第77話「断捨離作戦⑦」

「はぁはぁ、も、申し上げます!ルグラン侯他、数名の貴族達が兵を挙げました!その数約三千!」


 は?……え?何だって!?


 タイミング悪過ぎだろう!


 まさか、さっきの台詞がフラグに!?


 ああ、何てこった……ヤバい!ヤバ過ぎる!


 ……いや、まずは落ち着こう。


 そして、くだらないことを考えていないで現状を把握せねば!


「おい、大佐!詳細を!」


 私は近衛大佐に問うた。


「はっ!昨夜、通りがかりの行商人からルグラン領で兵が集まり野営しているという情報を得ましたので斥候を複数出しました。結果、斥候が敵の野営地を発見し、急いで戻ってきたところです。恐らく、今頃奴らはこちらに向かって進軍を始めた頃かと思われます」


 え?超重要なことなんだけど聞いてないよ?


「何故私に報告を上げなかった?」


 私は若干キレ気味に近衛大佐に詰問した。


「は?え?……確実に報告を致しましたが?」


 逆に彼は困惑気味に答えた。


「え?」


「え?」


「……因みに誰に?」


「はい、昨日殿下はお楽しみのようでしたので、代わりにレオニー殿へ情報を伝えたのですが……お聞きになっておりませんか?てっきり殿下の判断でレオニー殿が自ら偵察に出られたのだと思っておりました」


 それに対して私は、


「誰がお楽しみだ!どこの勇者だよ!」


 内容よりそこにツッコンでしまった。


「ひぃ!?」


 と、今はそれどころじゃないな。


 レオニーは何故この件を私に伝えなかったのだ?


 そして、何故単身で偵察に……?


 わからん、まあレオニーのことだから必要なことなのだろう。


 それより今は対応策を検討しないと。


「……それで大佐、我々が取りうる選択肢は?」


「はい、現在の我々の兵力ではとても奴らに太刀打ちできません。速やかに撤退するか、援軍を要請するのが宜しいかと」


 まあ、それぐらいしかないよな。


 だが、ここは安全策を取るべきだろう。


「では撤退だ」


「はっ!」


「時間がないぞ、準備を急がせろ!荷物は捨てて……」


 と、私が言い掛けたところで再び伝令が走り込んできた。


「申し上げます!追加の報告で、東よりスービーズ騎士団約三千が、夜中にルグラン方面に移動していたとのこと。恐らく合流し、奴らと共に我らを討つつもりかと……」


 何!?まさか本当にセシルが敵に?


 これはいよいよマズいな。


「くっ!では尚のこと急がねば!大佐、直ぐにここを発つぞ!」


 しかし、そこでさらに……。


「も、申し上げます!一大事にございます!」


 別の伝令が入ってきた。


 またかよ!?


 いや、落ち着け、これ以上悪い知らせは無かろう。


「それで、どうした?」


「それが、ルグラン方面へ斥候を出すと同時に、万が一に備え退路となる北側にも斥候を出したのですが……既に北側にスービーズ騎士団の別働隊二千が布陣しているとのことです!我々は……袋の鼠です……」


 あったよ、最悪の知らせが!


「何だと?既に包囲されている?それも、我が国最強のスービーズ騎士団に……」


 終わった。


 詰んだ。


 ジ・エンドだ。


「で、殿下。如何されますか?」


「……」


「殿下?」


「……」


 あああああああ!ヤバいヤバいヤバい!


 どうしよう!どうしよう!どうしよう!


