第20話「防御陣地」
なぜだ……なぜこうなった……。
昨日、人生最大級のピンチを口八丁手八丁でなんとか切り抜けたばかりだと言うのに。
目の前に広がるのは絶望的な光景。
しかも周りは敵だらけで援軍はなし。
手持ちの駒で何とかするしかない状況だが、如何せん時間が足りない。
だが、もし期限までに仕事が片付かなかったらただでは済まない……。
大変マズイ。
期限まで一月しかないのだ。
さらに忌々しいことに自分で適当に一月とか言って大見得を切ってしまった結果なだけに八つ当たりもできない。
そもそも、すべての原因である婚約破棄が自分の責任なのだからどうしようもないが。
ちくしょー、優雅なモラトリアムを過ごすはずだったのに、恨むぞ、昨日の自分!
あーまた昨日みたいに都合よく何か閃かないかなぁ……。
まあ、凡人の自分がそう何度も都合よく解決策など思いつけるわけないか……。
まったく、チート持ちや頭がwikiとリンクしているような連中が羨ましい……。
はぁ、ため息を一つ。
とは言え、いつまでも何もせずに嘆いている訳にもいかないので、取り敢えず状況の整理から始めるとしよう。
因みに私は現在、臨時のオフィスとして宛てがわれた離宮ミニ・トゥリアーノン宮殿の一室で、書類や資料に埋もれている。
デスク周辺はまるで土嚢を積み上げた防御陣地のごとく。
そんな書類の山の中で私は重い腰を上げたのだった。
ー ー ー ー ー
それは遡ること数時間前の事。
目を覚ますと、そこは見知った天井だった。
当たり前だが。
そう何度も転生や記憶喪失があっては堪らない。
皆様こんにんちは、そしてお久しぶりです。
私、一応まだ皇太子のマクシミリアンと申します。
昨日、人生最大のピンチを何とか乗り切って、安堵とともに眠り、たった今目覚めたところでございます。
ああ、余裕のある朝というのは何と素晴らしいのでしょうか。
窓から差し込む柔らかな日差しに、心を癒してくれる小鳥のさえずり。
全てが素晴らしく感じられます。
そんな清々しい気分のまま身支度を済ませた後は山のような量の朝食と当たり前のように出されたアルコールに顔を引攣らせた後、今はのんびりと食後のコーヒーを楽しんでいます。
そして私はコーヒーの芳醇な香りを堪能しながら、今後の事について考えを巡らせていました。
今から一ヶ月間の猶予期間モラトリアムの間に、のんびりと新生活の準備をしながらどのように過ごそうか、などと。
廃嫡が決まり、謹慎中の王子など、はっきり言ってニートな訳で、やる事は無いのだから楽なもの。
取り敢えずは父上に頼んで付けて貰った暗部を使って、城下で新居を探しながらガラクタの山を売却して生活資金を確保をするつもりです。
あとは、時間がかなり余るだろうから一月後の廃嫡される場面での演技の練習でもしておこうかな、などと考えていました。
更に、一月ではなく一週間でも大丈夫だったのでは?などと余裕をかましたり、していました。
ああ、素晴らしい!
絶体絶命から一転、ゆとりのある生活。
とても満たされた幸せな瞬間です。
そして、このまま順調に物事が進んで行くと信じていました。
この時までは。
ですが、全てが幻想だった事を直後に思い知らされたのです。
それはコーヒーを飲み終えて、おかわりを所望しようかと考えたところでした。
私付きのメイド、レオニーが入室し、何か要件があるのか私の方へ近づいてきたのでコーヒーは一旦諦めました。
側まで来たレオニーは形式通りの美しい礼をした後、話し始めました。
「殿下、この後のことでございますが、国王陛下の指示で、殿下の「計画」実行の為に必要なオフィスを離宮の一室にご用意致しました。まずはそちらへ移動し、殿下付きとなった者達に今後のご指示をお願い致します」
え?
今、なんて?
今後の指示?オフィス?
暗部が適当に処理してくれるんじゃないの?
あ、そう言えば勢い余って自分でやるとか言ってしまったような気がする……。
「……わかった。まずは場所を変えようか」
私は忘れていたのです、幸せとは、儚いものだということを……。
ー ー ー ー ー
ところ変わって、ここは私に宛てがわれたオフィス。
今部屋の中に居るのは私と側に控える案内役のレオニーだけ。
はぁ、こうなったら諦めて進むしかないか……。
「さて、レオニー、まず状況の確認からさせて欲しいのだが?」
「はい、殿下。昨日の話し合いの後、シャルル陛下及び宰相閣下が殿下の「計画」実行の為に必要な人員、予算、場所、を付けた上で特命部署を設立しマクシミリアン殿下に直接指揮を執らせることを正式に決定致しました」
そっかー、暗部付けてくれとは言ったけど、全部やれはちょっとなー……、まあ、大口を叩いてしまった自分が悪いのだけども。
これは諦めて一月の間コツコツ働くしかないのかなぁ。
「そうか、それで?」
促されたレオニーは淡々と続ける。
「はい、併せて必要な権限を与えるとのことでした。こちらがその勅許状でございます」
レオニーが恭しく封蝋された筒状の書類を差し出した。
封を解きパリパリと音をさせながら羊皮紙製の書類を広げると、先ほどの内容が記載され、最後に父上のサインがあった。
残念、本物だ……。
当たり前だが。
「で、これには必要な権限を与えるとあるが実際はどの程度のものかな?」
サラリーマンの悲しいさがで自分の裁量の範囲を確認しておかないとなんか怖いので一応聞いてみる。
「はい、詳細は一任するとのことで御座います」
なんと!
フリーハンドを与えてくれるというのか!?
父上達は随分と気前がいいな。
素晴らしい!
嫌な予感がしたのは杞憂だったか。
これなら適当な所まで仕事をして、後は後任に上手く丸投げして私が消えればノープロブレム。
ああ、良かった良かった!
そもそも一月しか無いのに大した期待などする筈はないし。
なんて思っていたらレオニーが思い出したように付け足す。
「ああ、申し訳ございません。言い忘れておりましたが、もし一月で全ての案件が処理できなければ、終了まで廃嫡は先延ばしにするとのことでざいます」
「…………は?」
おい、今、なんて?
終わるまで先延ばし?
え?これ、ヤバくない?
と言うか、また大ピンチでは?
フリーハンドを与えるから一月以内でやれ、出来なければ終わるまで許さん、責任とりやがれ、と言うことでは?
しかも、昨日の提案でそこそこ有能だと思わせてしまったから、下手に「計画」を遅延させてしまったら、それを理由に、一生そこそこ使える駒として父上達に使い潰させてしまうのでは?
いや、そもそも其れが狙いなのでは?!
彼等ならあり得る!
くっ、実は上手くやり過ごせた訳でも許された訳でもなかったのか……。
ヤ、ヤバい……。
何とか、何とかしなければ……。
その為には……薔薇色の未来の為には、もはや絶対に期限内に仕事を終わらせるしか無い!
約束を反故にされる可能性もあるが、その場合は最早どうしようも無いから今は気にしない。
く、こうなったらやってる!やってやるぞ!
自分の明るい未来の為に!
こうして再び大ピンチを迎えたように見えるマクシミリアンだが、実は単純に一月での完遂は厳しいだろうから、焦らず余裕を持ってやればいいよ?と言うおっさん達からの純粋な親心なのだが、本人はついに知ることは無かった。
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