第70話「相談」

 ダイヤのネックレスをした赤い鎧の妖怪が誕生してから数日後。


 今は街中を移動している最中で、私は馬車の中で揺られているところだ。


 準備した書類に目を通し終えて、ふと視線を上げれば目の前には、前述の赤い化け物改め、赤騎士が反対側の座席からこちらを見ていた。


 何か言いたいことでもあるのだろうか?


「何か?」


「いいえ、何でもありません。えへへ〜」


 うん、わからん。


「……そうか」


「そうです♪」


 明るい声で赤騎士は肯定した。


 何故かネックレスの件から今日まで赤騎士は非常に機嫌が良い。


 そんなに装飾品が好きなのだろうか?


 因みに今日は外にいるリゼットその他の護衛達と御者を除くと、私と赤騎士だけなので、当然馬車の中で二人きり。


 レオニーはいないし、今まで特に会話もなく、私としては何となく気まずい状態が続いている。


 何か話すか……、何がいいかな。


 と、そこで先日渡したネックレスに目が行った。


「なあ赤騎士、何故ネックレスを付けたままなんだ?」


 取り敢えず、あれからずっと鎧の上から付けているネックレスが気になるので聞いてみた。


「え?そんなの決まっているではありませんか。折角殿下から頂いた物なのですから、いつも身につけていたいのですよ。あと、安全ですし」


「安全?」


「ここなら盗まれる心配はありませんし、私は今まで一度も戦闘で傷を負ったことがありませんから、一番安全なのです」


 色々と凄いな……何か本多忠勝みたいだな。


「な、なるほど?」


 いや、激しく動いたらいくらダイヤでも破損するのでは?


 確かダイヤが一番硬いと言われているが、あれは傷が付きにくいという意味の硬さで、ハンマーで叩けば普通に粉々になるらしいし。


「はい♪」


 まあ、本人がいいなら別に構わないが。


 ああ、話題が終わってしまったな、何かないかな……あ、そうだ。


「そう言えば、この間尋問したノエルとかいう少女はどうなったのかな?」


 まさか、用済みになった瞬間にこいつかレオニーが始末したりしてないだろうな……。


「え?ああ!あの愚かにも殿下のお命を狙ったメスガキですか」


「そうそう」


 メスガキって……。


「死にましたよ?私が三枚におろして豚の餌に……」


「!?」


 ああ……なんてことだ……済まないノエル。


 だが、恨むならこいつを恨んでくれよ。


「ふふ、なんて冗談です。殿下が生かすと約束したのに、それを破る訳には行きませんし。確か今はレオニーのもとで暗部員の暗殺者になる為の訓練中なのだとか」


 赤騎士は悪戯っぽく言った。


 全く冗談に聞こえなかったぞ……。


 はっきり言って全然笑えないし、可愛くない。


「そ、そうか」


 まあ、取り敢えずノエルが生きていてよかった。


「はい、あと身体能力は相当なもので、期待できるそうですよ」


「へぇ」


 ああ、確かにあの動きは凄かったな。


「それにしても、殿下も酷いことをなさりますね?」


 赤騎士が急におかしなことを言ってきた。


 まあ、おかしいのはずっとだが。


「酷いこと?」


 え?心当たりが無いのだが?


「だって、殿下はそのお美しいお顔と優しさでノエルを籠絡した後、使い勝手の良い駒として使い尽くし、最後はボロ雑巾のように使い捨てるおつもりなのでしょう?」


 え?私はそんなル○ーシュみたいに、「ロロ雑巾のように使い捨ててやる!」とか言わないぞ!


「え?そんなつもりは……」


「またまた〜」


 こいつは私を何だと思っているんだ!?


「……いや、もういい」


 うん、話題を変えよう。


 さて、どうしたものか……あ、そうだ。


 赤騎士も一応女性だし、あの件を相談してみるか。


 そう、セシルについて。


 実はいよいよ心配になってきたのだ。


 この間噂を聞いたのだが、何でも私に婚約破棄を言い渡されたショックでおかしくなり、とんでもない格好でサロンに現れて大暴れした挙句、今は心を病んで領地の屋敷で療養中なのだとか。


 ああ、私は何ということを……か弱く儚い公爵令嬢セシルはきっと突然の婚約破棄のショックに耐えられなかったのだろう。


 一体なんと言って詫びれば良いのやら……。


 あと何故か最近、父上と宰相からセシルと弟フィリップとの婚約の仲介は不要、というか絶対やるな!と言われてしまったんだよな。


 まあ、私としてはやることが減って有り難い話だが。


 兎に角、そんなこんなでセシルのことで悩んでいるのだが、折角の機会なので同性である赤騎士に相談してみようと思った訳だ。


「赤騎士、実はセシルのことで相談があるのだが……」


「ふぇ!?」


 あれ?急にキョドりだしたぞ?


