第54話「暗殺①」

 それはシモン伯との打ち合わせを終え、帰路に着いて直ぐのことだった。


 前方に突然、フードをかぶった小学校高学年ぐらいの少年?が現れ、こちらに向かって叫んだ。


「悪逆王子マクシミリアン!覚悟!」


「え?」


—————————————


 その日、私はシモン伯との打ち合わせの為に伯のタウンハウスを訪れていた。


 打ち合わせ自体はスムーズに進み、予定通りに帰宅出来る筈だった。


 何故かシモン伯は赤騎士に随分と怯えている様子だったが。


 用事を終え、屋敷の玄関を出ようとした時、


「殿下ぁ〜、大変ですぅ!」


 と、間延びしたイラッとする喋り方をしながら、今日のお付きの一人であるリゼットが慌てながらやってきた。


 因みにリゼットは、今はメイドの格好をしているが、実は暗部の護衛要員である。


 何時も眠そうな目をしながら、この独特の喋り方をするので、正直、護衛として心配なのだが、レオニー曰く腕は確かで、頭はパーだが野生の勘が働き護衛としては使えるらしい。


 まあ、それ以外は全然ダメなドジっ子らしいが。


 あと、巨乳だ。


 その所為で、のんびりした性格と相まって、あだ名はホルスタインだそうだ。


 閑話休題。


 どうしたのか、とリゼットに尋ねると、何でも馬車が故障して動かなくなってしまったらしい。


 シモン伯が自分の馬車で送ると申し出てくれたが、私はそれを丁重に断り、宮殿まで歩くことにした。


 伯のタウンハウスからトゥリアーノン宮殿までは1キロも無いし、少し外を歩いて気分を変えたかったのもある。


 レオニーと赤騎士に反対されたが、たまには我儘を言わせてもらった。


 しかし、そんな我儘がいけなかったのか、少し歩いたところでこれだ。


 全く、何でこうなるかなぁ。


 私みたいな無能な皇太子を殺しても誰にも利益は無いだろうに……。


 と、ボヤいても仕方がない。


 死にたい訳ではないから、真面目に考えるか。


 と言って考え始めた私だが、至って冷静である。


 何故なら、周囲はレオニー率いる暗部が、横には赤騎士とリゼットがいるからだ。


 命を狙われているのに、こんなにも余裕があるのは不思議なものである。


 さて、どうしたものか。


 そうだ、ここは一つ、時間稼ぎと情報を引き出してみるか。


 流石にプロの暗部者がのって来るとは思わないが、こいつはターゲットの目の前で叫ぶようなアホだし、ものは試しだ。


「な!?何奴!いきなり名乗りもせずに私を呼び捨てするとは無礼な!名を名乗れ!」


 ちょっと焦った小物風に聞いてみる。


「あ、ごめんなさい!……じゃなかった!悪党の癖に偉そうに!えっと、僕の名前はノエル……でもなくて!悪党に名乗る名前なんて無い!僕はお前に虐げられた一族を代表してやってきたんだ!」


 おいおい、こいつ自分で色々喋り出したぞ!しかもドジっ子っぽいし。


 で、このちびっ子はノエルと言うのか。


「ほう、それで?」


 取り敢えず、続きを促しつつレオニーに視線を送ると、彼女は軽く頷いた。


 因みに赤騎士は意外に冷静で私をほっぽり出して、いきなりブチ殺しに飛び出していくようなことはなく、私の一番近くで警戒している。


 もの凄い殺気を放っているような気がするが。


「お前の所為で僕たちルラックの民は、酷い目にあってるんだ!今じゃみんなバラバラになって色んな所で貧しく暮らしてるだぞ!」


 え?一体何の話だろうか?


 確かに、私は放蕩三昧の人生だったが、少数民族を虐げた覚えは無いのだが……?