 まさか本当にセシルがここまでやるとは……。


 くっ……ダメだ、何も考えられない。


 いや、まずは落ち着こう。


 ここで深呼吸を一つ。


 ヒッヒッフー。


 何か違う気がするが、少しはマシになったな。


 では、考えてみよう。


 まず、現状は南側のルグラン方面に敵軍六千、しかも内三千は最強のスービーズ騎士団でこちらへ進撃中と思われる。


 次に北側の王都方面にはスービーズ騎士団の別働隊二千が展開して防備を固め、待ち構えている。


 対するこちらは軽装備の近衛兵千三百と本部要員二百名の千五百。


 はっきり言って、話にならない。


 数的に、そして質的に見ても、箸にも棒にも掛からないほどの差がある。


 例えるならば、警察官千五百人と軍隊八千人が戦うようなものだ。


 しかも東西は険しい山。


 つまり、戦って勝つのも撤退するのも不可能。


 ああ、一体どうすれば……。


 いつもならここで、


 何とか、何とかならないのか?……そうだ!その手があった!


 とか閃くのだが……。


 残念ながら今日はそういうのは無いらしい。

 

 ああ、私はこんなところで終わってしまうのか?


 はぁ、全く無能は辛いなぁ。


 もし私が何かの物語の主人公ならピンチは寧ろ見せ場だから、きっと秘めたる力とかに目覚めるのだろうなぁ。


 なんでもいいからチート能力に目覚めたいものだ。


 魔法が使えるとか、精霊と契約出来るとか、勇者の力に目覚めるとか。


 他にはスキルとか、ジョブとか、タレント的なものもありか?


 いや、主人公ならチート能力でなくても、知識チートでなんとかするもの、か。


 例えば、だろう系小説の主人公なら、孫子の兵法!とか孔明の罠!的な感じで、実はこんなこともあろうかと!みたいに勝つのだろうな。


 しかし残念ながら私は、水を堰き止めていたり、山から大岩を落とす準備をしていたり、意外なところに援軍を頼んでいたり、そんな事前の仕込みは一切していない。


 そう、今回は完全にタネも仕掛けもなければ、創意工夫で何とかすることも不可能だ。


 さて、そろそろ現実逃避はやめて真面目に考えるか。


 私に残された選択肢は、


 ①全軍で突撃し、華々しく散る。


 ②全軍を囮にして私だけ脱出を図る。


 ③急いで陣地を構築、籠城して王都からの援軍を待つ。


 と言ったところだろう。


 で、まず①、


 論外、以上。


 皆んなで仲良く心中とか嫌過ぎる。


 次に②、


 忠義に厚い近衛の連中は間違いなくこれを勧めてくるに違いない。


 だが、現実的に考えて不可能だ。


 そもそも包囲されている上、私は登山など出来ない。


 逃げても捕まるのは時間の問題だ。


 無駄な足掻きだろう。


 最後に③、


 これが一番現実的な気がするが、これも不可能だ。


 残念ながらペリン領には城も砦もなく、仮に何処かに陣地を構築しても数時間で出来ることなど知れている。


 そもそも援軍を要請する為の伝令が王都へ辿り着けないだろう。


 仮に、もしそこまで首尾良く全てが上手くいったとしても、援軍がここに到着する頃には我々は確実に全滅だ。


 ああ、ヤバい!


 困った!どうしよう!


 あ、そうだ!


 セシルに命乞いをするのはどうだろうか!?


 土下座して靴にキスするとか?……いや、相手は精神的に病んでいるのだし、無駄な足掻きか。


 レイプ目のセシルに包丁で滅多刺しにされそうだ……。


 あああああああああ!


 ………………。


 …………。


 ……。


 いや、もうやめよう。


 自分を騙すのは。


 私の結論は初めから決まっているのだから。


 降伏し、私の身を差し出す。


 その代わり、部下達の身の安全を保障させる。


 これしかないのだ。


 そんなことはわかりきっていた筈だ。


 私には他の選択肢など選べはしないのだから。


 小心者で無能な私は大勢の犠牲の上に生きていけるほど強くはないのだ。


 はっきり言って、沢山の犠牲を払ってまで生きていたくはないし、そんな惨めなスローライフはいらない。


 それなら死んだ方がマシだ。


 ……死、か。


 そういえば、あの騒動から一ヶ月、私は死なない為に全力で頑張ってきたのだったな。


 だが……やはりダメだったか。


 所詮、私は主役である悲劇の公爵令嬢セシルに討たれる悪役だったのだ。


 やはり私は……主人公ではなかった。


 わかってはいたことだが……辛いものだな……。


 ん?主人公?……うぐっ!


