絶許ポイント99点の君
新巻へもん
第1話
「ほら、邪魔だ。どけよ。玲子さまが通られるんだ」
威圧的な声が教室に響き渡る。しかし、声をかけられた一条沙苗はぼーっとしていて自分に声がかけられたとは気づいていない。小島大樹はまずいと思って手を伸ばして沙苗の手を引こうとしたが間に合わなかった。
西川玲子の取り巻きの一人である太田が沙苗のボサボサの髪を引っ張る。遠慮なく引き倒すので沙苗は盛大に床にひっくり返った。
「痛い」
沙苗が悲鳴を上げる。
倒れたはずみでスカートがめくれあがり艶の無い細い太ももが見える。かろうじて三角地帯を覆う布地が見えそうで見えないギリギリのところだった。しかし、何かの染みの着いたスカートとよれよれで首回りが下がったTシャツ姿の沙苗は色っぽさの欠片もない。
太田はさらに沙苗の足を蹴った。
「邪魔だって言ってんだろ」
痛みに足を引っ込める沙苗をしり目に太田は恭しく頭を下げる。
「さあ、どうぞ」
太田の前をブランドもののワンピースを着た西川が通り過ぎる。モデルばりに均整の取れた手足と美貌の西川は沙苗のことなど眼中にないように自席に歩いていった。
「おい。さすがにやりすぎだろ?」
大樹が文句を言うが太田は意に介さない。
「は? 何がだよ」
「サナ……、一条にやったことだよ」
「ゴミが落ちてたからどけただけだろ」
「なんだと?」
反射的に大樹は太田の胸倉をつかみ上げる。
「てめえ」
太田は落ち着き払って言う。
「ゴミをゴミと言って文句あるのか?」
取り巻きのもう一人である佐藤が教室の隅からゴミ箱を持ってくると沙苗の上に中のものをぶちまけた。埃、くしゃくしゃになったティッシュ、半分腐った食い残しのパンやブリックパックの空き容器が容赦なく降り注ぐ。
「ほら見ろ。どう見たって汚ねえゴミじゃねえか」
にやにや笑いを張り付けながら太田は大樹に向かってツバを吐きかける。思わず握りこぶしを固めた大樹に太田は甲高い声で言った。
「いいのか? お前んちが商売できなくなっても。週末の宴会が無くなったら大変だなよあ」
その言葉に大樹はひるむ。
「さな呼びか。ずいぶんと仲がいいんだな。ゴミとカスでお似合いじゃねえか。もうやったのか? すげえや。俺なら1億貰ってもムリだぜ」
大樹をあおりながら太田は自分の胸倉をつかんでいる手を叩く。
「さっさと離せよ」
もともとお世辞にもきれいとは言い難い沙苗がゴミをまき散らしながら立ち上がった。
「ダイ。馬鹿はほっときなよ」
「だけど……」
沙苗は目だけをぎらぎらさせながらぼそぼそという。
「こいつら、あとで後悔させてやるから」
太田と佐藤がそのセリフを聞いて、ギャハハと大笑いをした。
「ゴミが人の言葉をしゃべると思ったら、こいつは草はえるぜ」
ひとしきり笑うと太田は険しい顔になる。
「それよりもどうしてくれるんだよ。シャツが皴になったじゃねえか。ああ?」
大樹は歯を食いしばりながら言葉を押し出した。
「……悪かった」
「おめえ、その程度ですむと思ってんのか?」
太田はいいことを思いついたという顔をする。
「じゃあ、お詫びのしるしに教室をきれいにしろよ」
太田があごをしゃくると佐藤が廊下に出て行きバケツを持って戻ってきた。脇にマジックでトイレと書いてある。
「教室にゴミがあったら勉強に集中できねえよな。ゴミはきれいにしねえとなあ」
佐藤がバケツを大樹に押し付ける。
「ほら、さっさときれいにしろよ」
逡巡する大樹に太田は冷たい声で言った。
「いいのかよ。俺の親父はニコニコマートの社員なんだぜ。おめえの店にニコニコマートの社員が食いに行かなくなったら潰れんじゃねえの? ほら、早くしろよ」
大樹はノロノロとバケツに手を伸ばす。家が蕎麦屋の秋田が先週から売り上げが落ちててヤバイという話を聞いているだけに単なる脅しとは思えなかった。
バケツの水を沙苗の頭からぶっかける。濁った水がかかってTシャツが体に張り付いた。その途端に沙苗のアッパーカットが大樹のあごをとらえてひっくり返る。バケツがガランゴロンという音を立てた。そこへ5限の英語の担任である飯島が顔を見せる。
