第82話「断捨離作戦12」
場面は再びペリン邸の前でリアンと赤騎士達が合流した直後に戻る。
「……と、いうことがありまして」
赤騎士は薄い胸を張りながら、誇らしげに一連の流れを私に説明してくれた。
その姿はまるで獲物を捕まえてきた猫が、褒めて褒めて!とすり寄って来るような感じだった。
「そ、そうか……ご苦労様。偉いぞ赤騎士」
三千人を皆殺しとか……スービーズ家怖っ!
ついでにコイツとレオニーも怖っ!……まあ、それは知っていたけど。
赤騎士が語ったあまりの内容に、私は戦慄を隠しきれなかったが、何とかそれを抑え込み、震える手で彼女の頭(赤兜)を撫でてやった。
スルーしたら、またコイツしょげそうだし……仕方ないのだ。
「えへへ、私、頑張りました!」
えっへん、と再び薄い胸を張る赤い鎧。
私はそんなテンション高めの赤鎧を撫でつつ、今度は横にいるレオニーに声を掛けた。
「レオニー、君達暗部もご苦労様。お陰で助かったよ」
「ありがたきお言葉、痛み入ります。殿下のそのお言葉、一同何よりの励みでございます」
私の感謝の言葉にレオニーは生真面目に応え、跪いた。
「そう言ってくれると私も嬉しいよ」
と、そこで、
ん?これは……?
私はその場で屈み、そしてレオニーの頬に手を伸ばし、優しく触れた。
「ふぁ!?で、殿下、にゃにを!?」
「そのまま動くな」
私はそう言って彼女を制し、そのまま顔を近づける。
「で、殿下……」
恥ずかしいのか、彼女はそっと目を閉じた。
そして、私は……、
レオニーの顔に付いていた血糊を、水筒の水で濡らしたハンカチで落としてやった。
「これでよし。もういいよ、レオニー」
「………………え?」
目を開けたレオニーは何故かキョトンとしている。
「美人の顔に、血は似合わないからね」
ていうか、何か怖い。
「あ、ああ……なるほど、あ、ありがとう、ございます……うぅ」
レオニーは恥ずかしかったのか、両手で顔を覆いながら俯いてしまった。
激しい戦闘の後なのだから、顔の汚れなど恥ずかしがることはないのになぁ。
「ぐぬぬぬぬぬぬ!」
ところで、さっきから赤い鎧がこちらを睨んでいるような気がするのだが?
嫉妬している?まさか、な……。
いや、だって……お前の場合は血が付いた面積が大き過ぎて(というかほぼ全身)それを洗い流そうとしたらバケツで水ぶっかけてデッキブラシとかでゴシゴシないと無理だし……。
それって、なんか魚市場の冷凍マグロみたいだよな……。
まあ、冗談はさておき。
私は、ふと思った。
そういえば、もうすぐ彼女達ともお別れか、と。
何故なら、廃嫡の為に必要な条件で残っているのは弟のフィリップに皇太子の地位の引き継ぎの話をするだけなのだから。
もう、悪徳貴族達も片付けたし、私の特別プロジェクトチームも役目を終えたのだ。
つまり、もう赤騎士やレオニーとの仕事もお終い。
あとは帰って、彼女達に仕事の報酬を払うだけ。
少し寂しい気がするな、と私は目の前にいる二人(何故か赤騎士がレオニーに掴みかかっている)を見て思った。
あと、優秀な彼女達を手放すのは惜しいな、と。
そして、気が付けばそれが口に出てしまっていた。
「全く、君達二人(のような優秀な人材)を手放すのが惜しいよ」
「「えっ!?」」
そこで掴み合いをしていた二人が驚いた顔でこちらを見た。
「叶うことならずっと、手元に置いておきたいぐらいだ」
「リアン様!それって……」
「わ、私を?でございますか!?」
そう、この後スローライフをおくる上で、この二人のような人材がいたら便利だろうなぁ、と思ったのだ。
私の予定では、廃嫡後は人気のない郊外に住むつもりだし、この二人なら護衛として最適、しかも片方はメイドもできる。
だがなぁ。
赤騎士は没落貴族らしいから、お家再興という目的があり、平民となった私の専属として雇うのは無理だろう。
レオニーも国に忠誠を誓う暗部の管理職だし、オファーしても無駄だろうなぉ。
それに彼女ぐらいのスキル(殺しのライセンス?)を持ったフリーの人間のギャラは高いから多分払えない……。
確かジェームズ・ボ○ドの年俸は、作中の設定だと億単位らしいし。
うん、残念だがレオニーも無理だな。
さて、話を戻すとしようか。
えーと、あ、そうだ。
聞きたいことがあったんだった。
そこで私は何故かレオニーと二人でクネクネしている赤騎士に声を掛けた。
「なあ、赤騎士。クネクネしているところ悪いが、教えてくれ。改めて聞くが、やはり君はセシル……」
「ふぇ!?」
「と、親しいのではないか?」
気になっていたことを聞いてみた。
「え?あ、その……はい、それはもう、よく存じております……」
急にさっきまでの勢いが無くなり、赤騎士は何となく気不味そうに答えた。
セシルとの繋がりがバレたのが、そんなに困ることなのだろうか?
