第85話「少女の皮を被った化け物③」
「単刀直入に言う。マリー、私の妻になれ」
フィリップは歪んだ邪悪な表情で、マリーに向かって言った。
「え?ええ!?突然そんなことを言われても……わ、私……」
マリーは突然の提案に、目を見開いて驚愕し、困惑した。
だが、フィリップはそんなことには一切構わず、そのまま話を続ける。
「黙れ、大人しく受け入れろマリー。これは次期国王としての命令だ」
「そ、そんなぁ……」
理不尽な命令にマリーは悲しそうに目を潤ませた。
が、フィリップは冷たい声で更に告げる。
「お前も養女とはいえ、一応は王族だ。我が儘は許さん」
「ひぅ!……り、理由をお聞かせ頂けますか?」
恐る恐る、マリーは理由を尋ねた。
「うむ、理由か、まあいい。今後は一緒にやっていく間柄になるのだ、特別に説明してやろう。理由、それはこの国と民、そしてお前の為だ」
そこでフィリップが告げた理由は意外なものだった。
「そうなのですか?」
「ああ、つまり、皆の幸せの為なのだ。まずマリー、お前は養女で、しかも後ろ盾がない。今はいいが、あの無能の庇護が無ければ今後、宮廷では生きづらいだろう。だから、慈悲深い私がお前を助けてやろうというのだよ。つまり、その為の婚姻、という訳だ。分かったか?」
「……はい」
マリーは取り敢えず、コクリと頷いた。
「次に、国と民についてだが、こうして私が将来の国王に決まった以上、私には責任があるのだ。国を安定させるという責任がな。だから、その為にもお前との婚姻が必要なのだ」
「えーと、それはどういうことなのですか?」
「国内は、マクシミリアンの愚行の所為で、多くの貴族達が潰されたり、減封されたりして、他の無関係な貴族連中が明日は我が身と、酷く動揺しているのだ。これは、国を治めて行く上で、由々しき問題なのだ」
「……」
マリーは無言で聞いている。
「先程も言ったが、国を安定させ、繁栄させるのが次期国王としての、私の義務なのだ。そして、その為には今こそ皆が力を合わせなければならない。それには婚姻によって、二大公爵家と王家を一つにし、盤石の体制を作ることが絶対に必要なのだ。分かったか、マリー?」
「は、はい……」
「加えて、その為には君だけではなく、セシルとも同時に結婚する必要がある。そうすれば、王家とスービーズ家、ブルゴーニュ家が一つとなり、絶対的な権威と権力で、私がこの国を治めることができるのだ!それこそ、いにしえの時代、偉大なる我が国の始祖、建国王のようにな!」
興奮した様子でフィリップは叫んだ。
余談だが、このランス王国建国に関わる話をしよう。
三百年ほど前、ルボン家が地方の一領主から国を統一するまでの過程で、活躍した二人の美姫がいたという。
当時のルボン家の当主は、数々の苦難を乗り越えて、なりたくもない国王に就任する際、頼んでもいないのに目覚ましい働きをしたこの美姫二人に、それぞれ公爵位を与えた。
そして、彼はその二人に同時に迫られて、仕方なく結婚した。
その後、妻となった二人の美姫との間には、それぞれ子供が産まれ、二つの公爵家を継がせた。
それ以来、その二家が中心となってルボン王家を支えるという形で、盤石の政治体制を築いたランス王国は繁栄したのだ。
因みにその二家こそ、現在のスービーズ公爵家とブルゴーニュ公爵家である。
閑話休題。
「ああ!建国王『マクシミリアン一世』陛下のようにですね!」
マリーは嬉しそうに、わざと大好きなその名を強調して言った。
「ぐ……そうだ。だから、私もあの伝説と同じようにスービーズ、ブルゴーニュの美姫二人を従え、ランス王国を治めるのだ!」
フィリップは嫌そうな顔をしつつも、それを認め、自分もそのようにしたいと言った。
「うわぁ、お伽話みたいですね!兄上凄いですぅ!」
マリーは目を輝かせて見せたが、一瞬だけ口元を歪ませた。
(まあ、貴方では役者が不足していますけどね)
「ふっ、そうだろう、そうだろう!ハハハ!……あ、そうだ、アネット!」
マリーの言葉に気を良くしたフィリップは上機嫌になったところで、思い出したようにアネットに話掛けた。
「え?はい!?」
蚊帳の外で大人しくお茶を啜っていたアネットは、突然の指名に、え!?ここでアタシ!?という感じでアネットは驚いた。
「喜べ!お前もついでに側室にしてやるぞ!」
「は?」
突然の提案に彼女はポカンとした。
そして、フィリップは最低なことを言い出した。
「お前の身体は中々のものだったからな!そうだ、あれも欲しいな!名は何と言ったか……あのメイド、そう!レオニーだ!あのマクシミリアン付きの魅力的なメイドを愛妾にしてやろう!」
「「「……」」」
それに対して女子三人の視線は氷点下だ。
だが、すっかり皇太子内定で気を良くし、更に自分に酔いしれている彼は、全くそれに気付かない。
それどころか、
「どうだ?素晴らしいアイデアだろう!?あいつを慕っていた女達を私のものにして、自分好みに染め上げるのだ!更に、女達も私の物になれば皆幸せになれる!うん、我ながら完璧なアイデアだ!」
フィリップは完全に自分の世界に入っていた。
「「「……(キモイ!)」」」
「そうだアネット、今夜久しぶりに私の伽をせよ」
また、話を振られてしまい、
「は?え?突然何を仰るのですか?キモいです私はコモナに嫁ぐのでそれはちょっと……」
アネットは何とか断ろうとするが……。
「黙れ!私がそう決めたのだから従え!コモナへの婚姻も無しだ!」
フィリップはそれを遮り、突然叫んだ!
