第163話「その頃、猛獣達は?⑥」
「王政を終らせる!?その為の同志!?……フィリップ殿下、貴方は一体何をお考えなのですか?」
囚人の一人が戸惑いながらフィリップに問うた。
「言葉のままだ。王政を終わらせ、最終的に共和制へと移行させる。ただ、今すぐにではないがな。だから正確には『その為の一歩を踏み出す』という意味になる」
その問いに対してフィリップがそう答えると囚人達は、
「ば、バカな!そんなことを王族である貴方が求める筈が……」
「そうだ、そうだ!我々を騙すつもりだろう!」
「あの、素直に協力したら、いくら貰えますか?」
などと騒ぎ出した。
だが、その時。
「みんな落ち着け!見苦しいぞ!まずは殿下のお話を最後まで聞こうじゃないか」
囚人の誰かが鋭くハスキーボイスで一喝し、場を静めた。
フィリップがその声の持ち主を見ると、それは最後尾に座っている細身で長身、鋭い目つきに髪をオールバックにしたインテリ風の二十代後半ぐらいの凛々しい女性だった。
そして、その貫禄から彼女がリーダー格であると思われた。
「ん?ありがとう、助かる。ああ、君の名前は?」
「はい、私はレギーヌ=ビザと申します、殿下」
フィリップが問うと、彼女はスマートに上半身だけで会釈しながら、そう答えた。
「そうか、レギーヌか、君がリーダーだな?宜しく。では……ああ、そうだ。王政の終わり、と言ったことについてだったな」
「はい、是非ご説明をお願いしたく思います、殿下」
「ああ、勿論だとも。さて、まず諸君は私の言葉を不思議に思ったことだろう。まあ、当然だ。私とて最近、我が兄上の話を聞くまでそんなことは、まともに考えたこともなかったのだからな」
「ほう、あのマクシミリアン殿下が?」
フィリップの言葉にギレーヌが興味深そうに言った。
「そうだ、全ては崇高なる我が兄上のご意志なのだよ!」
そこで、フィリップは嬉しそうな顔でギレーヌに告げた。
まあ、実際には『アユメリカ植民地では、できる範囲で自由と平等を大切に頑張れよロリコン!』ぐらいのことしかシャケは言っていない。
だがしかし!残念ながらシャケを崇拝しているフィリップは、その言葉と幼い頃にシャケが調子に乗ってひけらかした元いた世界の歴史知識などを超絶拡大解釈して絶賛暴走中なのである。
「マクシミリアン様のご意志?」
「ああ、そうだ。驚くぞ?我が兄上は未来を、それも王政の打倒を謳うお前達よりも遥かに先を見ておられるのだからな!」
そしてフィリップは誇らしげに言った。
「は?未来を?しかも、我々よりも先を?」
レギーヌを始め、全員が怪訝な顔になった。
「ああ、そうだ」
だが、逆にフィリップは自信たっぷりだ。
「いや、意味が……」
「兄上はな、このランスに生きる全ての民を、それも現在だけではなく、将来生まれてくる未来の民のことまでも愛しておられるのだ」
「未来の民?」
「そうだ。そして、将来その民達が、自らの子孫達と対立し、血を流すことを憂いておられる」
「対立して……血を流す?」
ギレーヌ以下、誰もまだフィリップの言葉の意味を理解できず、困惑している。
「ああ、そうだ。ここで先程の王政の終わり、ということに繋がるのだが……兄上は現在の王政という政治体制の限界を理解しておられるのだ」
「限界?」
「そう、今後、政は人口の増加、科学の発展、大衆の意識の変化などに間違いなく今とは比べ物にならない程に複雑化する。それを一人の世襲の権力者と世襲貴族達を中心に統治する現行の政治体制では必ず行き詰まる日が来る。いや、今だって既にその弊害はかなりあるのだ」
「……確かにそれはその通りですね」
そこまで聞いたレギーヌは、世襲制や王政の問題点については同意した。
「だが、これは考えてみれば至極単純なことなのだ。適性を顧みず、各分野の専門家でもない貴族が家柄や権力だけで様々なポストについているのだからな。非効率的なこと極まりない」
「はい、仰る通りです」
