ロボット園




 アルミ製の鳥居をくぐり、近未来的な建物に入る。中にはホテルのロビーのような空間があり、機械特有の匂いで満ちていた。電化製品が並ぶ店の、あの匂いだ。窓も電灯もなく、換気扇から漏れ出る光しかない。どこか神秘的なオーラを感じる。

「ロボット園……本当にあったんだ」

「私が嘘をつくとでもおもっていたのかい?」

 心外だな、と無表情でつぶやくアン。お前にも心があったんだな、と皮肉を返す。返せるだけの仲である。こうして仲良くなるのも大変だった。でもここまで来るため頑張った。

 ロボット園、正式名称は王立機械展示場という古い建物らしい(入口の看板にそう書いてあった)。そこには世界中のありとあらゆる機械が保管されているとまことしやかに噂される場所。しかし怪電波の影響で、たどり着けるのはロボットだけだという。嘘くさい都市伝説の一つなのだけれど、いま、ぼくはそこにいる。おそらく人類初の来園者となったのだ!

「バンザーイ!」

「何してるの。早く行くよ」

 アンは表情一つ変えずにすたすた歩いていく。もとから不愛想な奴だとわかってはいるが、なんだか今日は一段と雰囲気が固い。冷たく、鋭く、無機質な、ロボットみたいな――まあアンドロイドそのものだから当然なのだけれど。

 そんなあいつは迷うことなくスタスタ奥へと進む。何度か来たことがあるらしい。

ホテルのロビーみたいな空間から廊下に出た。右も左もガラス張りの長い廊下をまっすぐ進む。さっきの場所とは違い、足元にほのかな照明があった。橙色の落ち着く雰囲気のやつ。明るさは、なんとか人の表情を読み取れそうなくらい。非常灯なのだろうか。

「足元ばかり見てるとあぶないよ」

 いわれて顔をあげた瞬間、前から何かが襲ってた。

「うわっちょ!」

 あわてて後ろにとびのき回避する。軽いものが落ちる音がした。おそるおそる見てみると、それはぬいぐるみだった。ただし何をかたどったものかはわからない。

「なんだこれ、なんの動物?」

 人差し指と親指でつまみ、顔の前まで持ち上げる。もうボロボロの布の塊だ。てるてるぼうずに見えないこともない。

「さあね。とにかくあの人に返してあげなよ」

「あの人?」

 アンの指さす方を見た。そこにはいつの間にか人がいた。

「いや失敬。人間は珍しいもんでね。驚かせてみたくなったのさ。こいつらは驚かないからやりがいがない」

 女の人の声だ。いきなり人に向かってものを投げつけるとは、相当クレイジーな女だ。

「ようこそ。こんな辺鄙なところまで、よく来たもんだ。アン、お前の連れか」

「そうです。信用出ますよ。ここのことも口外はしないと約束しました」

「話したところで人間だけじゃ来れやしないけどね」

 二人は顔見知りなのだろうか。急に始まった話の輪に入れない。まさかこんなところに人がいるとはおもわなかった。住んでいるのだろうか。もしかしてロボットだったり――。

「あたしは人間だよ」

「なんで考えていることがわかるんですか!」

 やっぱりロボッ、

「人間だよ。頭がいいだけさ。あとクレイジーとかいうんじゃない。あたしは、そうだな……博士だ」

 トではないのか? 今度は考え終わる前にこたえられた。ここまでくるともうコンピューター以上な気がする。人間ってすごいな、と感心していると、

「ならどっちでもいいだろう。それよりも」

 それ、といいながら博士が顎で示してきた。

「返してもらえるかい」

 ぼくはまだぬいぐるみを手にしていた。

「あ、ええもちろん」

 汚いものをつまむかのようにしていたから失礼だったかもしれない。でも実際汚い、とか考えていると本当に怒られそうだ。

 そんなぼくの心中を知ってか知らずか、博士は気にするようなそぶりは見せず、感謝すると一言いって受け取った。

「あー、君。いろいろききたいことがあるんだろうが、すまないね。入り口で待っていた方がいい。ここはそんなにいい場所じゃないんだよ」

 ぬいぐるみを白衣のポケットに入れてそういうと、博士はぼくに背を向けてアンと廊下の奥に進んでいく。

「え。いや、あの、待ってくださいよ。せめて一つ教えてください」

「知らぬが仏というだろう。すまないが、私は忙しいんだ」

「ごめんね。博士のいうとおりにしてくれるかい」

「アンまでそんなことを。ぼくも目的があって来たっていうのに、あんまりじゃないか!」

「だからごめんてば。君の為なんだ。見ない方がいい」

 納得いかないのでついて行こうとしたが、二人の視線が絶対来るなといっている。いったいそこまで見せたくないものとはなんなのか。興味はあるが、いまは二人の目の方が怖い。見たくない。

