第210話「シャケ、キレる①」

 優秀な政治家二人からバラバラのアドバイスを貰った私は、一抹の不安を抱えながらその足で外務省へ向かった。


 私が到着すると職員に応接室へ案内され、そこで一人ずつ個別に外交官達の対応することになると説明を受けた。


 そして、説明を終えた職員が最初の外交官を呼びに部屋を出て行ったところで……。


「はぁ、胃が痛い……」


 私は一人、ため息と弱音を吐いた。


 だが、ここでやらねば自分が危ないのだ。


 踏ん張らねばな。


 と、無理矢理自分を奮い立たせた。


 それに私の目標は、周辺国と穏便に事を済ませる、なので、そんなに難しい訳ではないと思うのだ。


 実は、必要であればかなりの譲歩をするつもりだし、頭も下げるつもりでいる。


 平和の為に、損して得取れ、だ。


 あと、この為にアドバイスも聞いてきたし、それに加えて一応各国の基本的なデータも頭に入れてきたから、なんとかなるだろう。


 それに万が一、交渉が失敗しても国が滅びる訳でもあるまいし。


 まあ、失敗したら私自身が滅びるだろうが……。


 と、そんなことを考えていたら一人目の外交官が外務省職員に案内されてやってきた。


 あ、そうそう言い忘れていたが、今回は身分を隠したまま全権を委任されたリアン=ランベール侯爵として交渉に当たることになっている。


 


 そしていよいよ一人目、バイエルライン王国の大使の登場だ。


 職員に先導されて部屋に入ってきたのは、いかにもバイエルラインらしい大柄で筋骨隆々の中年男性だった。


 怖っ!


 そして、彼は席に着くなりギロっとこちらを睨み、


「単刀直入に申し上げる、今回の貴国の我が国への侵攻は甚だ不当なものである!即時撤兵と謝罪、そして我が国が被った損壊への賠償を要求する!」


 鼻息荒く、凄い剣幕で捲し立てた。


 おお、いかにも脳筋のバイエルラインらしい感じだな。


 と、変に関心してしまった。


 というか、まさかいきなり戦争中の相手が出てくるとは思わなかったな。


 それにしても、いきなり強気に出てきたぞ……負けている筈なのに。


 これは何かカードあるのかな?


 取り敢えず、もう少し話を聞いてみるか。


「まあまあ、落ち着いて下さい、大使」


 私は微笑を浮かべなら言った。


 しかし、彼は私の態度が癇に障ったのか更に勢いが増した。


「祖国が攻められているというのに落ち着いていられるか!それで、どうされるのだ!」


 そして、いきなり決断を迫ってきた。


 ふむ、相手がキレているのを眺めると逆に冷静になれるな。


「ふぅ……ですから落ち着いて下さい。それで、もし我が国が要求を蹴ったらどうなるのです?」


 さあ、どう出る?


「知れたこと!国中を総動員し、あらゆる手段で野蛮な貴国を撃退した後、周辺国と連携して貴国を討つまで!」


 つまり、一般市民まで動員して籠城戦やゲリラ戦など手段を選ばず戦って泥沼化させ、戦争を長期化させようというのか。


 なんだ、そういうことか……って、ヤバいぞ!


 勝ち負けに関わらず戦争が長引くのは宜しくない。


 ベトナムやアフガンに攻め込んだアメリカやソ連が良い例だ。


 あと、野蛮なのはおたくの国の方だろうに。


 さてと、ここまで言われっぱなしだし、そろそろ私もやり返すとしよう。


「そうですか……わかりました」


 一通り話を聞いた私は澄ました顔のまま、静かにそう言った。


 すると、バイエルラインの大使は他人をイラッとさせる感じの傲慢な笑みを浮かべて喋り始めた。


 ムカつく!


「ふむ、どうやら状況をお分かりいただけたようだな……


(良かった、初めて顔を見る相手だったから、この外交交渉における茶番を理解出来なかったらどうしようかと思ったぞ。ハッキリ言って今回は完全に我が国のバカ王子が原因な上、既に敗戦も時間の問題。周辺国もランス一の精鋭であるスービーズ騎士団の強さと、あまりに酷い我が国の負けっぷりを見て援軍は出すまい。むしろランス側に寝返る可能性さえある。だから私がここで出来るのは、精々虚勢を張って講和条件を少しでもマシなものにすることだけだ。この男も外交官ならば当然その辺りは理解している筈だ)