 その瞬間、頭に一月前の騒動の時と同じ痛みが走り、視界が揺らいだ。


 そして咄嗟に頭を押さえて、瞑目した。


 鼓動が激しくなり、呼吸が乱れ、片膝をついた。


 そのまま少しして痛みが収まると、私はゆっくりと目を開けた。


 その時、不思議なことに頭はとてもクリアな状態だった。


 そして、多くのことを思い出した。


 次いで一言。


 私は皮肉げな笑みを浮かべ、


「ああ、全く……何でいつも記憶が戻るのはピンチに陥ってからなのだろうか?」


 そう呟いた。


 そう、私は思い出したのだ……残りの記憶の一部を。


 ああ、そうだった。


 そういえば私は……主人公になれなかった男だった。


 そして、主人公になることを諦めた男。


 ああ、なるほど。


 だから、私は7年前に記憶を失ったのか。


 そうか、だからなのか。


 ん?いや、違うな。


 寧ろ私は自分からそう願ったのではなかったか?


 だが、それにしても今記憶が戻ったのは何故だ?


 何故このタイミングなんだ?


 考えられるとすれば……全てを放棄してしまった私に対する罰か?


 ……いや、今はそんなことはどうでもいい。 


 部下達が心配そうに私を見ているし、早くこの現状に対する方針を示さなければならない。


 王子として。


 そして私は部下達の方へ向き直り、厳かに告げた。


「では、方針を示す!私は……降伏する」


「「「殿下!?」」」


 その際、部下達の助命を約束させる。


 そして、セシルに討たれる。


 実に簡単だ。


 あとは多少心配なのはセシルが約束を守るかどうか、を見届けることが出来ないことだ。


 だが、スービーズ騎士団の団員達は誇りと伝統を大切にする連中だから私は兎も角、無関係な部下達に危害を加えはすまい。


 と、そこで案の定、部下達が騒ぎ出した。


「殿下、ご再考を!」


「早まってはなりませぬ!」


「我らが囮になりますゆえ、どうかお逃げ下さい!」


 全く、律儀な連中だ。


「黙れ!三度は言わない!私の方針は降伏だ!諸君もわかっているだろう?これ以外の行動は無意味だと。軍事の専門家である諸君らの方がよくわかっている筈だ。死ぬのは私一人でいい」


