怪顧録

@421gg

第一話

 ここは北陸の大体真ん中、富山県は南砺市。時間は深夜、街灯が少ないこともあって特に人が集まる場所もないこの辺りは当然静寂に包まれている、はずなのだけれど、

「ああああぁぁああぁぁぁぁぁぁああああぁあああ⁉︎」

「Fshiiiiiiiiiiii———‼︎」

 一人の青年が、叫びながら走っている。というのも、どうやら巨大なバケモノに追い回されているみたいで、そいつがカブトムシの幼虫なんかをとにかくでかくしてから、口元に触手を生やしたようなナリで、それがとんでもない速さでおっかけるもんだから余計に怖い。

 そもそもどうしてどうして彼がこんな夜中に外を歩き回っていたのかは不思議ではあるものの、このままでは彼は逃げられようがない。

「Fshuu———!」

「ひぃっ‼」

 この辺で無茶苦茶に強い誰かが彼を助けて、そこから物語が始まる、なんてのもありがちだけど、今回はそうもいかない。彼はまず助からないだろう。

「…あ」

「Fsshaa—ッ」

 とうとう彼が蟲に呑まれてしまった。けれども死んだわけではない。彼がいなければ成り立たないのだし、当然だ。そもそもバケモノから逃げる話じゃない。これは次の話、本筋への強引な導入で。招待だ。


              *****


 どうにも固い床の上で、意識が覚醒した。記憶が曖昧ということもない。あのバケモノに丸呑みにされたとこまでははっきりと覚えている。わけがわからないし、夢かと思いたいが、服がやや粘り気のある状態で湿っていて、奴の唾液にまみれたらしいことはわかる。あと臭い。

 意を決して目を開けてみると、暗い色の木の板に同じ木の梁がついた古めかしい天井が見えた。光源が確認できないが、そこまで暗くもなく、かといって明るいとも言えない。

 「いかにもって感じだな…。」

 「あら、目が覚めた?」

 「うぉぁ⁉」

 すぐ横から聞こえてきた声に驚き、飛び起きると、およそ自分と年の変わらないであろう女子が少し崩した体育座りで座っていた。典型的な黒髪ロング美少女で、セーラーの制服を着ている女子がこちらを見上げている。いいなこれ、この構図。

 「急に声をかけて悪かったわね。それと…」

 続けざまに彼女が口を開くと、少しの間思案してから、 

 「一応聞くけど、あなたはどうやってここに来たの?」

 と聞いてきた。

 「いや、どうやってとかじゃなく、でかい蟲に丸呑みにされて、気づいたらここにいたもんだから…」

 「そう、私もよ。」

 そう言って彼女は立ち上がった。立場はお互い同じのようだ。

 「それじゃあ、あんたは俺よりも前からここにいるのか?」

 「そうね、ここにきてから時間がよくわからなくなってしまったのだけれど、私があのバケモノに襲われたのが七月の二十三日だけれど、あなたは?」

 「俺は…八月二日の早朝、というか深夜。」

 「そう、ということは一週間以上ここに居ることになるのね、私。」

 あくまでも冷静に彼女は言った。女子高生くらいだとは思うが、こんなわけのわからない場所一週間以上も居てよくパニックとかにならないな。というか、

 「あんた誰?」

 「ずいぶん唐突にして失礼な物言いね。まあそれを最初に聞くべきだったのかもしれないけど。私は西連寺小百合、年は十七。あなたは?」

 「俺は橘公也、同じく十七だ。さて…」

 とりあえず自己紹介は終わったが、まだ疑問は残っている。

 「あんたこの一週間食べ物とかどうしてたんだ?それと…こっから出れんのか?」

 「ここから出る方法は私にはわからないわよ。それと飲食については問題ないわ。」

 「なんでさ?」

 「出てくるのよ。」

 「…は?」

 「お腹がすいているときにどこかしらの扉を開けると机の上に食事が用意されているのよ。水やトイレ、浴室なんかも同じように出てきたわ。」

 あまりにも突飛な答えが返ってきた。本当にそんなことがあり得るのであれば。確かに困ることもなさそうだが、しかし…

 「それは安全なのか?」

「私はこうして生きてるわ。…それと名前を教えた以上はあんたじゃなくて最低限名字で呼んで頂戴。」

 「わかった、わかったよ。」

 しかしいよいよわからなくなってきた。なんなんだろうかこの場所は。バケモノに無理やりつれてこられてなにもされないどころか食事まで提供されるのとなると、ここに俺たちを連れてきた意味が分からない。そもそも意味などあるのだろうか。

 とにかく、俺はこの場所のことを知らなすぎる。

 「まあとりあえず、適当に探索してみるか。」

 「探索?」

 「ここから出るためにもな。」

 そう言って改めてあたりを見回してみると、どうやらここは長い廊下のようだ。行く先にそれぞれ扉と障子がある。いかにも何か出てきそうだ。

 「構わないけれど、私がここに居た間は脱出に繋がるようなものがなかったのよね。」

 「二人いれば何か違うかもしれないだろ。とりあえずこれからよろしくな西園寺。」

 「西連寺よ。」

 「あら?」

 ともかく二人での探索がこうして始まった。

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