化・世ら・世ら ~ ケ・セラ・セラ ~

ts/n

第1話 Truth Prolog

ザー ザー


「なにしてんの?」


しきりに降る雨の中、問いかける。


「今日は道玄トウゲンの一回忌だろ?

忘れたことなんて一度もないけど、あの人が死んだ日も確かこんな雨だったから思い出してたんだ」


「・・・・・・」


問いかけてみたものの、私は彼の意図を

知っていた。


知っていて問いかけた先の言葉が出せなかったのだ。


何故なら今日という日は、私達に生きる事の全てを教えてくれた、あの人が亡くなった日だから。


見上げている彼の頭上には、灰色の雨雲だけが絶え間なく流れ続けている。

流れる沈黙は哀しく、屋根を打ちつける雨音は心地の良いものでは無い。


彼が今感じているのは、そんな雨雲や雨音の騒音ではなく、私達が初めて哀しみの朝を迎えたあの時の光景なのだろう。


【回想 ─1年前─ 】


─ 2XXX年 10月 10日 ─


動物達の鳴く声、湿気の混じった風に揺れる樹木。


染まり遅れた木々の葉は紅葉を一層引き立たせ、流れる水の音は心地好さを感じさせる。


そんな山奥にひっそりと建つ古屋から、

活気のある少年の声が響いた。


「なあ道玄!俺自由に風を操れるようになったんだ!」


右腕に深い三日月形の傷を残し、顎に少量の髭を残しているその男は、図体に見合わぬ優しい声色で応えた。


「やるな優風ユウ。努力の賜物って奴だな。このままいけばお前が五人の頭だが、調子に乗って努力を怠るんじゃないぞ?」


「わかってる!俺は道玄より強くなって緋雨や皆を守れるようになりたいんだ。」


まだ伸びしろを残した身長と、青さは抜けずとも希望に満ち溢れた優風の眼を、道玄は真っ直ぐ見つめて言った。


「俺に勝つなんて、生意気になったもんだな」


まるで子の成長を喜ぶように、また何処か

感慨深さを感じている様な眼で道玄は笑った。


今からおおよそ100年ほど前、

この世界は突如【ギジオン】という謎の生命体の進撃により、闇と破壊に包まれた。


ヒトの戦う術はその時代の科学界でも最先端であった銃器、そして核兵器を投入するしか無く、結果として日本も他の国々も沈没していった。


生き残った僅かな人々は国の復興や再建を二の次とし、子孫繁栄に命を懸け、後の世界に全てを託すこととなった。


そして破滅から150年後、奇跡とよばれる人類の存在により世界は一変していく。


人々はその人類を、【奇跡の旅人ミラーシュ】と呼んだ。


存在している数もごく僅かな【奇跡の旅人ミラーシュ】は、【ギジオン】と呼ばれる生命体を次々に討伐し、世界を救った。その後、才能センスを持つ15歳以上の若人わこうどにだけ、後に魔法と呼ばれる力を授けることにした。


道玄はその【奇跡の旅人ミラーシュ】の一人であり、力を授ける対象を五人に絞った。


─ 2XXX年 10月 13日 ─


カーン シュッ! ガガ! キーーン !


凄まじい速度と勢いで衝突する。

傍から見れば、既に強者同士に見えるその

ぶつかり合いは言わば日常茶飯事である。


「さすがに馬鹿の一つ覚えで剣を振り続けてるだけあるなぁ優風!ところでまだ風の魔法は使ってこないのかあ!?」


「なあ陽々斬ひびき、余裕ぶらなくてもいいんだぜー?俺が先に風の魔法を身に付けたもんだから妬んでるんだろ!」


キーン ! キキーン! シュッ!


妬むというワードに身体をびくつせた陽々斬は形相を変え、優風に飛びかかっていく。


それと同時に、優風は陽々斬の直線上へ腕を

突き出し何かを呟いた。


ズゴォォォォォォン !!