だが、今はそんなことはいいか。
「そうかそうか、今回はその繋がりに助けられた訳だな。ありがとう赤騎士」
私は微笑を浮かべながら、素直に礼を言った。
正直、今回ばかりは本気で彼女に感謝しているのだ。
本当に危なかった。
もちろん、レオニー達暗部やその他の人員も頑張ってくれたし、勿論後で礼はするつもりだ。だが、やはり今回のMVPはこの鎧だろう。
彼女がセシルを説き伏せてくれなければ、今頃馬に引き摺られ、ボロキレになっていたのは私の方だったに違いないのだから。
「そんな!私は大したことは……」
だが、赤騎士は大いに謙遜している。
「いや、今回の君の働きは、本当に大きい。ここにいる全員の命の恩人なのだ。」
そこで私は彼女の手を取り、心から感謝を伝えた。
「はぅっ!」
そして、
「そこで、だ。是非君に礼をしたいのだ」
「お礼、ですか?それなら今……」
「いや、そうではなく、目に見える形で君に示したいんだ。だから私に叶えられるものならなんだっていい、君の望みを言ってくれ」
私はそう提案した。
「え?ええ!?本当に?本当になんでもいいのですか!?」
急な提案に彼女は珍しく戸惑っているようだ。
「ああ、私に出来ることなら、どんなことでもいい」
私は穏やかに答えた。
「ほ、本当に本当ですか?」
すると赤騎士は、信じられないのか重ねて聞いてきた。
「ああ、本当に本当だとも」
「えへへ、ありがとうございます!リアン様!」
お、なんか凄く嬉しそうだ。
あと、このご褒美は、今回の件だけでなく、なんだかんだ言って今日まで尽くしてくれたお礼という意味もあるのだ。
だから可能な限り、私の力が及ぶことならば何でも叶えてやろうと思ったのだ。
さて、彼女は一体何を望むのだろうか?
赤騎士は没落貴族らしいから、やはりお家の再興か?
他には勲章とか、地位とか、金とか……まあ、彼女が望むものを与えようと思う。
だが、何故か私は……彼女がもっと別の何かを望むような気がしてならない。
まあいいか、私はできる限りそれに応えるだけだ。
「どういたしまして。だが、何にするかを直ぐに決めるのは難しいだろう。だからそれは、王都に帰った後にでも教えてくれ」
と、そこで私はあることを思い出し、苦笑しながら付け加えた。
「ただし、私が廃嫡されるまでに、ね」
私がそういうと、
「は、はい!わかりました!わーい!」
赤騎士は本当に嬉しそうに返事をしたのだった。
あ、そうそう、そういえばもう一つ聞きたいことがあったんだった。
「あ、ところでセシルの様子はどうだった?」
「ふぇ!?わ、私……じゃなくてセシル……様ですか?」
「ああ、どんな様子だった?」
「あ、えーと、はい!元気そうでしたよ?婚約破棄のお陰で王妃になる為の教育やストレスから解放されて、今は自由にのびのびと楽しくやっています!」
「そ、そうか……」
元気?のびのび?
メンタルを超回復したのかな?
「あと、私に何か言っていなかったか?」
呪詛の言葉とか、慰謝料を払え!訴えてやる!とか。
「リアン様に言うことですか……、えーと、突然婚約破棄をされた瞬間は悲しみと絶望でいっぱいになりましたが、今は割と楽しいので、婚約破棄も悪くなかったかもしれません。ですので、もうそのことは怒っていませんのでご安心下さいませ!……とのことでした」
「そうか、だったら帰る前に一度顔を見に……」
私がそういったら何故か赤騎士が焦り出した。
「い、いや、ダメです!セシル様は怒ってはいませんが、顔を合わせるのはまだ気まずいので遠慮したいそうなので!」
ふむ、なるほど、だからセシルはここに来なかったのか。
てっきり馬車で乗り付けて来て、顔を引っ叩かれるぐらいのことは覚悟していたのだが。
ま、いっか!
だが、今回の話を総合すると、
「つまり、セシルは婚約破棄を、そして私と離れられたことを結果的に喜んでいる訳だな?」
「は?……ち、違います!」
「え?違うのか?だって、婚約破棄をして皇太子の私や未来の王妃という立場から離れられたからこそ、今は楽しくのびのびと暮らしているのだろう?」
「……それは違わないんです……けど」
「では、やはりセシルは私と離れられて喜んでいるのだな」
「いや!だから!違うんですけど!違わないんです!」
「?」
どっち?
「むぅーーー!リアン様のバカーーー!」
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