第18話「隣のカーテンの中で 王女マリー=テレーズ ⑦」


 入室されたお義兄様は何だか雰囲気が違うような気がしました。


 てっきり鼻息荒く前置きも無しに、婚約破棄を認めろ!あの女との結婚を認めろ!と喚き散らすと思っていましたのに。


 まあ、どんなに虚勢を張ろうとエクトル様のひと睨みで撃沈されるのでしょうけど。


 今のお義兄様は根っからの小心者ですから。


 それを考えれば、舞踏会という場での派手な婚約破棄とお義父様への直談判をあのお義兄様に決意させるとは、あの女なかなかやりますわね。


 お陰で私はこんなところにいる訳ですが……。


 全く、あの女にどうやって罪を償ってもらいましょうか。


 さて、お義兄様の弁解が始まるようで……え、え!?


 お、お義兄様が謝罪をした!?


 一体何が?


 驚愕です。


 まさか、居住まいを正し、真摯に謝罪をするとは……。


 訳がわかりません。


 あの残念なお義兄様が急に現実を冷静に見られるようになった?


 何故?どうして?


 しかし、これは……まさか!記憶が戻った?


 ハッ!よく見ればあの知性を感じさせる目は、紛れもなく事故に遭う前のお義兄様……の様な気がします!


 私にはわかります。生まれた時からお義兄様loveですから!


 うーん、これは理由はわかりませんが、何かの拍子に記憶が戻った可能性がありますね。


 ですが、本当は今すぐ飛び出して行きたいところですが、ここはもう少し我慢ですの。


 では、話の続きを聞いてみると致しましょうか。


 ……残念ながら私の予想は外れていました……良くも悪くも。


 そこから先の話を聞いた限りでは、記憶喪失後の自分自身の能力の無さから来るコンプレックスに苛まれながら、自分なりに国の役に立とうと今回の婚約破棄を含む計画を思いついたのだとか。


 国内の中央集権化、国際関係、財政の安定化など、計画は良く出来ていて、正直驚きました。


 そして、計画と合わせて本心を隠し通した事にも。


 流石、腐ってもお義兄様です!


 ですが、一部認識が間違っている箇所がありました。


 セシルお姉様がフィリップ……あの男を好きな訳がないのです。


 度々、姉様と私に嫌らしい視線を向けてくるあの男(姉様は気づいていない、と言うか眼中ないというか……ある意味大したものですが)。


 昔からリアンお義兄様を妬み、当て付けも兼ねて私達を手に入れようと小賢しいことをしたり、そういう事をしてくる器の小さなあの男。


 いつもいつもあの男は……全く、私が色々と知らないはずがないでしょうに。


 6年前のこと、とか。


 実は6年前の事件に関する興味深い人物をやっと見つけることができたのですが……それはまたの機会にお話するとしましょう。


 話を戻すと、仕方がない部分もありますが、脳筋で不器用な姉様が想いをきちんと伝えなかった上に、気を引こうと変なことをするからいけないんです。


 困ったものです。


 それに、そんなことはあってはいけません。


 なぜならあの男は……。


 まあ、それはおいおい処理するとして。


 しかし、話を聞く内に、驚き、賞賛の次に悔しさと言う感情が湧いてきました。


 できれば一人で抱え込まないで私にも打ち明けて欲しかった。


 そうすれば、お義兄様の負担を軽くして差し上げることができたのに。


 お義兄様はお優しいから、私には言わなかったのだわ……。


 また、何もできなかった。


 私だって役に立ちたかった。


 だって、その為に努力してきたのだから。


 その為に今の自分があるのだから。


 悔しい。


 何の役にも立てなかった自分が悔しい……。


 いいえ、それは違いますわね。


 それ以前の問題。


 だって、私はこんなにリアンお義兄様の近くにいたのに、何も気づけなかったのですから。


 こんなにも苦しんでいたのに、本当の意味で力になれてなかった。


 寄り添って、支えてあげられなかった。


 結局、私は自分の事しか考えていなかったんだわ。


 全ては自己満足。


 何も見えていなかった。


 見ていなかった。


 何が力だ。


 何が戦略だ。


 私は何と愚かなのでしょうか。


 やはり、私などお義兄様の側にいる資格も、愛される資格もないのでしょう。


 やはり、コモナへ嫁ぐ事にしたのは正解だったかしら。


 私など、早く消えてしまえばいいの。


 要らないの。


 私は結局、一度も本当の意味でリアンお義兄様の力になる事は出来なかったのだから。


 アイデンティティや存在意義が失われて急速に私の何かが壊れて行くのがわかりました。


 心がどんどん黒くドロドロしたものに塗りつぶされて行くのを感じます。


 私……もう、だめかもしれない……。


 そんな時でした。


「……愛する我が義妹マリーを、コモナ公国に嫁がせずにすみます!」


「!!」


 私の心が壊れる最後の瞬間にリアンお義兄様の声で私は我に帰りました。


 ああ、なんと言う事でしょう!


 ちゃんと、私の事も考えてくれていた……。


 良かった……。


 本当に良かった!


 一瞬のうちに奈落の底から引っ張りあげられた私は歓喜のあまりカーテンを激しく揺らしてしまいました。


 そして、思いました。


 また、王子様に救われてしまった、と。


 ズルいです。


 いつもいつも、こうやって大事な時に出てきては私の心を離さないのですから。


 そんな事を考えていたら、さらに衝撃的なことをお義兄様が言われました。


 一見、自分だけが不利益を被るように見えますが、自分自身も「自由」という大きな利益を得ると。


 正直、よくわかりませんでした。


 今までだって自由奔放に放蕩三昧してきたのですし。


 しかし、それは違いました。


 いや、そもそもの前提が違いました。


 王子、王族という前提がある中での限定された自由ではなく、一人の人間として自由が欲しいと。


 個人として自由と共に責任と義務を負いたいと。


 まさに、目から鱗でした。


 公爵令嬢として生まれ、王女になり、さらに皇帝の血を引くものとして生きてきた私には理解できない価値観でした。


 ですが、不思議と考えれば考えるほどワクワクしてきました。


 そして、気がつきました。


 簡単な事だったのです。


 私がやりたい事を自分の責任で好きにやればいい、それだけだったのです。


 そこには無限の可能性があるのです。


 全く、お義兄様はこんなことをお考えになっているなんて。


 ですから私は、私が考える自由に基づいて、この先、好き勝手にお義兄様の為に働こうと思います。


 勿論、責任や義務は果たします。


 その上で、リアンお義兄様、セシルお姉様、大切な人達、そして私の幸せの為に、自由に思う存分暴れてご覧に入れます。


 ああ、なんだか凄く楽しくなってきました!


 と、そんな事を考えているとお義父様達の話し声で現実に引き戻されました。


 これからリアンお義兄様をどうするか、またセシルお姉様にどうやってこの内容を伝えるか、と言うところでセシルお姉様が勢いよくカーテンを跳ね上げて清々しく退場されていきました。


 全く、脳筋の姉様らしいですね。


 と、更に今度は私にどうやって説明したものかと話し始めました。


 普段なら最後まで隠れる所ですが、今日の私はちょっと茶目っ気を出してみることにしました。


 私はセシルお姉様と同じようにカーテンを跳ね上げると言いました。


「不要ですわ!」

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