120話 迫り来る副長

 その言葉で行き当たる要因といえばひとつしかない。近々届く予定の荷には旧コンラート領から持ってくる予定の伯の蔵書や故人達の遺品、それになによりヴェンデルが大事にしていた猫がいる。


「どういうこと、なにかあったの」

「えっと、先ほど外で耳にしたんです。フゴ商会が事実上潰れたって事が早い段階で帝都外まで広まってしまったらしく、彼らと契約していた運び人や護衛が仕事を放棄した例が増えたそうで……」

「それだけならよかったのですが、荷の到着が遅れていたようなので、気になって問い合わせに行ってきました。ここ数日は盗賊が活発になったそうで、こちらの荷を奪われた可能性も高いとの話です」


 慌てるハンフリーに対し、ヒルさんは幾分なりとも落ち着いているようだ。ファルクラムでは直接フゴ商会に荷を任せたわけではないが、大きな商会だからどこかしらで繋がってはいるだろう。

 帝都外では確認までに時間がかかるだろう。手の施しようがなかったが、すかさずヒルさんが付け足した。


「ですので、一度軍管区に行きたいのです。私共だけでは時間がかかるでしょうから、カレン様にも同行いただきたい」

「……軍管区になにが?」

「賊を討伐し取り返した荷です。持ち主がわからず預かりになった状態のものもあるはずだと教えられました。噂ではファルクラムと帝国間の荷もあったと」

「もし軍管区になかったとしても、届け出をしておけば戻ってくるかもしれません」


 運び人や証明書の喪失で荷の行方がわからず、軍預かりになっている可能性があると二人はいうのだ。帝都ではこういった例は少なくないらしく、手続きも比較的容易らしい。


「すぐ準備します」


 そういうことなら断る理由なんてあるはずがない。練習に付き合ってくれる皆には悪いけれど、荷を取り戻す方が最優先だ。コンラートの遺品とも呼べる品々だし、なにより生き物の行方がかかっている。

 もしヴェンデルがこのことを聞けば動揺したかもしれないが、幸いいまはエミールと一緒に近所の友人宅に遊びに行っているのだった。謝罪したところで、エルも席を立った。


「そういうことならわたしも行くわよ。顔が利く人間がいた方がいいでしょ」

「お願いできる?」

「馬鹿ね、困ったときに使える権力は使いなさい。特に帝都じゃそれが利口ってものよ」

「それじゃ私も……」

「あんたは来るな、ややこしくなる」

「はいはい、じゃあシャロとでも戯れていようかな。彼女、子供のくせに相手にその気があるって思わせる天才だ。将来はきっととんでもない美女になるよ」


 シスは犬は駄目だけど、猫はいいらしい。言うことには完全に同意するけど、彼が言葉にすると途端に嘘っぽく聞こえるのは何故だろう。

 ちなみに私はまだシャロに抱っこを許されていない。誰にでも尻尾を振ってくれる人懐こいジルがいまのところの癒やしである。猫ふわふわは遠い。


「そう遅くはならないと思うから、ニーカさん達にはお茶をお出ししておいて。マルティナも、せっかく来てくれたのにごめんなさいね」

「いいえ、どうぞ気を付けて行ってらっしゃいませ」


 彼女からは練習の後に話があると相談を受けていた。なるべく早く帰ってこられるといいけど……。

 同行をお願いするのはヒルさん達ではなく、エルとジェフだ。

 軍管区の話は「もしも」というだけ。ウェイトリーさんが家で統括、ヒルさんとハンフリーが再度市側で情報収集の形である。ジェフのコミュニケーション能力は高いけど、個人で動き回るのだとしたら話は別。市井の空気に溶け込むのなら二人の方が確かだからね。本当はウェイトリーさんにお出かけを任せて、私がニーカさん達の接待をするのが一番かもしれないけれど、そうなったら軍預かりになった荷の確認ができない。一応発送時のリストは所持しているけど、それが残っているかは不明だし。

 なお、ニーカさん達に荷の確認をお願いするのは難しい。無理というわけではないけど、急ぎたいなら直接行った方が早い。

 理由は簡単、ざっくり述べてしまうと同じ軍でも部署や管轄が違うからである。

 支度を整えて、用意してもらった馬車で軍管区へと急いでもらう。落とし物や警邏関係くらいなら各区に置かれている詰所で済むし、帝都市民でも行ったことのある人は多くないだろう。