「……わかったよ。こうさんだ」

 二人はしばらく疑うような視線を送ってきたが、やがて廊下の闇に消えていった。

「また改造してほしいのか?」

「今日はラクダになりたくて」

「ほう……お前の趣味はよくわからないな」

「人間にはもう飽きました」

「――」



 遠くから何度も反響して耳まで届く二人の会話が、ようやく聞こえなくなったころ。

「さあ、行動開始だ」

 大人しくしていられるか。ばれないように動けばいいだけの話だ。さあて、まずはどこから。

 と考えるまでもなく、廊下の壁、ガラス張りの向こう側に何かが見えた。暗い。ライトをもってくればよかった。

「……なんだあれ」

「ゴアンナイ、ゴアンナイ」

 少しびっくりした。あの二人にもう見つかってしまったかとおもったが、ぼくの横にいたのはロボットだった。不自然なイントネーションで話しかけてくる。ぼくの膝くらいまである大きさで、四角い箱に四つの車輪がついている。シンプルな造形だった。

「アレハ、クウキヲ、ツクリダス、ロボットデス」

 案内用のロボットだろうか。入り口の看板のことをおもいだす。『王立機械展示場』ということは、ここはロボットをただ保管するだけの場所ではなく、展示する場所なのだろう。案内役のロボットがいても不思議じゃない。

 うーん、名推理。探偵になるのもいいかもしれない、と自分をほめながら、灰色の脳細胞に生まれた疑問をロボットにぶつける。

「あれは相当大きいようだけれど」

「ハイ。ショクブツノ、コウゴウセイニ、ニタ、カガクハンノウヲ、オコスタメニ、アレクライノ、オオキサニ、ナッテシマッタノデス」

「じゃあ植物で良いじゃん」

「……」

 機械は五秒ほどフリーズしたのち、

「ソレモソウデスネ」

 といってピカピカ白く光り始めた。その点滅をながめていると、ガラスの向こうの空気製造機が爆発した!

「お、おおおお。いいのか、こんなことして」

「コウリツヲ、モトメルノガ、ロボットデス」

 技術的にけっこう重要なだとおもうんだけど、ロボットにはそんな感情はないのだろうか。効率を求める、とかいっていたが。やはりロボットの考えることはよくわからない。

「デハ、コチラハ、イカガデショウ」

 少し離れた場所にロボットは移動していく。――ふいにこの子の呼び方が気になった。ただロボットと呼ぶのはなんだか寂しいな。こんなロボだらけの場所じゃ、こんがらがってしまいそうだし。

「ねえ、君には名前はあるのかい?」

「コード0079―1152―4104―」

「いや、そうじゃない。なんというか、ニックネーム? あだ名……人間に呼称される用の名前? みたいなの」

「ハカセハ、ガブリエルト、ヨンデクレマス」

「ガブリエル、ねえ。へー」

 あの博士、やっぱりクレイジーなのではないだろうか。ネーミングセンスまでぶっとんでる。

「じゃあぼくもガブリエルと呼ぶことにするよ」

「カシコマリマシタ」

 ロボ――じゃなかった、ガブリエルのあとについていくと、今度はガラスの向こう側にベルトコンベアがずらっと並んだ空間がみえた。

「ココハ、ショクリョウノ、セイサンシツデス。トテモ、コウリツテキ、デスヨ」

「たしかに……ちなみにどれくらい効率的なの?」

「データデハ、100ニンガア、イチニチ、フジユウナクスゴセル、ショクリョウヲ、10フンデ、セイサンシマス」

「ふーん。はやいな……どうやってつくるの? 材料は入れなきゃダメなんでしょ?」

「ドローンガ、ザイリョウヲ、トウニュウ、シマス。ニンゲンハ、タダ、メニューヲセンタク、スルダケデ、ヨイノデス」

「全自動ってことか」

 全体像は見えないが、作業を並列で処理することで、スピーディーにクッキングしちゃうのだろう。だからこんなに面積をとるわけだ。

「うん、デカくない?」

「……ホウ」

「あと、これって人間しか使わないんでしょ? なんというか、それって広い視野で考えるとさ、不必要なものなんじゃない? 少なくともロボットにとってはただのガラクタでしょ」