「お前らなにをやってるんだ?」
気が付けば太田と佐藤は自席に戻っていた。
「お前ら、あとで職員室に来い」
大樹と沙苗に言い捨てると飯島は授業を始める。
放課後にたっぷりとお説教を食らった大樹と沙苗は駅に向かって付かず離れずの距離で歩いていた。夕闇が迫るこの時間で周囲に他の生徒の姿は見えない。最初から分かっていたことだったが、飯島をはじめとする教員は大樹のいうことをてんで取り合わなかった。大樹が沙苗にゴミと汚水をかけたことにされ家に連絡もされている。
「ばーか」
沙苗が不意に言った。
「なにがだよ」
「学校じゃ私のことをほっとけと言ってるのに余計なことをしてしゃしゃり出てくるからさ」
「だって放っておけないだろ」
「その挙句、あんな水ぶっかけやがって」
「悪かったとは思ってるよ。だけど仕方ないだろ」
「ああなると分かってたから無視しろって言ってたのに」
「だから、悪かったよ。すまん」
大樹は両手を合わせて頭を下げた。
「やだ。許さない」
「え?」
「どうせかばうなら、あそこは自分で浴びるところだろ?」
「マジ?」
「マジもマジ。だから絶対に許さない。家に帰ったら復讐ノートにお前の名前を書いてやる。絶許ポイント100だからな」
「ちょっと待てよ。そりゃ悪かったとは思ってるけど、100ポイントはないだろ?」
沙苗は毎日自分をひどい目に合わせた相手の名前を書いて点数をつけている。絶対許さないポイント、略して絶許ポイントである。
ポイントごとに将来どのような目に合わせるかが決まっていて、100ポイントだと一生かけて呪うことになっていた。
「太田と佐藤でも50ぐらいなのに、なんで裏で糸を引いている西川よりもポイント上なんだよ?」
沙苗にじーっと見られて大樹は落ち着かなくなる。
「その胸に手を当ててよーく考えな」
大樹はあわてて近くの児童公園の中に沙苗をひっぱっていった。いきなり土下座をする。
「申し訳ありませんでした!」
「何が申し訳ないのかな?」
「思いっきり気のすむまで踏んでください。だから許して」
「ここで? いくら人気が無いと言ったってできるわけないだろ」
「じゃ、じゃあ、どうしたら……」
「罰はゆっくりと考えておくから、さっさと立ちな」
顔をあげるとボサボサ頭の下から沙苗が冷たい目で見降ろしていた。
「それから、外でこんなことするんじゃないよ」
大樹は埃を払って立ち上がるとおずおずと沙苗を見る。沙苗はくんくんと自分の服の臭いを嗅いだ。
「洗って干しておいたけど、まだ臭いや」
「本当にゴメンっ!」
歩き出した沙苗の後ろをとぼとぼと追いかける大樹。二人は県立高校前駅から中電で3駅離れた最寄りの高瀬川駅まで乗る。駅から歩いて10分、四つ辻に到着する。まっすぐ行けば大樹の家兼中華料理屋があり、右に曲がると沙苗の住むボロ屋があった。
「今日はじいちゃん、ばあちゃん。出かけてていないのよね」
別れを告げようとした大樹に沙苗が言う。
「汚しちゃったカノジョを一人で帰すほど薄情もんじゃないよねえ。大樹?」
「ああ。うん」
道を右に曲がって沙苗の家につく。家に入るなり、沙苗はスタスタと浴室に向かう。汚れ物をかごに放り込むとそこだけ改築してきれいになった浴室に入る。一度閉めたすりガラスの戸を開けると首だけ出して、もじもじしている大樹に声をかける。
「ほら、早くして。この臭い落ちなくなっちゃうでしょ」
ためらう大樹をみてさらに体を出す。意外と立派な胸が丸見えになった。
「3か月前に私を襲って、初めてを奪ったの誰だったっけ? 早くしないとそのことバラスからね。高3で前科持ちとか、絶許ポイントなくても人生終わると思うけど?」
大樹は慌てて服を脱ぐと浴室に突進していった。
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