第2話
高校1年生。ある秋の昼休み。いつものように、なんとなくクラスの男子5人で弁当を食べる。
女子じゃあるまいし、机をくっつけたりはしないけれど、この商業科のクラスで男子は5人しかいないとなると、否が応でも団結するものだ。弁当は基本的にこのメンバーで食べている。
サッカー部の奴は席を外している。ミーティングらしい。部活や何かの用事で1人や2人欠いているのはよくあることで、大した気にもしないのだが、今日いつにも増して空席が目立ったのは、それが特に用事もないはずの翼だったからだ。
「あれ、翼は?」
「知らね」
まぁトイレでも行っていればそのうち戻って来るだろうと思い、先に弁当を開けると、箸がない。
「あ、箸忘れた。売店で買ってくるわ」
ランチメイトに素っ気なく告げて売店へ行く。5円の出費は痛いな、などと考えながら階段を降りて、1階の大ホールを通る。その時、目にした光景を、僕は信じられなかった。
翼が、女の子と弁当を食べている。小さなテーブルを挟んだ向かいにいるのはクラスメイトのアスカで間違いない。目を見張った。そんな話は聞いていない。
この学校では、大ホールに木製のベンチとテーブルが何セットも設置されており、小規模なフードコートのようになっている。そして昼休みにそこを陣取るのは、約半数がカップルなのだ。
その上、大ホールは筒抜けになっているため、全ての階から丸見えだ。つまり彼らは公認カップルなのである。
その中に、翼とアスカ。翼は僕らに見せるのと変わらない、爽やかな笑みで楽しそうに笑っている。その笑顔を見ると、翼を好きになる女子の気持ちにも納得がいくような気がした。
「そういう、ことなのか……!?」
商業科男子5人の中で、僕が特に関わっているのは翼だ。彼はギターをやっているけど軽音部がないので帰宅部。勉強もスポーツも中の上くらい。
ほかの3人は、ざっくり言うと合唱部のガリ勉と、サッカー部のチャラ男と、数学部のサイコパス。悪い奴らではないけれど個性が強すぎて扱いが難しい時もある。翼も同じことを考えているようだった。だから僕らは気が合うのだと思っていた。
翼は女子に興味津津なタイプではなかったから、そんな話題は今までしてこなかったけれど、彼女ができたのなら言ってくれたっていいのに。
売店は混んでいて、パンは売り切れ寸前だった。用事が箸だけで良かった。精算を並んでいると、僕のひとつ前には、前の人が進んでいるのにベンチの方を見て石のように固まって動かない、ポニーテールの女子がいた。
「チアキ……」
僕が声をかけると。
「ねぇ、あれ、なに?」
カップルらしき翼とアスカを遠慮なく指差して言った。チアキも気づいてしまったようだ……。
「僕も分からない」
「え、ねぇなんでなんで?
「話してくれるか分からないけど、後で聞いてみるよ」
動揺するチアキをなだめたが、彼女はまだ不服そうだった。それもそうだ。チアキは、翼のことが好きだったから。
掃除が終わってから部活が始まるまでの時間、教室は徐々に閑散としていき、ついに翼と2人きりになった。好機を逃すまいと慎重に問う。
「今日昼休み、どうしたの?」
涼しい目で翼がこちらを見る。
「あ、大ホールでアスカと食べてた。付き合ったんだ」
「マジで、急だな」
「うん」
「いきさつとか、なんか、ないの?」
「いきさつ?んー、先週くらいにLINE追加されて、時々LINEくるようになって、一昨日だったかな、告られてって感じ」
「初彼女か」
「まぁな、アスカに言うなよ?」
と大体の情報を得た。「わざわざ周りに言うほどのことでもないと思った」とのことで、特に隠している様子ではなさそうだ。
「じゃ、涼、部活がんばってな」
と翼はクリクリの二重を細めて去っていった。
野球部のトレーニング中、いま知ったことをチアキになんと伝えるべきか考えていた。できるだけ柔らかく、傷つけないように。
しかし、どんなに遠回しに表現しても2人が付き合い始めたという事実は変わらない。
ある意味、僕にとっては好都合だが、彼女の絶望する顔を想像するとつらくてどうしようもないのだ。
吹奏楽部のチューニングの音が響く。よく響くあの楽器、トランペットの音の中にチアキもいるはずだ。
ランニングはきついけれど、大会で選手になれれば吹奏楽部の応援、僕に向けられたチアキの生演奏が待っている。
僕は走り続けた。
部活が終わる時間は吹奏楽部とちょうど同じで、チアキと一緒のバスで帰った。
「アスカから、だって」
「ふぅん」
チアキはそっけなく答えるが動揺が隠し切れていない。
「ほんと意外だよな」
チアキは無言でアスカのSNSを探っていた。よほど、ショックを受けている、あるいは憎いのだろう。チアキは翼のこと陰ながらずっと追っていたから。
「まだ高校生活始まったばっかじゃん、他にもいい人いるから大丈夫だって」
「うん」
チアキは一瞬こちらに目をくれたが、すぐにスマホに戻った。でもその時たしかに美しいと思ったのは、黒い瞳を飾るように潤わせた目だった。逆にチアキに彼氏ができれば僕がこんな目をするのかもしれない。
異性を心から想う顔ってこんなにも美しいくて切ないのか。好きな男に想い暮れる好きな人を、美しいなんて思う自分に呆れ笑ってしまった。
でも、高校生とはそんなものか。チアキのことは関係なしに、友達である翼に初彼女ができたのはおめでたい。二人のことは微笑ましく応援することにする。
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