「……タシカニ」

 ガブリエルがフリーズした。そしてまた先ほどと同じように点滅を始める。ということは。

 やはり、爆発。

 工場の一室のような場所が爆発する様は、すごかった。ガラスの壁のおかげで爆風に吹き飛ばされることはなかったけれど、視覚ばかり刺激されて、映画のワンシーンを見ているような気分だった。何もいえず口を開けたまま、爆発がおさまるまで突っ立っていた。

「……よ、よくこのガラス壊れなかったね。音もそんなに聞こえてこなかったし……すごいガラスなんだろうね」

「ソレハモウ。ハカセノジマンノ、キョウカガラスデス」

 この案内役のロボット、本当は爆弾魔ロボットなんじゃないのか? ためらうことなく機械を消炭にしていくし、そのことをぜんぜん気にしていない。

 あー、目がちかちかする。爆発を間近で見たのだから当然だが。

さすがにさっきの爆発はまずいのでは、とおもったが、博士たちは駆けつけてこない。まだばれていないようだ。

「オツギハ、ゼッタイニ、スバラシイ、デスヨ。コチラデスヨ」

 再び案内されて、ガブリエルが示すガラスの向こう側には、アンドロイドがいた。いや、展示されていた、というべきか。マネキンみたいに立たされていたり、座っていたりしたままでうごかない。電源が入っていない。

 パーツごとに並べて説明してあるコーナーまであった。ちょっとグロテスク。

「コレハ、ヒトガヒトヲ、ツクルトイウ、ユメヲ、ジツゲンスル、ダケデハ、アリマセン。アタラシイ、ヒトノウツワヲ、ツクリダス、コトガ、デキタノデス。パラダイムシフト、デス」

「労働力にもなるし、寂しくないし、永遠の命を手に入れることもできる。本当、夢の様な技術だね」

「ソウデス。ユメダッタノデス」

「……もしかして君、以前は人間だったとか?」

「イイエ、ウマレタ、トキカラ、キッスイノ、ロボットデス」

「あ、そう」

 もう人間はとっくに神の領域にきてしまったのだろう。感慨深いのか、罪深いのか。

 人間が少しずつ積み重ねていった技術の階段が、ようやく天まで届いたわけだ。まあ喜ぼうじゃないか。

「ところで、ガブリエルは人間になりたいっておもったことはない?」

「アリマセンガ、ソレガ、ナニカ」

「いや、人を機械化できるようにはなったけれど、その逆の、機械を人間化する技術はないなって。でも人間化ってなんだろうね。自分でいっておいてなんだけど。人間をつくる……頑張ればできるのかな?」

「ニンゲンカ……キカイヲ、ヒトニ……」

 ガブリエルがフリーズした。しまった、このパターンはまた爆発してしまうか⁉ 何か感想をいう度に爆発が起きてしまうということを、学習するべきだった。もう感想はいうまい。

 しかし、もう遅い。いってしまったものはもどらない。

 名も知らぬアンドロイドたちよすまない。――と、爆発を覚悟したが。

何も起きない。

 そのかわり、ガブリエルの体が赤く点滅し始めた。

「どうしたんだ?」

「……エラー、エラー」

 エラーメッセージでこたえてくれたが、一体何がエラーなんだ。

「どうした? ガブリエル?」

「エラーエラーエラーエラー」

 点滅がどんどん早くなっていく。何か、やばい。

「エラーエラーエラーエラーエラーエラー」

 とうとう点滅せずに赤く発光するようになった。

 その光は強くなっていく。ぼくだけじゃなく、廊下全体を照らすほどの光を振りまいたのち。

 ガブリエルは。

 ロボット園は。

 ――――。

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