第200話「フィリップの初恋③」
「……アリア……です」
彼女は差し出した僕の手を取りながら、静かにそう答えました。
アリアか……桃色の髪に可愛らしい顔立ちという彼女の容姿にピッタリの名前だな。
僕は心の中でそんなことを思いながら彼女を助け起こした後、表面上はしかつめらしい顔を作り、
「そうですか、アリア王女……先程は我が国の愚か者共が大変なご無礼を……誠に申し訳ありませんでした。あの者どもに代わり謝罪致します」
と、この国の頂点に立つ王族として、改めて謝罪をしました。
その時、僕はきっと尊厳を傷つけられた彼女は怒るか、無視を決め込むか、だと思ったのですが……。
しかし、返ってきたのは意外な反応でした。
「……かまいませんわ。こういう扱いには慣れていますから」
と、アリア王女は悲しげな笑みを浮かべながら僕にそう言ったのです。
「え?」
僕は思わず自分の耳を疑いました。
え?こんな扱いには慣れている?
つまり、こんな酷い目に遭うことに慣れている?
そんな……まさか!
僕には信じられない……いや、信じたくない。
咄嗟にそう思いました。
何故ならそれは、今まで光の当たる世界で何不自由なく幸せに暮らしてきた自分にとって、それがとても恐ろしいことに思えたからです。
だから、僕は今の言葉が嘘であって欲しかったのです。
ですが現実は残酷で、彼女は更に言葉を続けます。
「それに皆さんの言っていたことは全て本当のことですし……」
「そんな……」
やめてくれ。
「王家といっても領地はなく、王妃は人質に取られ、残っているのは古びた城一つと百人にも満たない臣下のみ。しかも食い扶持はルビオン政府から支給される年金だけという始末ですから……」
「王女……」
頼む、もうやめてくれ!
僕は心の中でそう願いましたが、話は続きます。
「つまり、ルビオンがスコルト地方を治めるに当たり、我がスコルト王家を滅ぼしてしまうと反発を生み、地域が不安定になってしまうので、取り敢えず飼い殺しにしているだけなのですよ……しかし、大人しくしていればそれなりの暮らしは出来ます……正直、私はこのままで構わないのですが、愚かなお父様は……」
そして、彼女は怒りや悲しみ、憐れみなど様々な思いが入り混じったような目でそう言いました。
アリア王女は悪くないのに……本当に酷い話だ……。
「スコルト王家の復権を夢見ていると?」
「はい、ですからこのように半ば強引にランス宮廷に押し掛け、援助を求めているのです……全く、こんなことをしたらタダでは済まないというのに……恐らく今回の外遊をルビオンは我が王家に引導を渡す為の口実にするでしょう……スコルト王家はもう…………あ、これは失礼致しました、私としたことが喋り過ぎてしましたわ。兎に角、そんな訳ですから私などにお気遣いは無用でございますわ」
そこで彼女は再び悲しげに笑いました。
その瞳は全てを悟り、諦めた目でした。
そうか、アリア王女は自分ではどうしようもない理不尽な現状に、全てを諦めてしまっているんだな。
……全く、つくづく酷い話だ。
その時、幸せいっぱいに育った僕は、話を聞いて心が張り裂けそうでした。
また、それと同時に僕は神に感謝しました。
口髭以外は立派な父上や優しく美しい母上、若干……いや、かなり狂気を感じるが仲の良い?幼馴染×2、そして聡明な兄上に恵まれたことを。
そして、思いました。
彼女を助けてあげたい、と。
でも同時に、これは他人が口を出せる問題では無いことも分かっていました。
では僕は一体どうすれば……。
と、葛藤していると、ここである疑問が浮かびました。
「……ん?あのアリア王女、一つお聞きしたいのですが……」
「はい」
「たとえそうだとしても、外へ出れば酷い扱いをされることが分かっているのに何故出歩いているのですか?」
そう、何故わざわざ自分から外へ出て傷付きに行くのか、と。
そして、僕がそう聞くと彼女は目を伏せ、暗い顔で言いました。
「……お父様のお言い付けなのです」
「え?」
父親に命令された?
「ランスの王子と仲良くなれ、と。それで私はマクシミリアン王子を探していました」
アリア王女は目を伏せたまま更に暗い顔で言いました。
「なるほど、そういうことですか……」
それで出歩いていたのか……可哀想に……あの二人がいる限り絶対にリアン兄さんには会えないのに……いや、逆に会えなくてよかったのかな?
万が一、何かの偶然でリアン兄さんと仲良くおしゃべりでもしようものなら今頃アリア王女は……恐ろしい……。
ではなくて!
つまり、少しでも印象を良くして我がランスから援助を引き出しやすくする為に、子供同士を仲良くさせようとした、と。
更に、あわよくば婚姻関係を結ばせようとも思っているのかもしれない。
しかし、いくら復権や独立の為とは言えこれは……。
はっきり言って、最低だ。
と、僕がそんなことを考え、心の中で憤慨していると彼女はポツリと言いました。
「そんなこと無駄なのに……」
ああ、無能なスコルト王とは反対に、このアリア姫はなんと聡明なんだろう。
愚かな父王と違い、きちんと現実を直視しているし。
彼女の方がよほど大人だな。
いや、大人にならざるを得なかったのか……?
まあ、僕にはその辺りのことはわからないけど……ん?ちょっと待てよ?
ここで僕は、聡明な彼女だからこそ余計に疑問に思いました。
「だったら何故、愚かな父親の言うことを聞くのですか?」
と。
すると、返ってきた答えは僕には想像もつかないものでした。
「何もしていないことがバレたら……お父様にぶたれるのです……」
「何だって!」
最低だ。
そんなの絶対おかしいよ!
許せない!
と、僕が再度内心で憤慨していると、
「あの……では、そういうことですので私はこれで……」
王女が悲壮感を漂わせながら、そう言って立ち去ろうとしました。
その時、僕は咄嗟にこの子をこのまま行かせてはダメだと思いました。
そして、何とかしてこの子を守ってあげたいと。
今でも皆んなに守られてばかりだった僕が、初めて誰かを守ってあげたいと思ったのです。
それに……リアン兄さんなら絶対に困っている女の子を見捨てたりしないだろうと思ったから……。
だから僕はここで躊躇なく彼女を呼び止めました。
「アリア王女」
「え?はい、何か?」
すると、立ち去ろうと背中を見せていた彼女は不思議そうにこちらを見ました。
そして、実は女の子を何かに誘ったりした経験がない僕は、心の中で身近な人物を参考にしながらこう言いました。
「お詫びと言ってはなんですが、宜しければお茶に付き合って頂けませんか?実は出席予定の令嬢全員がついさっき都合が悪くなり、僕一人なのですよ」
「いえ、ですから私は王子を……」
当然アリア王女は困惑しながら誘いを断ろうとしましたが、僕は悪戯っぽく笑いながら言いました。
「大丈夫ですよ、王子なら目の前にいますから」
と、大好きなリアン兄さんをイメージしながら。
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