 ……宜しい、では講和の条件について話を……」


 そして、バイエルラインの大使がそう言い掛けたところで、イラッとしながら私は一言。


「それで構いません」


 と、短く返事をした。


「は?え?ま、まさか先程の要求を丸呑みする……と!?」


 すると大使は目を丸くした。


 クク……さあ!反撃だ。


「ん?何を勘違いされているのかな?」


 私はすっとぼけた顔で言った。


「え?」


「私が『それで構わない』と言ったのは……貴国が戦争を長引かせ、更に周辺国と連携して攻めてくるのならば、それで構わない、喜んで受けて立つ、と言ったのだが?」


 そして、丁寧に言葉の意味を説明してやった。


「はぁ!?(ば、馬鹿な!この男何を言っている!?)」


 私はニヤリと黒い笑みを浮かべ、更に話を続ける。


「ククク、ご安心下さい。我が国の誇る精鋭達が貴国も、そしてそれに味方する愚かな国々も纏めて滅ぼしてご覧にいれますから。貴方は祖国が周辺国を道連れに滅びていくところを、ここから存分に堪能されるが宜しい」


 まるで、悪党の親玉のように。


 すると、バイエルラインの大使が盛大に慌て出した。


「ちょ、ちょっとお待ちを!(この男は何を言っているんだ!?今ならランス側に有利な講和を……それこそ交渉次第で我が国を実質的な属国にすることすら可能なのにも関わらず、だ!なのに、不毛な消耗戦をしてでも絶対に我が国を滅ぼすと言うのか!?そんなことに一体、何の意味があるのだ!?)」


 さて、ここで皆さまの疑問にお答えしよう。


 何故、小心者の私がこんな強気な発言をしたかと言えば……。


 これは宰相閣下の強気に行け!というアドバイスに従ったのだ。


 しかも作戦は上手くいって目の前の大男は大いに慌てている。


 実に痛快だ。


 あとは有利な条件を引き出すだけだ!


 さあ!どんどん行こう!……と思ったところで、


「何故だ!何故そこまでするのだ!ランスは一体、我が国に何の恨みがあるのだ!?くっ、元話と言えば貴国の公爵令嬢が事故とは言え、我が国の王子の命を奪ったことが原因ではないか!」


 と大男は言うに事欠き、ふざけたことをほざいた。


 それを聞いた瞬間、私は一瞬で頭に血が昇り、即座に目の前の大男を怒鳴り付けた。


 メガネとウィッグを投げ捨てて。


「黙れ!この愚か者め!元とは言え、我が婚約者にして、か弱き令嬢セシルを辱めたのは貴国の王子であろうが!」


「は!え?……ええ!?そ、そのお姿はもしや、貴方様は第一王子マクシミリアン殿下!?」


「そうだ!よくも私のセシルを傷付けてくれたな!その罪、貴国の王族……いや、貴族全員の命で贖って貰うぞ!覚悟しろ!」


「ひぃ!お、お許しを……」


 私の剣幕に気圧された大男は咄嗟にそう呟いたが、私はそれを無視し、


「さあ、今すぐ国に帰って愚かな国王に伝えよ!貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだとな!」


 と、締め括った。


「う、うわあああああ!」


 するとパニックに陥った大男は、這々の体で部屋を逃げ出したのだった。


 そして、その背中を見送ったところで私は……。


 「……はっ!ど、どうしよう!何か頭に血が上ってやってしまった!」


 我に帰り、一人で後悔の叫びを上げながら頭を抱えた。


 ああ、何てこった……。


 こ、講和どころか……戦火を盛大に煽ってしまった……。


 ていうか、「貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ!」とか、シヴィラ◯ゼーションかよ!


 何言ってんだ自分!


 あああああああああ!


 どうしよう!……くっ、こうなったらセシルを迎えに行くフリをしながら直接先方に謝罪して講和を結ぶしかあるまい!


 だが父上達には何と言えば……と、取り敢えず、講和について私と大使は終始和やかな雰囲気で、そこはかとなく前向きな話し合いが出来た、そして大使は笑顔でその話を持ち帰ったことにしよう!


 あとは……そうだ!最終的に私があちらへ出向いて細かい内容を決めることなった、としておこうか!


 というか、そうでないと私が死ぬ!




 因みにこの後、先程話にあったバイエルラインの周辺国の大使達が順番に抗議や停戦を要求にきたのだが……。


 しかし、今更態度を変える訳にはいかず、仕方がないので同じように強気に出た。


 その結果、外交官達は顔を真っ青にしたまま帰っていってしまった。


 ああ……やっべー……。


 本当、どうしよう……はぁ。


 ……だが、落ち込んでもばかりもいられない。


 この後、コモナ関係の連中も控えているのだから。


 はぁ、やはり父上の言うことを聞いてに柔軟に対応するべきだったかなぁ。


 さあ、気を取り直して後半戦を頑張ろうか。


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