第252話「やさぐレオニー①」

 セシロクマが暴れ、小悪魔が暗躍し、狂信者が猛烈な勢いで大陸進出の準備をしてシャケを困らせているのと同じ頃。


 ランスのとある大都市でも、シャケを追い詰めるような事態が起きていた。


 その街の名はムラーン・ジュール


 王都と港町ルーアブルの中間にある大都市だ。


 この街は南北東西の交易路が交わる地点にある為、非常に活気があり、人、モノ、金が集まることに加えて、王都をも凌ぐ国内最大の歓楽街を有している。


 そして、欲望渦巻くこの街には必然的に利権に群がる悪党達がいた。


 そう、『いた』のだ。


 ついこの間まで。


 先日までこの街には国内最大のマフィアのボス、通称『ブラックタイガー』が君臨しており、その武力や資金力、貴族との黒い繋がりなどの理由から政府ですら、おいそれと手出しができなかった……のだが。


 空気を読めない……いや、読む気がない雌ライオンが愛するシャケの為、しがらみなど一切気にせず大暴れした結果、彼の存在は組織ごと過去形になってしまったのだ。


 具体的には浅はかなこの男が追い詰められた際、勝手に失恋したと思い込んでメンタルに多大なダメージを受けて凹んでいた雌ライオンの傷口にたっぷりと塩を塗り込んでしまった結果、文字通り『活け造り』にされた。


 それに加え、国を挙げての積極的なマフィア狩りの影響で組織そのものにも、かなりのダメージを受けて壊滅寸前で、ボスの死がトドメをさした。


 最早、ランス国内の反社会勢力が絶滅するのは時間の問題かと思われた。


 しかし、事態は急変する。


 何と、ある日突然新しい支配者が誕生し、その者が率いる新勢力がムラーン・ジュールを手中に収めた。


 また、その新勢力が拡大するスピードは凄まじく、マフィア狩りで弱った他組織を次々と吸収して、あっという間に国内最大の反社会勢力となり、ひいてはランスの裏社会全体を仕切るようになったのだ。


 しかもその新勢力は何故か、異常なまでに厳しいマフィア狩りの外に置かれているかの如く、国家権力による取り締まりのダメージを全く受けなかった。


 いや、寧ろ逆にサポートを受けているかのように思われる程だった。


 最早彼らの行く手を妨げるものはなく、今やその力は王都にまで及んだ。


 と、こうして極々短期間でランス裏社会の新秩序が出来上がったのだが。


 では何故それがシャケを追い詰めることになるのかと言えば、それは突然現れた新たな支配者が猛烈な勢いで裏社会を掌握し始めた為、このままではシャケが国王達にぶち上げた娯楽産業の掌握が頓挫してしまうからだ。


 しかも尚悪いことに、ある理由からその支配者と新勢力を倒す為に憲兵や暗部などの国家権力を大っぴらに動かして排除することも出来ない。


 何故ならそれはシャケの大切な部下であるレオニー=レオンハートがその新しいボスに捕まっており、下手に動けば彼女の身が危ないとシャケ自身が『思い込んでいる』からである。


 こうしてシャケをあらゆる意味で盛大に困らせている訳なのである。


 因みに、その飛ぶ鳥を落とす勢いで拡大するその組織の名は『金獅子組』といい、そのトップは意外にも若い女だったりする。


 その女は銀色の仮面で顔の上半分を隠し、真紅のマントを羽織った痛い……いや、謎めいた存在だった。


 だが、その実力は本物で非常に高い統率力やスーパーモデルのような完璧な容姿、そして近衛騎士の精鋭百人を余裕で倒すことが出来る程の強さを併せ持つ。


 そんな彼女を人はこう呼ぶ。


 ランス裏社会の女帝、L.L(エルツー)と。


 ではそんなシャケを苦しめる謎の女ことレオツー……じゃなかった、女帝L.L(エルツー)の誕生を見てみよう。




 時は少し遡り、シャケに捨てられた(と思い込んでいる)レオニー=レオンハート二十三歳(独身)がアジトで飲んだくれていた直後から。


 その時、彼女は焦点の合わない虚な目をしながら治安の悪い薄汚れた裏道を当てもなくフラフラと彷徨っていた。


 しかも何故かずぶ濡れで、自慢の美しい金髪から水滴を滴らせている。


 さらに、今着ているヨレヨレのシャツは身体に張り付きボディラインがくっきりと強調され、何というか非常に目のやり場に困るエロ……いや、際どい姿だった。


 因みに何故そんなことになっているかと言うと、更に少し前のこと。




「うう……お願いします殿下ぁ、どうか私を捨てないでぇ……殺しでも色仕掛けでも何でもやりますからぁ……都合のいい女でいいのですぅ……ぐすん……捨てないで下さい……お願いします、どうか……もう一度私の名前を呼んで下さい……」