 まあ、いっか。


「小癪な!たった一人で何ができる!?」


「うるさい!僕には仲間が他に三人もいるんだ!みんなで同時にやればお前なんて簡単だ!」


 こいつアホだな、仲間の人数を喋ったぞ。


 嘘の可能性は……多分無いな。


(レオニー、残りは三人だそうだ。頼む)


(はっ、畏まりました)


 指示を受けたレオニーは、直ぐさま外周を警戒しているメンバーに合図を送った。


 そして私はちょっと夢だった台詞を言ってみる。


「な、何だと!?ちょこざいな!であえー、であえー!この狼藉者切り捨てい!バラバラにして魚の餌にしてやれ!」


 それに合わせてワラワラと出てきた兵士がノエルを取り囲む。


 実は、ちょうど騒ぎを見たシモン伯の私兵が応援に来てくれただけなのだが……気分だよ、気分。


 ただ、出来ればこんな子供を殺したくは無いなぁ。


「しまった!敵の応援が……」


 さて、一応降伏勧告といこうか。


「諦めろ、無駄なことだ。こちらが数でも質でも上回っている。今、降伏すれば命だけは助けてやるぞ、ぬはははは!」


「卑怯な奴め!僕は悪党になんか負けない!皆んなの仇だ!覚悟しろ!悪逆王子マクシミリアン!」


 いちいち台詞が長いな、このちびっ子は。


「ぬはははは!諦めろ、愚か者めが!」


「くっ!覚悟!」


 そう言うと、ちびっ子は短剣を腰だめに構え、次の瞬間……信じられない速さで突っ込んできた。


 皆、驚いて動きが一瞬遅れたが、レオニーが冷静に指示を出した。


「止めなさい!」


「「はっ!」」


 前方にいた暗部員が二人、バスケのダブルチームのような感じでノエルを止めに動くが、


「何!?」


「早い!」


 何と二人の間をすり抜けてしまった!


 そして一直線にこちらに向かって加速して来る。


 隣では私を守る為にレオニーが前に出た。


 ま、マズい!こうなったら……。


「な、何だと!?かくなる上は、先生!……じゃなかった、赤騎士!」


「はっ!」


 言うが早いか、返事をした時には彼女は既に動き出していた。


 そして、ノエルが私の命を奪う為に、更に加速した瞬間だった。


 凄い速さでこちらに向かって来るノエル……を更に上回る速さで赤騎士がノエルの進路上に飛び出した。


 ノエルは突然、目の前に現れた赤騎士を見て驚いたが、反応することは出来ずそのまま突っ込んだ。


 それに対して赤騎士も構わずノエルに向かっていき、そして、


 ドゴォ!


 と、鈍い音がして赤騎士の見事なラリアットが炸裂した。


「グェッ!」


 と、ノエルはヒキガエルのような声を上げながらひっくり返った。


 具体的にはノエルは首の辺りが赤騎士の右腕に引っかかり、自身の勢いでそのまま一回転して地面に叩き付けられて気絶した。


 そして、赤騎士は一言。


「私の殿下に刃を向けたのですから、楽に死ねると思わないことですね」


 怖っ!だから剣で斬らなかったのか……。


「「「うわぁ………」」」


 私の窮地を救った筈の赤騎士に、何故だか周りから微妙な視線が向けられた。


 まあ、取り敢えず、助かって良かった。


 ほっとしながら辺りを見れば、レオニーの指示で動いた暗部員によって、他の暗殺者三人が拘束されていた。


 おお、流石だなレオニー。


「殿下、ご無事ですか?」


「ああ、大丈夫だ。君達と赤騎士のお陰で無傷だよ」


 いやー、やはり油断はダメだな。


 まさか、アホの子だと思ったらあんな凄い身体能力を持っているとは。


 だが、これで一安心、帰ってこいつらを尋問して情報を聞き出すとしよう。


 あと、暗部と赤騎士に何か褒美を……など思ったその時。


「殿下、危ない!」


「え?」


 声のした方へ視線を向ければ、何と暗殺者の一人が一瞬の隙をついて拘束を逃れ、こちらへ向かって隠し持っていたナイフを投擲するところだった。


「「殿下!」」


 レオニーと赤騎士が叫び、動き出すが私は咄嗟に反応できない。


 吸い寄せられるように暗殺者が投げたナイフが真っ直ぐこちらへ迫ってくる。


 そして……、


「ぐわぁ」


 私は目の前が真っ暗になった。

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