「そして、そんな体制のまま無理に統治を続けたら最後はどうなると思う?」
そして、フィリップはここでそう問いかけた。
「つまり、王家と民衆が対立した先にあるもの?……まさか、革命!?」
「そう、民衆の不満は膨らみ続け、最後はそれが爆発し、旧来の支配者達を力で排除することになる。しかも多くの血と混乱を伴ってな。つまり、兄上が心配されているのは、自らの子孫が愛すべき民の手で最期を迎えることだ」
「なるほど、血を見るとはそういうことだったのですか……」
レギーヌはフィリップの説明を聞いて納得した。
「ああ。だからこそ新しい時代に対応した体制が必要なのだ。それこそが……」
「民自身による統治だと?」
「そう、民よって選ばれた者たちと、その中から決められたリーダー、それに専門の官僚や軍人で構成される統治機構によって治められる時代だ。これはいずれ必ず必要になることで、避けられないのだよ。もし、この流れに我ら王家の子孫達が抗おうとすれば、必ず血を見ることになるのだ。兄上はそれを憂いておられる」
「なんと!まさか、そこまでお考えとは……」
「そうだ、兄上はそこまで考えておられるのだ」
フィリップはレギーヌに頷いて見せたが、しかし。
何度も言うが、ウチのシャケはそんなことを全く考えてはいない。
完全にフィリップの暴走と妄想なのである。
そして、彼はそのままドヤ顔で説明を続ける。
「驚いただろう?申し訳ないが、口では王政の打倒を叫びながらも、本心ではせいぜい王政という枠組みに民の代表を何人か参加させるか、ある程度の権利を認めさせられたら良いな、ぐらいにしか考えておらず、本気で王政を打倒できるとは考えてもいない諸君らとは違うのだ……どうだ?この中で、少しでも先のことを考えた者がいるか?」
そこでフィリップはそのように問うた。
「「「……」」」
すると、それを聞いた囚人達は皆、恥ずかしそうに俯いた。
「まあ、気持ちはわかる。実を言うと私も幼い頃、この話を兄上に聞かされた時は全く理解出来ず、それどころか兄上が王になってくれないと嫌だと泣き叫び、泣き止むまで頭を撫でられたものだ」
フィリップは懐かしそうに言って苦笑した。
そして、今度は厳しい顔になり、告げる。
「兎に角、我が兄上は未来を、それも諸君らよりも遥かに先を見ているおられるのだ」
「「「……」」」
「しかし、だからと言っていきなりそのような体制に持っていくことは不可能なのだ。それは諸君らがその身を持って理解しているようにな」
そう、彼らは急激に現体制を変えることが困難であると、その身をもって理解させられたのだ。
何故なら、少しでも現状を変えようと多少の政治活動や政権批判をしただけでこうやって投獄されているのだから。
「「「くっ……」」」
すると彼らは一様に悔しそうな顔になった。
「さてと、ここで漸く話は最初に戻るのだが……そこで、まずはその前の段階を目指すようにと、兄上からお言葉を賜ったのだ」
しつこいが、それはフィリップの妄想と勘違いである。
「前の段階?」
訳が分からず、レギーヌがフィリップに問う。
「ああ、偉大なる兄上はまず、アユメリカ植民地に『自由と平等が保障された国を作れ』と仰ったのだ!」
「国を……作る!?」
一同が目を剥いた。
「そうだ。諸君らは完成されたこの国を変えようと動き、失敗した。既に出来上がったものを変えることは非常に難しいのだ。だからこそ、兄上は……」
「新しく作る方が早いと、お考えになった?」
レギーヌが驚きと共に言葉を引き継いだ。
「ああ、その通り。兄上はその為の一歩として私に、アユメリカ植民地を自由と平等の地にせよ、と仰ったのだ。兄上が考えることは凡人とはスケールが違うのだよ」
「素晴らしい!」
すると、それを聞いたギレーヌその他の囚人達が目を輝かせた。
そして、フィリップの説明は続くのだが……。
「そして、ゆくゆくは兄上には皇帝としてその国に君臨して頂くのだ!」
