154話 わたしのともだち+イラスト

 どれほど残酷な時間が流れても、世界は相変わらず動き続けていく。

 

 どのくらい座っていたかはわからない。

 おそらく長くはなかった。動くのを止めてしまった友人を抱えて、失われ行くぬくもりを感じていた。

 現実感がなかった。

 銃の反動で肩や腕が痛かった。床にまき散らされた彼女の欠片は目に毒で、その結果が物言わぬ骸だったけれど、やはり頭はどこかふわふわして浮わついていた。


 誰かが入ってきた。


 なんて声をかけられたかは覚えていない。ただ、誰かが「なんてことを」と呟いたのを皮切りに、言わねばならない言葉を探し当てた。


「反逆者は私が討伐しました。皇帝陛下にはそうお伝えください」


 振り返りはしない。残り少ない時間で血まみれの指で彼女の頬を撫でた。先ほど目を閉じてあげたから、頭部を穿つ酷い傷を除けば悪くない死に顔だ。

 永遠に続くと思われた時間はすぐに終わりを迎えた。

 目前に立った男は一隊の隊長であり皇帝の腹心だ。彼女を私から奪うと、お姫様のように横抱きに抱える。

 男とまともに目がかち合った。


「……貴女の功績は私から陛下にお伝えすると約束しよう」


 彼女がこの手に返ってくることはもうない。これが本当のお別れだ。

 

「友人を自ら討伐された事実を陛下はお喜びになるだろう。私からも、か弱き女性の身でありながら反逆者を仕留めた貴女に感嘆を禁じ得ない。なにせクワイックの反逆については触れをだしたばかりだ、内密にしようにも噂は人の口を渡るだろう」


 粛々と称えてくれるけれど、その目は別の言葉を語っているようだ。

 ――やってくれたな、と声なき恨みを上げる男からは視線を逸らさない。たぶん、男は初めて私という人間をまともに認識したのだろうから。

 やがて、男は私の友人を抱えて遠ざかっていった。

 男に続くようにひとり、ふたりと去って行き、残されてしまったのは私だけ。


 ふと、外を見た。


 窓はとっくに砕けて無残な木枠だけが残っている。室内と合わせて酷い惨状だけれど、枠の向こう側は呆れるくらいに晴れ渡り、美しい青を空一面に広げている。

 外で雀が鳴いていた。

 確か彼女と、私の親戚を招いてお茶会をした日も良い天気で――。 

 

「……ル」

 

 掠れた声で彼女の名前を呼んだ。

 目元が熱を持っている。苦しくなる息の中で呻き声をあげながら、冷たくなった血の海を叩く。

 もし彼女を語ることを許される日が来るのなら、私は間違いなく最初にこう述べるだろう。

 

 ――私の友人は酷い人だった、と。




 


 栄光の代償編  終









イラスト:https://twitter.com/airs0083sdm/status/1376002591415394305


エル:https://twitter.com/siro46misc/status/1376016453858566148


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