第76話「断捨離作戦⑥」

「おはようございます!お兄ちゃん!」


「むぐ?……ああ、おはよう、ノエル……」


 朝から元気いっぱいのノエルの声で、私は夢の世界から現実に引き戻された。


 そして、重い瞼を開いけば、そこで視界に入ったのは見慣れない天井。


 あれ?ここ、どこだっけ?


 私は寝起きでまだ半分も覚醒していない頭でぼんやりと考え、そして思い出した。


 ああ、ここは昨日接収したペリン子爵邸の一室だったな。


 確か、ここで事後処理を終えた頃には既に夕方だったから、我々一隊はここで野営することにしたはずだ。


 正直、私だけ屋内で寝るのは兵達に申し訳ないし、外の天幕でいいと言ったのだが、レオニーその他の幹部達に、立場と保安上の問題があって逆に迷惑だからここで寝ろ、と言われてしまったのだった。


 何か切ない……。


 まあ、お陰で私は安全で快適な屋内で眠ることができたのだが……しかし、疲れがあまり取れていない。


 軽い打撲や筋肉痛の部分が痛むし、何より昨日は精神的にかなり摩耗したからな……。


 理由は、ただでさえ遠征という非日常の緊張状態にあって、そこでエロ豚と場外乱闘を繰り広げたり、スパイと鎧に長時間お説教されたりしたのだ。


 ああ、疲れる筈だよ……と私はげんなりした。


 と、そこで頭の覚醒が進み、それと共にさらに色々と思い出し始めた。


 今言った諸々の出来事の後、私は自信と確信を持って赤騎士×セシル百合説を披露した。


 ……のだが、直後に「何を馬鹿なことを言っているのですか!そんなことは薄い本の中だけです!」とレオニーに怒られてしまったのだ。


 私なりに真面目に考えたのに……レオニーめ、あんなに怒らなくてもいいのになぁ。


 そして、トドメが昨日助けたアリスという美少女メイドだ。


 夜、私がそろそろ就寝しようかと思ったところで、彼女は扇情的なネグリジェ姿で私の部屋にやってきた。


 ちょうどその時に運悪く?レオニーが用事で私の部屋にきて鉢合わせしてしまったのだがアリスはそのまま、


「本日は私のような者を殿下自らお助け頂き、ありがとうございました!感謝の言葉もございません。つきましては、せめてもの御礼と致しまして……と、伽をさせて頂きたく……」


 などと顔を真っ赤にしながら、そんなことを言い出した為、レオニーの機嫌がさらに悪化して、再びお説教が始まってしまったのだ。


 私は何も悪くないのに……。


 因みに、折角私がレオニー達にお説教されてまでアリスの貞操を守ったのに、それを自分から捧げに来るとか、何考えてんだ!ふざけんな!と思い理由を聞いてみたら、なんと彼女が心に決めた人というのは夫や婚約者等ではなかった。


 なんと私のことだった……。


 そう、実は彼女は私のファンだったらしいのだ。


 全く何という偶然だろうか、あんまり嬉しくないけど……。


 まあ、自分で言うのもあれだが私は顔だけはいいからね。


 で、伽は勿論丁重にお断りしたのだが……結局レオニーのお説教は長引いて酷い目に遭ってしまった。


 全く、世の中理不尽だ……。


 はあ、嘆いても仕方ないか。


 さあ、そろそろ起き出すとしよう。


「ノエル、起こしてくれてありがとう」


「うん、どういたしまして!さあ、身支度をして朝ごはんを早く食べに行こうよ!」


 そして、弾けるような笑顔で彼女はそう言ったのだった。


 うん、子供は朝から元気だなぁ。

 

「ああ、わかった。直ぐに支度するね」


 私は微苦笑しながらそういうと、重い身体を引きずって、のっそりと動き出したのだった。


 それから私は手早く身支度と朝食を済ませ、臨時の司令部代わりにしているペリン邸の広間でブリーフィングを始めた。


 そういえば今、レオニーは他にやることがあるとかで不在だ。


 昨日のお説教の件があるから実は少し顔を合わせづらかったから、ちょっとだけラッキーとか思ってしまった。


 さて、今日の予定だが……いよいよ本作戦のメインディッシュであるルグラン侯爵の身柄と屋敷その他の確保だな。


 因みにルグラン侯爵領はここから南に十数キロ行ったところにあるから、突入は午後になる予定だ。


 あ、そういえばルグラン侯爵領はセシルがいるスービーズ公爵領の近くだったような……まさか突然スービーズ騎士団が襲ってきたりしないだろうな?


 連中はこの国で最強の戦闘集団だから、儀礼や護衛、警備が実質的な主任務の近衛兵が相手では間違いなく鎧袖一触、瞬殺だろう。


 ああ、なんか心配になってきた……。


 万が一、心を病んだセシルが後先考えず攻撃を命令したりしたら……。


 恐らく騎士団はセシルの命令を忠実に実行するから、まず私の命はないだろう。


 ああ、しまった!


 何故、そんな重大なリスクを考えつかなかったのだ自分!


 というか、よく考えたら既に今の時点で超危険じゃないか!


 実はペリン子爵領の位置関係は、北から王都、中立の貴族、ルー伯爵領、ペリン子爵領、ルグラン侯爵領、そしてそれらのおよそ東側に存在するのが巨大なスービーズ公爵領なのだ。


 そして、ペリン領は東西が険しい山岳地帯なのである。


 つまり、もし敵に襲われたら逃げられるのが一方向しかないのだ。


 まあ、実際に大規模な戦闘が起こる可能性は低いから大丈夫だとは思うのだが……。


 今回の作戦については予め宰相のスービーズ公爵に話を通していたから、それで油断し重要なことを完全に忘れてしまっていた。


 領地の屋敷で精神的に追い詰められた一人娘セシルが療養しているという事実を。


 恐ろしいのは、もしセシルが完全に狂い、憎悪に駆られ気の赴くままに出撃命令を出してしまうことである。


 そして、騎士団の連中は喜んでその命令に従うだろうということである。


 何しろ私は、スービーズ家の一人娘を公衆の面前で侮辱したのだ!


 鉄より硬い絆で結ばれたスービーズ騎士団の連中は絶対に私を許すまい。


 ああ、ヤバい……どうしようか。


 ……いや、流石に考え過ぎか。


 実際にそれが起きた訳でもなければ、何か兆候がある訳でもないのだから。


 全く、私としたことがネガティブな思考に取り憑かれてしまっていたな。


 そんなことばかり考えてしまってはダメだダメだ。


 もっとポジティブにいかないと!


 うん、きっと大丈夫!……多分。


 ここまで順調だったのだし。


 それにノエルの報告によれば、喜ばしいことに王都組は既に任務を完遂したとのことだ。


 つまり、残りはあと少し。


 この流れならきっと問題ないさ!ハハッ!


 きっとこのまま作戦は順調に進み、数日後には無事廃嫡、そして快適なスローライフというハッピーエンドに違いない!


 あと少し、あと少しで終わるんだ!


 さあ、行こう!明るい未来に向かって!


 と、私がそう思った瞬間だった。


 バンッ!とドアが乱暴に開かれ、血相を変えた兵士が転がり込むようにして臨時の司令部に入って来た。


 ん?何かあったのか?


 私がそんなふうに疑問に思っていると、その兵士は息を切らせながら叫んだ。


 「はぁはぁ、も、申し上げます!ルグラン侯他、数名の貴族達が我らの動きを察知し、兵を挙げました!その数約三千!」


 ……は?

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