷魔法使いがこんなところに遊びに来て良かったの?」

「カールやヴィルヘルミナからお声がかからないし、ライナルトがいないから暇なんだ。それにいま宮廷にいても頭が爆発しそうになる」

「……つまり?」

「きみで遊ぼうと思った」

「わかりやすくて明瞭な回答をありがとう。遊びに来たのならお帰りいただけます?」

「ひどいなぁ。仮にも僕はきみの師匠だぞ。今日だって不出来な弟子の様子を見に来たのが半分だ」


 横になった姿勢でどの口をほざくのかと言いたいけれど、残念ながら師匠のくだりは本当である。

 私は彼の目を介して繋がりを持って以来、ルカの手助けを必要とするものの、一応魔法が使えるようになっている。ただ彼女の教えは感覚的なところが強く、教えるにはやや不得手だ。かといって他の魔法使いに教えを乞うのは難しい。ライナルト麾下に魔法使いがいないわけではないけれど、シスの魔力を元にした力を行使できる人間がいることはなるべく伏せたいようだ。そこで一番手っ取り早く、やる気もあり、なおかつ秘密の厳守できる存在であるシスが立ち上がった。

 本当に意外なのだが、彼がいざ本気になると格段に腕が上達する。ルカの補助があったとしても、この短期間で私が魔法を使えるようになったのは彼のお陰だ。


「それで、教えたことはどのくらい上達した?」

「攻撃を防ぐ、自分の姿を隠す、認識させない……に関してはなんとか。でも使ってると頭痛くなってくるんだけど……」

「いくらなんでも完全に私の侵食を防ぐのは無理ってこった。それでも時間をおけばあの小娘が侵食を治療してくれるんだからマシってもんさ。普通だったらきっと塵が積もるみたいに蓄積していって、体の中からボン、だ。掃除要員がいてよかったじゃあないか」

「……ルカがいないとなにもできないって状況をなんとかするために魔法を学んでるの」

「そうさ。だからそのために私がここにいる」


 で、私が彼に教えられた内容だが、手っ取り早く述べてしまえばほとんどが自分の身を守るための防護・回避寄りだと思ってくれていい。ここからは『箱』の破壊方法に関わってくるのだけれど、ルカ曰くそもそも誰かを傷つける魔法を覚えても、塔に設置されている『箱』はとんでもなく防護力が高くて所謂攻撃魔法ではまず壊せないそうだ。

 では物理面ではどうか。これは条件が揃えば可能らしいが、こちらは一度『箱』に穴が空いてシスが出現してからというもの、時の皇帝がしっかりと防護結界を張らせたため干渉不可能である。物理で破壊したければ膨大な人員と、そして結界を壊す必要があり、そのためにはやはり魔法が必要となる。

 以上の条件だと現状では『箱』は壊せない。ではどうやって箱を壊すといった話になるのだが、これが以前から何度も話に出ている遺跡である。


「箱から遺跡に干渉して機構ごとぶち壊すの、それが一番早いわね」


 曰く、『箱』は遺跡から唯一露出している干渉可能なデバイスだ。

 ノートパソコン或いはデスクトップパソコン、難しかったらスマートフォンを想像してもらいたい。中身を守るため取り囲む容器が遺跡であり、その奥深くにCPUといった中枢が存在している。この中枢は触ろうにも現状位置すら特定できていない状態だけれど、ここに遠隔からでも干渉できるのが『箱』。つまりアクセス画面代わりにできるのだ。

 『箱』を経由して遺跡にルカという名前のウイルスを送り込み、内部機構ごと壊してしまうのが一番手っ取り早いとの結論だ。

 なぜルカがといった話になるが、これは本人から提案された。曰く「言語を把握してるワタシが直接入り込まないと時間を食うから」だそうだ。 

 目の塔以外だと防壁が厚すぎてとてもではないが干渉できない。

 ではとっくに目の交換を終えたし、いまからでも隙を縫って塔に乗り込めばと思うだろうが、これもそう簡単にはいかない。 

 これはシス自身が語ったのだけれど、彼も彼自身の意思とは異なる『箱』として植え付けられた義務とやらがあるらしく、一度侵入されると異なる力が働いて侵入者を撃退しようとするそうだ。自己防衛機能、アンチウイルスソフトである。

 遺跡について話し合う最中、シスはこう言った。


「遺跡に組み込まれた術式は馬鹿じゃない。いいか、機会は一度きりだと思えよ。遺跡を壊そうとした時点で、ボクも私自身がどうなるか予測がつかないんだ。私が暴走するだけならまだなんとかするが、遺跡自体がきみを敵視したらどうなるかわかったもんじゃない。自分の身は自分で守るんだ。そのための術はなるべく託す」