「何をそんなに驚いているんだ?」


「え!あ、あの……べ、別に何も」


「?」


 まあ、いいか。


「そ、それでセシル……様がどうかされたのですか!?」


「あ、ああ、実は知っての通り、良かれと思ってセシルとの婚約を破棄したのだが、その所為で彼女は心を病んでしまったようなのだ」


 我ながら酷いことをしてしまったなぁ。


「えっ!?そ、そうなのですか?」


「ああ。聞いたところでは、精神的に不安定になってセシルとは思えないような過激な格好をしてサロンで暴れたらしい」


「うぐっ!……それで?」


「気絶して運ばれた令嬢までいるとのことだ。恐らくセシルのことだろう。可哀想に……」


「あ、あはは……」


「そして、その日からずっと領地の屋敷で療養中らしいのだ」


「へ、へぇ〜」


「加えて先日、父上達から御達しがあったのだが、セシルとフィリップの婚約の仲介は不要だと言われてしまってな。きっと繊細な彼女は男性不信に陥ってしまったに違いない……ああ、私はなんて事を……」


 ああ、無実の少女を断罪とか、最低だ……。


「いえ、決してそのようなことは無いかと……」


「と、まあ、こんなことになっているのだが、私はセシルに何と謝罪をしたらいいのだろうか。それについて同じ女性である君に話を聞いてみたくてな」


「な、なるほど……では」


 そこまで話を聞いた赤騎士は真剣に考えてくれているようだ。


「うん」


「セシル様に会ったら、まず強引に抱き寄せます」


「あ、ああ」


 え?


「次に間近で瞳を見つめながら一言、「俺を許せ」と」


「は?」


 ええ!?


「最後に仕上げとして、有無を言わせず唇を塞ぎます」


「……」


 ……。


「どうですか?」


「どうって……」


 あり得ないだろう!


 自分から婚約破棄して傷付けておいて、弱ったところでやってきて一方的に許せ!と命令し、嫌がる彼女の唇を強引に奪うとか最低だろう!


 完全に人格破綻者だよ!


 ああ、やはりこいつに聞いた私が馬鹿だった……。


「無し、だ」


「ええ!なんでですか!絶対うまく行きますって!私が保証しますよ!」


 赤騎士は何故か根拠のない自信を見せているが……。


「兎に角、駄目だ」


 そんなことしたら、今度こそショックで自殺しかねないぞ。


「ぶぅー、大丈夫なのに……」


「頼むから真面目に考えてくれ。で、謝罪をするなら何か贈り物をした方が良いかと思うのだが、何がいいかな」


 そう、なんとか物で釣れないか、という姑息な作戦。


「え?プレゼントですか?リアン様から頂けるものなら、どんなものでも嬉しい……と思いますけどね」


「でもなぁ、宝石や貴金属は山ほどあるだろうし、逆にシンプルに花とか手紙だけと言うのものなぁ」


 そう、実はこんな感じで困っているのだ。


「うーん、もし、どんなものでも対価として頂けるなら、私だったら……リアン様自身を頂きたいですね」


「っ!?対価は私(の命)だと!?」


 おい、また赤騎士がとんでもないことを言い出したぞ。


「はい、もし、私がセシル様であれば、是非リアン様を頂きたいかと……ぐふふ、じゅるり」


 な、何と言うことだ。


 つまり、私に死んで詫びろ、と言うことか!


 だが、彼女にとってそれほどの衝撃と屈辱だったということなのか。


 だが、死ぬのは嫌だなぁ。


「流石にそれはなぁ」


 などと逡巡していると、ここで赤騎士から更なる提案があった。


「まあまあ、そう言わずに。あ、宜しければ、私が(橋渡しを)やりましょうか?」


 は?


「!?……私が殺りましょうか、だと?」


 マジか?こいつ血に飢え過ぎだろう!


「はい、殿下の為ですから是非!」


 いや、婚約破棄して気まずいから死んでもらおう!、とかもう人格破綻者ってレベルじゃないぞ!?


 というか、是非!とか言うなよ……怖すぎる。


 ああ、やはりこれに相談したのがそもそも間違いだったな……。


「……ありがとう、もういいよ。君に聞いた私が馬鹿だった」


「え?ちょっと酷くないですか!?私、真面目に答えたのに!絶対正解なのに!」


 まあ、赤騎士なりに頑張って考えてはくれたのだろうが、内容が過激すぎるんだよ。


「あー、はいはい」


 もう結構。


「むぅー」


 何か見えないはずなのに、むくれている気がするな。


 と、私はそこで唐突にもう一つ思い出した。


 あ、そう言えばマリーのこともあるんだよなぁ。


「あと、マリーのこともあるんだよなぁ。大好きなセシルを傷付けてしまったから怒ってると思うのだが……」


 と、私はそこで可愛い義妹のことを思い出していたのだが、


「そんなの飴玉でも舐めさせておけばいいんじゃないですかぁ?」


 それに対して、何故かさっきとは打って変わった赤騎士が、投げやりにそう呟いたのだった。

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