その瞬間、微かな風の音と共に陽々斬の

目の前には凄まじい竜巻が現れ、そのまま吸い込まれるように巻き込まれていく。


「うわぁぁぁぁあ!!」


竜巻の勢いが収まり、地にはぐったりと倒れ込んだ陽々斬と、大量に散った紅葉もみじが辺りを飾っている。


「こら、やりすぎだ優風」


優風の後方、古屋の中から呆れ顔で出てきた道玄は倒れ込んだ陽々斬を担ぎながらそう言った。


他の三人も、道玄の後ろで呆れた表情と少しばかり驚いたような様子で歩いてくる。


「陽々斬が馬鹿にしてくるから一度見せてやっただけだよ。気絶してるくらいだし大丈夫だろ?」


「まったく、、これだから男ってのは。あたし達は毎日仲良く高め合いながら組手してるのに、ね?光愛コウメ


不満げな様子で腕を組みながら問いかける緋雨の横で光愛は応えた。


「そうだよ。でも今の風の魔法、凄かった。私も早く優風君みたいに光の魔法が使えるようになりたいな」


「まあ、優風は乗せられやすいけれど実力はあるし、陽々斬もあと少しって感じなんだけど怒りっぽい所が難だね」


と、最後に纏めるように話すのは冬闇トーヤだ。


【奇跡の旅人ミラーシュ】である道玄は

この五人に力を授けるべく、五年に渡り指導を続けてきた。


風、火、水、闇、光。


それぞれ才能センスに沿った属性の魔法と戦闘の基礎、その全てを教えていく中で

道玄は五人を自らの子のように愛していた。


同じ様に彼らもまた、道玄を師匠とし

敬愛していた。


「それじゃあ五人とも、昼間の組手はここまでにして今日はとっておきのご馳走を用意してあるから食って食って食いまくるぞー」


「おっしゃあーー」


歓喜する四人の横でやっと目を覚ました陽々斬は状況を把握できずに、道玄に担がれたまま古屋へと運ばれたのだった。


─ 2XXX年 11月 18日 ─


この日は何だかいつもと森の雰囲気が違った。


動植物の生命の声が聴こえづらいとか、冬に差し掛かってるのに妙に暖かいとか、そういう些細な事も今考え直せば全てが違ったのかもしれない。


俺達五人はこの一ヶ月間、今まで培ってきた闘い方の基本を駆使して魔法を習得する事に重きを置いていた。


お陰で俺以外の四人も各々が魔法を使えるようになって、今となっては光愛の光魔法が

一番成長したって道玄のお墨付きでもある。


「道玄、まだかなー」


いつもの古屋、今日は雨が降っていた。


俺達五人は今日、道玄にを教わる事になっている。


そのが気になる俺、否、全員は道玄が来るのを心待ちにしていた。


ザー ザー


「あ、道玄!遅すぎるぞ!何してたん...え...?」


頻りに降り続く雨の中、濡れても尚、輝きを

放つ刀を右手に、目の前に立っていた筈の道玄は地面へと倒れ込んだ。


「きゃああああ、道玄!?」


緋雨は叫び、光愛は肩を異常に震わせ座り込んだ。


「なあ、道玄!どうしたんだ?!道玄!」


この状況を理解出来る者がこの中にいるはずも無く、冷静さをかいていながらも、唯一駆け寄って声をかけたのは冬闇だけだった。


まるで今まで信じていなかった物を目前にしたかのようで、俺は言葉が出なかった。

出ないんじゃない、息が出来ていない。


涙で濁った視界の先、細々とした道玄の声が僅かに届いた事がわかった。


「優風、緋雨、陽々斬、冬闇、光愛。ここはもう危ない...何処か遠くに...誰にも見つからない場所へ...逃げろ」


俺は咄嗟とっさに涙を拭き、目を見開きながら返す。


「な、何言ってんだよ!俺達もここまで闘えるようになったんだ!五人で道玄をそんなにした奴を倒して、道玄を連れていくさ!」


道玄は顔をこっちに向けると、二泊、三泊

間を置いてから、口を開いた。


「いいか...少し早くなっちまったけど、今日で俺からの稽古は終わりだ...これからはお前らが新しい【奇跡の旅人ミラーシュ】の意志を継ぐ後継者として、強く、優しく生きて行くんだ...お前らには最後に、とっておきを教える筈だったんだが...ゴホッ...どうやらそれは無理そうだ...ごめんな...」


頭は回っていない状態、だが道玄の言葉だけは一言一句、脳に刻まれていく感触を感じた。それは他の四人も同じだろう。


横を見渡せば、緋雨や光愛の泣く声や、

冬闇の叫ぶ声、そして陽々斬の握り締めた拳からは雨で流れる血が見える。


「...とっておきなんて、そんなのはどうでもいいからよ、もっと俺達と一緒に居てくれよ!なあ道玄!あんた独りだけどっか行くのかよ!」


今にも目を閉じそうな道玄を前に、理不尽など承知の上で、俺は問いかける。


もう道玄の声はほとんど出ていなかった。それでも道玄は最後に言葉をくれた。


「はは...俺も大層、好かれたもんだな...

お前らは俺の子だ、お前らは家族だ、それだけは忘れるんじゃねえ...いいな...?すまん...少しだけ眠らせてくれ...今度はお前らが...ご馳走...用意しとけ...よ...」


未だに雨は止まず、風も強い。

しかし、この一瞬だけは違った。

世界から音が消え、打ちつける水塊の感触は

もはや全てが哀しみになっていく。


未知の敵の存在など頭には無く、

俺達は翌日まで泣き叫び続けた。


【回想 終】


「とっておきの正解がわからないからさ、俺達いつもみたいに稽古する事しかできないんだ。また俺達に道を教えてくれよ、道玄」


青さは消え、代わりに哀しみを纏ったような表情の優風は墓に向け呟いた。


その後ろ姿越しに道玄の墓を眺めながら、緋雨は呟く。


「一年前、道玄は誰と戦ってたんだろうね」


「あの後俺達を狙いに来るわけでもなく一年が経っちまったけど、必ずそいつは来るはずさ」


悲観的な表情は既に消え、優風の眼は前を向いていた。


それについて行くように緋雨もまた、決心の表情を浮かべた。





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