ここでうっとりとした顔で、とんでもないことを言い出した。
「は?皇帝?それでは矛盾……」
これにはギレーヌ達も訳が分からないという顔になり、反論しかけた。
だが、間髪おかずにフィリップが熱弁を振るう。
「矛盾などしていない!これは一時的に帝政にすることで、その絶対的な権力で邪魔をする勢力を排除する為なのだ。そして、その庇護の元で、ゆっくりと民自身で政を行うべきだ、という意識を醸成し、段階的に共和制への移行を行うのが目的だ。崇高なる兄上はその辺の俗物共とは違うのだよ」
そして、今日一番のドヤ顔でフィリップは言った。
「「「な、なるほど?」」」
そして皆、強引に丸め込まれてしまった。
「そして、次の段階として君主が『君臨すれども統治せず』という状態にゆっくりと移行する。これはつまり、王や皇帝は飾りで、あくまで国の象徴としてのみ君臨するという状態だな。まあ、我々が生きているうちに体制の移行は終わりはすまいがな」
「「「おお!」」」
「そして、そこで改めて王室又は帝室が国にとって必要かどうかの是非を国民に問うのだ。そこで、もし必要ならば王族は国の象徴として残り、不要ならば一国民として暮らせばよいのだ……と、これが我が兄上のご意志なのだ」
「まさか、マクシミリアン殿下がここまでの方だったとは……素晴らしい!」
そこでギレーヌは思わずそう叫び、他のメンバーも感動して同じようなことを口々に叫んだ。
「……そこで話は初めに戻るのだが、自由と平等の国を作る為に、優秀な諸君らの力を借りたいのだ。もし協力してくれるのならば、諸君らは即時釈放され、更にアユメリカでは相応の地位と報酬を用意することを約束する。兄上の理想を叶える為、どうか力を貸して貰えまいか?」
そこまで言うと、フィリップは再び頭を下げた。
とまあ、今回のことを端的に言えば、フィリップによるリクルートが目的だった訳だ。
実はこの政治犯達は、思想的には兎も角、基本的にインテリが多く、様々な分野の優秀な専門家なのだ。
そして、何より一度彼らの心を掴み、完全に味方にしてしまえば、理想や目標に向かって突き進む強力な味方になるのだ。
何故なら、ランスという国の為に、反逆罪で捕まるぐらいに突き進む連中なのだから。
つまり、アユメリカでも同様に働いてくれるだろう、という思惑があるのだ。
閑話休題。
「……殿下、少し我々だけで話し合う時間を頂けませんか?」
フィリップの勧誘の言葉にレギーヌはそう言って話し合いを始め、
「うむ、勿論だ」
フィリップは少し席を外した。
十分後。
フィリップが牢に戻るとそこでは、
「フィリップ殿下、ここにいる我ら『自由ランス党』は自由と平等、そして正義の為、この国と貴方様に忠誠を誓います」
一同が跪いてそう言った。
それを見たフィリップは微笑み、
「そうか、礼を言う。だが、勘違いするな」
続いて厳しい口調で意外な言葉を言った。
「は?」
皆戸惑ったが、
「忠誠を誓うのは私などではない、我が兄上、第一王子マクシミリアンに対してである!」
フィリップが鋭くそういうと、皆は納得した。
「「「ははっ!」」」
そして、それを見て満足したフィリップは早速動き出すことにした。
「よし、では只今から全員私の部下として働いて貰う。早速、移民の希望者や物資、資金を集めねば……」
「あの、殿下、早速ご提案があるのですが」
すると、レギーヌがそう言った。
「ああ、聞こう」
「取り急ぎ、我々『自由ランス党』の仲間を集結させると同時に、アユメリカへの移民希望者を増やす為、城下で集会などを行い、マクシミリアン殿下の偉大さを周知させるのは如何でしょうか?」
「なるほど、それはいい!」
こうしてフィリップは、まんまとシャケ教の信者、いや、使徒達を手に入れ、本格的な布教活動を始めたのだった。
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