 初めて行く場所だから迷うかと思ったけれど、幸いにも市民が入れる入り口はひとつだけ。それも区画壁を潜った箇所で馬車を降り、受付とも言える中央詰所に通されることになる。どうも市民が多いようだが、耳を澄ませる限り、私たちと同じで荷の確認をしたい商人が詰めかけているようだ。

 中央詰所から先はいくつかの路に枝分かれしている。それぞれ通路前には衛兵が詰めており、許可がない人は通れない仕組みのようだ。大きな建物だから吹き抜けが設けられており、空間的な広がりを演出されていて、そこに上がるための階段も監視が入っている。


「こっから先に進むんなら勝手に抜刀できないようになってるから、気をつけなさいね」


 流石エルは詳しいだけある。関係者は自由に抜刀できる仕組みになっているらしく、思った以上に魔法が浸透していると感心するばかりだ。


「帝都の魔法使いって、そんな細かい魔法まで使えるのね」

「そりゃそうよ、わたしが作った魔法だもの」

「エルが?」

「軍部区画の安全を確実にしたいって相談されたから、じゃあ外部の人間は抜刀できないようにしてあげるわよーって冗談半分で言ったら通った」

「前々から思ってたんだけど、どうやったらそうぽんぽんと魔法が作れるの?」

「うーん? 作ろうって思ったら勝手に浮かんでくるだけなんだけど……。どうもここの連中はそれが通じないみたいで……なんで理解できないんだろうって思うんだけど」


 ……エルって本当になんでもできるんだなぁ。

 学校の頃でも頭の良さは知っていたけど、帝都に渡ってからさらに冴え渡って才能が発揮されたのだろう。こちらでのエルは活き活きしているし、毎日が楽しそうといった彼女のお母さんの言葉にも頷ける。

 ただ、シスが語っていた話が若干気がかりだ。これは私が彼女ほどの才気がないから……なのかもしれないが、周りに敵を作りすぎていないかが不安になる。エルはきちんと自分を省み、才覚を理解した上で発言しているけれど、人によっては傲慢に取られかねないのが怖い。もちろんそこが彼女の魅力なのだし、そんな彼女に惹かれた人も多いのだろうけれどね。

 事実、彼女をみるなり駆け寄ってきた若者がいる。

 案内まで時間が掛かると思われた相談も、エルが話を通してくれるなりすんなりだ。

 吹き抜けに向かうための階段を上がると、そこはいくつもの長椅子と机が並んだ待合広場だ。ご丁寧に飲み物まで注文できるようで、私たちのように人を待っている商人もいれば、軍服姿の人達がくつろいでお喋りにも興じている。


「荷については噂で聞き及んでおりますので、担当者に話を通して参ります」

「悪いわね」

「いいえ。エル様のご友人とあらば、力添えするのは当然です。それに猫ちゃ……いえ、猫でしたら目立つのですぐわかるでしょう。それでは、しばらくお待ちくださいませ」


 エル様々である。そしてこの人は猫好きだ。

 後ろに立つジェフだが、エルに言われて試しに剣を抜こうとしたところ、本当に抜けないようだ。


「驚きました。まるで鞘と剣が融けてくっついたようで、びくともしない」

「そうでしょうそうでしょう。二階への階段を上がった時点でそういう魔法にかかるようにしたのよ」

「へー……すごい。あ、なら抜き身の小さな刃とかはどうなるの?」

「身体検査を頑張ってもらう」


 単に抜刀できないだけらしい。

  

「そこまで細かく規制すると面倒だからいいって言われたの。でもまあこれだけでも充分でしょ」

「まあ、そうですな。少なくとも大立ち回りはできません」

「エルって帝都の武器事情には詳しい?」

「……まぁ、それなりには」


 ちょっと不穏な話題になったからだろうか。エルが眉を寄せたけれど、普段から気になっていたことがあったのだ。


「帝都って狩猟道具にあたる弓の種類ってどのくらいあるのかしら」

「……カレン?」

「ええと、例えば連射性能に優れた近距離用の弓とか。あ、本当に興味本位くらいの程度なんだけど……」


 帝都に来てから知ったことも多い。所謂クロスボウといった種類の武器が近年急激な進化を遂げて浸透しはじめたのを知ったのだけれど、腕に身につけるような性能の物は高値である。