 と、下町の酒場に偽装した情報局ムラーン・ジュール支部で仕事を全て部下に押し付け、飲んだくれて泣いていたところ……。


「あ、あのー……レオニー様、あのお方からお届けものが……」


 そんなやさぐれ雌ライオンに声を掛ける者がいた。


「はぁ……一度でいいからリアン様とお呼びしてみたかったなぁ……うう」


 だが、その声は自分の世界に閉じこもっている彼女には届かず、憐れな伝令役の局員は胃をキリキリさせながらもう一度声を掛ける。


「あの……レオニー様、お取り込み中大変恐縮なのですが……」


「……ああ?何だ貴様、私のささやかな妄想の邪魔をするな。失せろ」


 だが、返ってきたのはそんな理不尽極まりないセリフ。


「ひぃ!?も、申し訳ございません!しかし、お届け物が……あの、せめて受け取りにサインだけでも……」


 だが、それでも伝令役の若い局員は使命を全うする為、恐怖で顔を青くしながらも懸命に殺気立つ雌ライオンに用件を告げようとした。


 だが、結果は……。


「聞こえなかったのか?二度は言わない、命が惜しければ消えろ……」


 無常だった。


「は、はいぃ!申し訳ありませんでしたー!」


 ここで遂に心が折れた伝令は涙目で去って行き、逆にレオニーは人生最大の黒歴史を回避するチャンスを永久に失ってしまったのだった。


「ハァ……殿下ぁ」


 それからレオニーは再びグラス片手に頬杖を突き、悩ましげな表情で妄想を再開したのだった。


 そんな過去一ロクでもない上司の姿を離れたところから見ていた部下達は思った。


「「「……(ダメだこの人、早く何とかしないと!)」」」


 すると、その直後。


「いい加減になさって下さい」


 という淡々とした声と共に、バシャッとバケツいっぱいの水を初老の店主がレオニーにぶっ掛けた。


「……」


 しかし、ずぶ濡れになったレオニーは怒るどころか特に何も反応せず、虚な目のまま無言で空のグラスを見つめたままだ。


 勿論、普段の彼女なら水を避けることなど造作もないことなのだが、今は完全に生ける屍状態だったのでモロに水を浴びてしまったのだ。


「はぁ……これはダメだな……仕方ない……かっ!」


 そんな彼女の醜態を見た店主はやれやれとため息をついた後、徐にレオニーに近付いた。


「……?」


 そして次の瞬間、暗部の元エースだった彼はレオニーの襟首掴むと、椅子が倒れ酒瓶がテーブルから転がり落ちて派手に音を立てるのも気にせず彼女を店から引きずり出し、そのまま道に放り投げた。


 一方、投げ捨てられたレオニーは道の上を転がり、そのまま力無く横たわっている。


「見苦しいですよ、レオンハート副局長。任務に戻るか、さもなければ辞めてしまいなさい」


 店主は地面に倒れ伏したまま動かないレオニーに冷たくそう言い放つとバタン!と乱暴にドアを閉めたのだった。




 とまあ、そんな感じでいつまでもメソメソしているレオニーを見かねた暗部OBの店主が頭を冷やせという言葉通り、水をぶっ掛けて彼女を強制的に店から追い出したのだ。


 それからレオニーは暫く店の前で倒れていた後、のっそりと緩慢な動作で立ち上がると、フラフラとゾンビのように徘徊を始めたのだった。


 因みに、実は仕事が終わったのだからさっさと王宮へ戻り、真面目に事務仕事をしていればそのうちバイエルラインから帰ってきたシャケに労いの言葉の一つも掛けて貰えたのだが、レオニーは最後までそれに気付くことはなかった。





 ※話が予想外に長くなってしまったので半分に分けました。本日の午後に残りの半分を投稿する予定です。

 

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