「その言い様だと、遺跡にはあなたと遺跡、二つの意思があるように聞こえるけれど」

「あながち間違いじゃあないな。意思とはいえないがっちがちに組まれた術式みたいなもんだが、元々そっちが遺跡の主な機構だ。私は憐れにも首輪を付けられて無理矢理命令を実行させられている、ある程度自由表現が可能なだけの端末に過ぎないよ」

 

 さて、以前からの遺跡や箱に纏わる話をまとめてしまおう。

 一、『箱』を壊すためには帝都の地面深くに存在する地下水路に隠れた地下遺跡自体をどうにかする必要がある。

 二、このため私は『目の塔』に侵入する必要がある。この道は隣家からすでに確保済み。

 三、目の塔に侵入後は『箱』を取り巻く結界を壊す。

 四、さらに『箱』から遺跡にアクセスしてルカが作成した魔力(ウイルス)を流す。 

  ※なおこの地下遺跡。理由は不明だが「向こう側」の言語で術が作り込まれていた。

  従来であればウイルスを流したところで効きもしないが、エルが用意してくれたルカが私に宿ったことで言語問題は一応解決。対遺跡として充分な役割を持つ……らしい。

 3、なおかつ「絶対出張ってくる」であろうアンチウイルスとも戦う必要があるが、ここはルカが頑張るところとは本人の弁である。

 このため私に求められるのはルカが集中する間、箱の侵食から身を守るための物理及び精神面の自立防護だ。それだけ、とお思いかもしれないが、箸にも棒にもかからない魔法で鼻血を出して昏倒した私にとっては大変荷の重い作業である。

 もちろんすぐにシスが解放されてくれたらそれでいい。でもルカ自身が未だ万全を期すために─ウイルスを作成して─準備している最中だし、彼女が慎重になるのは、それだけ目の前の壁が厚い証拠だ。現場ではなにが起こるかわからないし、想定外の事態にもそなえておくべきだと語ったシスの弁で、私も亀の歩みだが魔法を習得しているといったわけであった。

 なお『箱』の解放後についてはすでに話し合い済みだ。シスは人間が嫌いだと声を大にして憚らないから、このあたりはきちんと約束を取り付けている。これについてシスはライナルトはもちろん、帝都市民、私に対して危害を加えない旨を約束した。「偉大なる月と人の架け橋シクストゥスの名に誓って約束は守るさ」と、不思議な文言はともかく彼なりの本気は込められていたようだ。


「才能の欠片もなかった小娘にしちゃよくできてるさ。……なんだよ、褒めてるんだからもっと嬉しそうな顔しろよ。私だけじゃなくてボクからも褒められるなんて滅多にないことなんだぞぅ」

「……うん、まぁ、ありがとう」


 たびたび気になっていたシスの『私』と『ボク』の使い分け。こうして交換を果たした後だと、なんとなく意味も理解しようというものだ。


「そういや小娘が出てこないけど、今日も引きこもってひとりで地味な作業かい」

「あなたのためになることでもあるのだから、そういう言い方は止して。それよりも、気になるなら会いに行けってどういう意味?」

「は? いや、そのままの意味だけど」

「簡単に言うけど、今回なんの関係もない私が城塞都市まで出張っていったら、それこそいらぬ噂を買っちゃうじゃない。いまは帝都内もピリピリしてるし、無用な火種を起こすなってモーリッツさんから念を押されてるんだから……」


 そう。何を隠そうモーリッツさんから直々に忠告を受けている。あれはライナルトが出立する直前、単身訪ねてきたかと思えば、玄関先で私を見るなり一言もの申してきたのである。その後は来たときと同じく颯爽と帰っていったが、馬車に乗る間際にゾフィーさんの安否を確認していたから、あの人なりに気になるものはあったのだろう。

 ともあれシスが言うように城塞都市には行けない。いくら気になっているからとて、それは単にライナルトの安否を心配しているだけであり、公人として赴くには理由がないのである。


「いや、だからさ。そのあたりは私も一応理解しているさ。だから個人的にこっそり行っちゃえばよくないって思ってるんだけど」

「帝都からこっそり出るってこと?」

「そう。だけど別に門から出ろって言ってるわけじゃない」

「門から出ないとなれば……あ、もしかして地下水路を使えってこと?」


 しかしこの答えは外れだった。それどころか家から出る必要すらないと断じた彼は、人差し指を立ててこう言った。


「魔法でひとっとび、城塞都市まで転移しちゃえばいいのさ」


 ……無茶ぶりもなかなか過ぎるのではないだろうか。

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