 一番はじめに実物を見たのは、スウェンの……ときだけど。


「護身用に部屋に置こうかしらって」

「……必要ない。わたしがいるし、不審者が入ってきたらわかるようにしてある」

「それ初耳だけど」

「言ってないもの。それよりあんたは猫の心配をしなさいな」

「もちろんよ。ここで回収されてなかったら人を雇って街道を捜索しに行ってもらわなきゃいけないから、これからの手続きをずっと考えてる」

「そこまでするわけ!?」


 ヴェンデルに返せるものならできるだけ返したいのだ、するに決まっている。もし盗賊に盗まれていたとしても、できれば取り戻して欲しいから、その分のお金だって用意しなきゃいけない。最悪私の個人資金から出すつもりだから、何時までお金を引き出せるかも考えていた。


「……そこまで大事だったわけね。いえ、息子を引き取った時点でわかってたけど」

「なにをいまさらー」


 エルとの話に集中していたから、接近する人影には気付けなかった。ジェフが小さく声をかけてくれたことで気付けたが、エルが意味深に視線を上げていた。


「ご歓談中失礼。もしや魔法院のエル・クワイック殿にコンラートのカレン殿?」


 聞いた覚えのある声だ。それもつい昨日。

 エルはたちまち片手を振って顔を逸らすのだが、その様子に男性は涼やかな笑い声をひとつ漏らすだけだ。


「お噂通り手厳しくていらっしゃる。ですがどうかご理解いただきたい、魔法院の新たな長老を見かけた上で無視するなど、そのような非礼、とても陛下に顔向けできません」


 招待状を届けてくれた副長さんだ。相変わらず見事な好人物っぷりで、女性方の心を騒がせそうな笑みである。エルに向けて見事な一礼をした彼、その視線がこちらに流れるのだけれど、こちらはエルほど強気な態度は許される立場ではない。


「こんにちは、昨日は動揺するばかりで挨拶もできず失礼いたしました」

「気にしてはおりません。それどころかお察しいたしますよ。陛下の気まぐれはいつも臣民を驚かせます」


 ……思えば彼のように目立つ人と会うときに、人気のある場所というのはほとんどなかった気がする。だからだろうか、あちこちから刺さるような視線が痛い。

 後ろで控えていらっしゃるお付きの部下の方を待たせるのも悪いし、帰ってくれないかなーという思いとは裏腹に、相手は立ち去る気配を見せない。それどころか何故か好意的な視線を向けてくる。どういうこと。

 魔法院の長老たるエルがこの態度だから席を勧めるわけにもいかず、かといって追い返すわけにもいかず、結局立ち話という形になってしまう。


「エル殿もですが、貴女のお姿につい足を向けてしまいました。それにしてもカレン殿がこのような場に縁があるとは意外でしたが、本日どのような用件でこちらに?」

「あ、ええと、私は……」


 理由、言わなきゃいけないよなぁ……。仕方なしにファルクラムから持ってきた大事な荷であることを説明すると、驚きに目を見張る。


「なんと、ファルクラムから運ばれる予定の……」

「ああ、ええと……はい。大事な品々でしたから……ですけどこちらの友人のお陰で調べが付けられそうです」

「……手を貸しましょうか?」


 ありがたいけれど、簡単に受けるわけにはいかない。むしろいいのか? と疑問を感じるような申し出だ。

 

「こういっては何だが、押収した荷の数はカレン殿が考えているよりも多い。それも一度賊の根城に運ばれ、バラバラに分けられたものもあるのです。簡単に見つかるとは……」

「あ、いいえ。確かに本や財産も大事なのですが、探しているのは生き物……猫、なので」

「猫」


 なるべく伏せるように話したけれど、難しそう。観念して素直に告白する。


「義息子が大事にしていた猫です。ですから財産はともかく、生きているのならその子だけでも取り戻したいのです。見分けのつかない物ならともかく、生き物でしたらすぐにわかるでしょう?」


 だから調べにいった若い軍人さん、早く帰ってきて……!

 エルはいつのまにか運ばれていた果実水を飲むばかりで助け船を出してくれそうにないし、ジェフは依然様子見である。

 おかしなことを言ったつもりはないが、その言葉に男性はいたく驚いた……違う、これは喜び……? 感じ入ったらしく素晴らしい、とやたら感激されたのだ。


「なんと、まさに陛下のおっしゃっていた通りの心根の持ち主であらせられる。その無垢な輝きは咲いたばかりの花のようだ」

「え、ええ……あ、はぁ、どうも……?」


 猫の話からどうしてこうも飛躍する。無垢だなんて例えがひょいと口から発せられるのは、もうどういう表情をしたら良いのかわからない。顔がいいからこんな気障っぽい台詞を吐いてもおかしくないところが尚更やっかいだ。

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