「そんな!これはシャルル陛下のご裁可や宰相エクトル様の了解も頂いているのですよ!?」
アネットは何とか食い下がろうとするが、彼の勢いは止まらない。
「うるさい!次期皇太子となった私の言葉なら父上も聞かざるを得まい。それにあの陰険な宰相だって、傷モノになった娘を貰ってやるのだから、文句は言わせん!いいか!私に掛かれば、そんなものは何とでもなるのだ!」
「そんな滅茶苦茶な……」
「いいなアネット?今夜は私のところへ来るのだ。たっぷり可愛がってやるからな。それと……ん?お、そこのメイド!」
「は、はぃ!私でございますかぁ?」
今度はリゼットが目を剥いた。
「バカめ、他に誰がいる。お前も今夜私の部屋に来い。そのエロい身体を味見してやる」
加えて、そこでフィリップの嫌らしい視線がリゼットの身体を舐め、彼女は豊かな胸を守るように掻き抱いた。
「ひ、ひぃ!そんなぁ!」
「分かったな?」
「ええっとぉ、わ、私など美味しくありませんよぉ。それにぃ、どちらかと言えばぁ、私はマクシミリアン様のが好みですしぃ……」
と、リゼットの口からマクシミリアンの名が出た瞬間、フィリップがそれに反応し、
「何?」
ギロリ、と彼女を睨んだ。
「ひぃ!」
「分かった、もういい」
「あ、ありがとうござ……」
意外なフィリップの言葉に、胸を撫で下ろし掛けたその時、
「死刑だ」
彼は短く告げた。
「……へぇ?」
「私に逆らう者など死刑だ!衛兵!」
「えぇ!ちょっと、お待ち下さいませぇ!」
次の瞬間、慌てるリゼットはガシッと両脇を捕まれて、衛兵に引きずられて行った。
「ひぃ〜!お〜た〜す〜け〜」
パタン、と無情にドアが閉まり、リゼットは消えた。
「「……」」
フィリップの予想以上の暴挙に、マリーとアネットの二人は唖然として、言葉もない。
しかし、そんなことは全く気にせず、彼は更に暴走し、
「全く、何がアイツのがいいだ!けしからん!今後私の前で、いや!この国で奴の話をした奴らは誰でも死刑にしてやる!クソっ!?」
ヒステリックに叫び出したのだった。
記憶喪失前のマクシミリアンへのコンプレックスからきた思いが爆発して、最早、完全に狂人である。
「「……(こ、コイツ、ヤバい)」」
かと思えば、今度は彼女達に自分が如何にリアンより優れたいい男なのか、をアピールし始めた。
「聞け!お前達。あんな最低な奴と比べて私はいいぞ?まず当たり前だが、将来の国王の座は確定だ。それに私は奴と違い、ヘマをしてこの地位を失ったりしないしな!」
「「……」」
「そして、私はお前達の想いに気付かないような奴とは違う。奴はあれだけお前達が露骨に想いを寄せていたというのに、全くそれに気付かなかったではないか!酷い話だ。私なら絶対にありえないぞ!」
「「……(で?)」」
「それに、私は奴よりイケメンだし、文武あらゆる面で奴よりも優れている。勿論、芸術面などの教養や、人脈、後ろ盾の貴族連中もしっかりと確保している。何より、私は自分の物になった女はきちんと最後まで愛すと決めているのだ。奴のように目移りばかりして、自分の婚約者を傷付けるなどありえない。どうだ、無能な奴とは違い、私は完璧だろう?」
「「……(長い……)」」
そこまで捲し立てたフィリップは、ドン引きして黙っている彼女達に向かって、
「マリー!アネット!お前達は喜んで私の物になってくれるよな?」
自信満々のドヤ顔で問うた。
この瞬間の彼は、自分がこれ以上にないぐらいに魅力的な、コスパ最高の超お買い得な優良物件だとアピール出来たと確信していた。
そして、マリー達の返事を絶対にYES、と信じて疑わなかった。
一方、終始黙って話を聞いていた二人は、フィリップにそう問われた次の瞬間、
「「だが断る!」」
と、即答した。
それを聞いたフィリップは、その言葉を一瞬、理解出来ずフリーズし、それから一拍置いて激昂した。
「そうか、決まりだな!では、今後の具体的な日程を………………は?何だと?私の誘いを断るだと!?ふざけるな!そんなことは絶対に許さないぞ!そもそも、これだけ良い条件の男は他にいない筈だ!それに今から絶対的権力者になる私に逆らえると思っているのか!?そして、この全てが完璧な私のどこが不満なのだ!?」
そう問われたマリーとアネットは互いにニヤリと笑い、そして声を揃えて言い放った。
「「やっぱり、セール品よりブランド物がいいわよね!」」
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