「「「殿下……」」」


「そして、必ず私の身柄と引き換えに諸君らの身の安全を保障させてみせる!以上だ。異論は認めない。これは私の、皇太子マクシミリアンとしての最期の命令である!」


「「「!?」」」


「諸君、今まで世話になった。生きて……私の分までランスの為に尽くして欲しい」


「「「殿下……」」」


 と、ちょうどそこで見張りの兵から報告が入った。


「殿下!ルグラン方面より騎馬の集団が接近中です!恐らくスービーズ騎士団の騎馬隊と思われます!」


 ……来たか。


「ご苦労」


 私は短くそう答えると、皆に向き直った。


「大佐、白旗の用意をしておけ。そしてズービーズ騎士団に降伏が承認され次第、武装解除して投降しろ。いいか、それまでは絶対に動くな、いいな?」


「はい、殿下……」


「皆んな、今までよく尽くしてくれた、礼をいう。ありがとう。では失礼する」


 そういうと私は腰に剣を付け、部下達に見送られながら司令部を後にした。


 ゆっくりと廊下を進み、玄関ホールを抜けたところで差し込む日光に一瞬目を細めた後、屋敷を出た。


 そして、一人で屋敷前の広場に立った。


 目を凝らしても、ここからでは敵の姿はまだ見えず、地平線の彼方に砂埃だけが見える。


 あれが死を運んでくると思うと、思わず手が震えた。


 ああ、怖い。


 だが、これで終わり。


 いや、終われる。


 7年前に願い、叶わなかったことがやっとここで……。


 それにしても皮肉なことだ。


 まさか自分の命を奪うのがあのセシルだとは……。


 あの、やんちゃで、優しくて、思い遣りがあって、面倒見が良くて、いつもマリーを連れて遊び回っていた、あのセシル。


 私はそんな彼女のことが好きだった。


 だが、私は傷付けた……そのセシルを。


 記憶が無かったとは言え、何ということをしたのだ私は……。


 ああ……だから私はその報いを受けるのか。


 当然の帰結だな。


 だが、相手がセシルで良かった。


 もう悔いは無い。


 おや、いよいよ敵が近づいて来たようだ。


 あの中にセシルはいるのだろうか?


 出来れば彼女の手で討たれたいものだ……。


 何故ならそれは、


「今でも私は彼女のことをあ……あ、赤騎士!?」


 と、ナルシスト気味に悲劇の主人公を気取りながら恥ずかしい思索に耽っていたところで、騎馬集団の先頭を走る真っ赤な鎧が見えたのだった。


 そして赤騎士達はそのままこちらに接近し、彼女は私の姿を見つけると、


「リアン様〜!只今戻りました〜!」


 と、全く空気を読まない嬉しそうな声で叫びながら、こちらに向かって大きく手を振ってきた。


 はは……これは自分で言うのもあれだが……折角私が悲壮な覚悟で敵に身を差し出そうとしている感動的なシーンでこれだもんなぁ。


 全く、この鎧は……相変わらず空気が読めないな、と私は思わず苦笑してしまった。


 そんなことを考えているうちにテンション高めの赤騎士が盛大に砂埃を巻き上げながら目の前までやって来たのだが……ん?何か引き摺っているな?


 なんだろう、あのボロキレのようなものは?


 まあ、いいか。


 そして馬から降りた赤騎士は、


「リアン様!ただいまです!」


 元気に帰還を告げたのだった。


「お帰り赤騎士」


 それに私は笑顔で答えてやる。


 すると彼女は思い出したように付け足した。


「あと、これお土産です!」


 そう言いながら赤騎士が馬からロープで繋がれたボロキレのようなものを乱暴にこちらへ引きずってきた。


 何だこれ?


「ええと……このボロキレは一体?」


 私が疑問を口にすると赤騎士は、


「ああ、これですか?ボロキレというよりはゴミ屑です!敵の首謀者のルグラン侯爵、その他の貴族です!」


 平然とそう答えたのだった。


 え?それ……人間なの?


 何それ怖い!


「そ、そうか、ご苦労様」


 私は呻き声をあげるボロキレ達を横目に、引きつった笑顔でそう答えるのが精一杯だった……。


「えへへ〜、私頑張りました!」


 えっへん!と彼女は嬉しそうだ。


 あ、あと、そういえば……気のせいだろうか、何だか今日は赤い鎧がかなり黒っぽく見えるような?


 まあいい、それよりも……。


「赤騎士、君がセシルを説き伏せてくれたのか?」


 私は素朴な疑問をぶつけてみた。


 すると彼女は、


「え!?あ、その……そ、そうです!私が説得して援軍を出して貰いました!」


 急にキョドりだした。


  何か焦ってないか?


 まあ、いいか。


「そうか、やはり君が……本当に助かった。ありがとう、赤騎士。感謝してるよ」


「えへへ〜どういたしまして〜」


 そういう私の言葉に彼女は照れている。


 ちょっと可愛いかもしれない。


 それにしても、よくセシルを説得できたよなぁ。


 あ、そうだ!そういえば気になることがあるのだが……ええい、この際聞いてしまえ!と思い切って私は疑問を口に出した。


「赤騎士、君はやはりセシル……」


「ええっ!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る