彩度
くろかわ
彩度
雨だ。
七月に降る雨はじっとりとした湿度を伴い、まるで青空など見えない灰色が天蓋として居座っている。
部屋の主はベッドに仰向けになったまま、開いていたSNSのページをもう飽きたと言わんばかりにスマートフォンを投げ捨てる。ぽすんと腑抜けた音はクーラーをつけてなおじめじめとした空気に吸い込まれていった。
どうせ暇になって、そのうちまた手に取ることは目に見えている。
それでも、今はそういう気分ではない。
気鬱というよりもむしろ、虚無感が勝る、そんな状態で停滞していた。
「あーあ」
雨の音が聞こえる。窓の向こう、硝子を隔てて水が空から滴る音。
気にもせずぼうっと天井を眺める。木板に映る年輪の模様は幼い時分から一切変化せず、ただ年を重ねて少しくすんだ茶色へと変わっていた。
大の字になって深呼吸する。昼ごはんまではまだ少し時間もある。二度寝もいいかもしれない。
すぅ、と目を閉じてみる。
世界が閉じる。瞼の裏に消える。じっとりとした空気と、クーラーの鳴る音、雨が空から降りしきる声。
なんだ。全然変わらない。
なにかあるかも、と思って行動しても、結局外の世界は何一つ変わっていない。
「あーあ」
まぁ、そんなものだと諦めて、再び寝入ろうとしたその時。
ぽこん、と愛らしい音。振動する電子のかまぼこ板。
この憂鬱な休日を素早くスキップするための安眠を邪魔するなんて、一体誰だよ、と起き上がる。
『今暇!?』
唐突だった。それは急に降る夏雨のようで。
『いや全然』
五秒も待たずに返す。
『そっかー。ちょっと遊びに出かけない?』
いやいやいや。嘘だろ。雨だぞ。
『雨じゃん』
『外見た?』
さっき見た。さっきは降っていた。
そういえば、今は?
ばさりとカーテンを開く。
虹色。雨雲の向こう側、青い空に架かる天の橋。
彩りの色。
『見た』
『どこいく?』
目に見えていることを、目に見ていなかった。
「あーあ」
思わず蓋のような口元が開く。笑みが溢れる。
『どこでもいいよ。どこへでも』
彩度 くろかわ @krkw
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