第83話「少女の皮を被った化け物①」

 これは遠征に出たリアン達が帰ってくる少し前、トゥリアーノン宮殿のマリーの自室にて。


 その時、マリーはテラスから幾何学模様の庭を見下ろしつつ、優雅にティーカップを傾けていた。


 傍では何故か、またまた急に呼び出されたアネットが微妙な顔でお茶を啜っている。


「ちょっと王女様、今日は何なのよ?アタシ、詩の暗唱とかコモナ公国の歴史のレポートとかで忙しいんだけど?」


 そして、彼女はあからさまに不満を口にしたが、


「まあまあ、そう言わずに少し付き合って下さいな。これもお勉強です。それと、この後行くところがあるので一緒に……」


 マリーは平然と、涼しい顔で受け流した。


「はいはい、いいわよ、行くわよ!どうせアタシに選択肢なんて無いんでしょ?」


「はい、物分かりが良くて助かります♪と、その前に……そろそろ、ですかね」


「?」


 マリーがそう言ったと同時に、ドアが乱暴に開かれ、


「マリー様ぁ、ルグラン方面から報告が来ましたぁ!」


 リゼットが部屋に飛び込んで来た。


「そう、では詳細をお願い」


「あ、なるほどね」


 アネットはそこで勝手に納得した。


 そして、二人はリゼットから遠征隊の動向についての報告を聞いたのだった。


「……そうですか。全て無事に終わりましたか」


「良かったぁ、王子様無事だったんだぁ!」


 内容を聞いた二人は、思わず胸を撫で下ろした。


 流石のこの二人も、今回ばかりは心配だったのだ。


「はいぃ、殿下は当初の悪徳貴族達の摘発という目標を全て達成し、味方の損害も無いということですぅ。ただぁ……」


「「ただ?」」


 リゼットの言葉に二人共、再び顔が険しくなった。


「兵を挙げたルグラン侯爵達は無事では済まなかったようですぅ」


 それを聞いたマリーは、


「そんなのお義兄様に歯向かったのですから、当然では?」


 そんなの当たり前でしょう?意味がわからない、という反応をし、


「そうよそうよ!それにあの脳筋公爵令嬢とおっかないメイドなら大暴れするのは分かってた筈じゃないの?」


 アネットもそれに同調した。


「それはぁ、そうなのですがぁ……」


 なおもリゼットは言い淀み、マリーが焦れる。


「だから、どうしたというの?姉様とレオニーが暴れて連中を追い払ったのでしょう?」


「いえ、『追い払った』というのは正確ではないのですぅ」


「では、どういうことなのですか?一人残らず捕虜にしたから『追い払った』訳ではなく、『捕まえた』と言いたいのですか?はっきり言いなさいな!」 


 遂に我慢出来なくなったマリーが、キレ気味に叫んだ。


「ひいぃ!ごめんなさいぃ!それが……」


 それに怯えつつ、リゼットがやっと話し出した。


「「それが?」」


「一人残らずぅ……皆殺しにぃ……」


 彼女は斜め下を見ながら、気不味そうに告げた。


「「は?」」


 それを聞いた二人はポカンとしている。


「ですからぁ、そこに集まっていた物売りから商売女まで例外なく……地獄行きになりましたぁ」


 そう言い直したリゼットの目は、既に死んでいた。


「「……」」


 一方、それを聞いた二人は言葉が出ない。


 と、そこでリゼットは思い出したように付け加えた。


「あ、ルグラン侯達だけはレオニー様が別で確保したのでぇ、一応まだ生きてはいるらしいのですぅ」


 だが、その言葉はマリーの耳には届いていなかった。


「あのシロクマ、いえ『レッドベアー』は何てことを……。敵といえども一応ランスの民なのですよ!?」


 彼女はそう言いつつ、震えていた。


 そして、アネットとリゼットもそれに同意し、口々に非難の言葉を口にした。


「そうよ!何て酷い!」


「私もそう思いますぅ。あと意外なのはマリー様がぁ、実はお優し……」


 しかし、急にマリーがそれを遮り、叫び出した。


「三千人+αを皆殺しなんて……そんなことをしたら、あの周辺の地域経済が壊滅してしまいます!それに遺族や周辺のコミュニティから相当な恨みを買ってしまいますから、今後の統治が大変ではありませんか!それらの対応に一体どれだけの時間と労力、そしてお金が幾ら掛かると思っているのですか!!ふざけないで下さい!!!ウガーーー!」


 それを見た二人は先程の感想を一瞬で撤回し、呆れた。


「一瞬でも可愛いところがあると思ったアタシが馬鹿だったわ……」


「アネット様ぁ、これがマリー様なのですよぉ」


 だが、そんなことには構わず、マリーの絶叫は続いた。


「しかも今回、ストリア軍にも動いてもらっていますから、今度お爺様(ストリア皇帝)にお礼を兼ねて可愛い孫娘の皮を被って接待もしなければいけないのに!……もお!どうして私ばっかり裏方で、しかも面倒なことばかり!あの血塗れちっぱいレッドベアーとエロエロおっぱいメイドめ!後で覚えていなさい!ムッキーーー!!」


 流石に見ていられなくなった二人は、慌ててマリーを宥め始めた。


「お、王女様!?ちょっと、落ち着きなさいよ!」


「マリー様ぁ!暴れてはダメですぅ!」


 しかし、マリーは疲れて動けなくなるまでジタバタと暴れ続けたのだった。


「ハァハァ、ま、全く、全く連中は!…………フゥ、キレていても仕方ないですわね」


「「……」」


 と、一通り暴れてスッキリしたマリーは、落ち着きを取り戻し、再び話し出した。


「まあ、取り敢えずその件は後で連中に責任を取ってもらうとして、私達は行きましょうか」


「「行く?」」


 マリーのいきなりの言葉に二人は頭に『?』を浮かべて困惑し、


「はい、ちょこっとだけ、お義父様の部屋に寄った後、あの男のところへ」


 今度は仰天した。


「「ええ!?」」


「さ、行きますわよ」


 そんな二人を尻目に、マリーはさっさと歩きだしたのだった。


 それから三人は国王と短い面会を済ませて、いよいよ全ての黒幕こと、第二王子フィリップの元へと向かったのだった。


 そして今、三人は彼の部屋のドアの前に立ち、侍従が呼びに来るのを待っていた。

 

「さあ、着きましたわ。二人共、心の準備いいですか?」


「え?ちょっと待ってよ!リゼットは兎も角、アタシはどうすればいいのよ!?」


 強引にここまで連れてこられてしまったアネットが騒ぎ出したが、


「言ったでしょう?これも勉強です。別に後ろに立って見ているだけですから、安心して下さいな」


 マリーの言葉を聞いて、渋々納得したのだった。


「じゃあ、まあ、いいけど……」


「さあ、もういいですね?行きますわよ」


 そう言ってマリーがフィリップの侍従に向かって頷くと、ドアが開かれた。


 彼女はそれと同時に、満面の作り笑顔を浮かべ、部屋に入ったところで可愛らしく叫んだ。


「ご機嫌よう、フィリップ兄上!皇太子内定おめでとうございます!」

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