第2話 加流奈

すぐにでも、冒険の旅に出たかった。

まずは日本の山脈を縫うように登るところから。この国の霊峰を、この目と耳で、身体と心で、見る。


医者の家系だから頭も身体も出来が良かった。精神にも異常はない。だから、人の限界に挑む。冒険家に、なりたかった。


自分の興味や好奇心で何かに没頭する冒険家ではなく、人の行けないところに行ってそれを目や耳、心と身体全体で体験し、そこに行けない人や行きたかった人に伝える。多くの人をよろこばせるための冒険家に。


しかし、親が首を縦に振らなかった。

何時摸野いつものという名字に違わず、前例を重んじる保守的な家系だった。まずは医者になれ、話はそれからだ、の一点張り。


仕方がないので、外国のそれなりに難しい大学のそれなりに大変なところを早めに卒業してきた。それでも、医者になるための手続きが面倒で、気付いたら二十才。


身体は鍛えきったので問題ない。心も大丈夫。ただ、なんとなく、焦っている。早く冒険しないと。人生は短い。行ける場所は限られる。既に、一生掛かって行けるような深海や宇宙に行ける年齢ではなくなりつつある。


そんなとき、親が一人の女のカルテを回してきた。


ひ弱な少女。

入退院を繰り返している。それも、病だけではなく事故まで。そして、特殊な血液。


「親父と母さんの長年の研究は、この子の血なのか」


「そうだ加流奈。この子の血はAでもBでもOでもない」


全ての抗体をすり抜け、全ての人間に輸血できる血液。実現すれば、血液不足は世界から一掃される。


「しかし、被験者が圧倒的に弱い」


「そうだ。それに、加流奈、お前ならカルテを見ただけで分かるだろう。この子の心が」


「人の心は、持ってないな」


あるいは、心を深く閉ざしているか。事故の内容から見るに、この子は生きようとすることを放棄している。


「この子を任せたい」


「研究をか?」


「いや。研究は父さんとかあさんの領分だ。お前は、この子の心を、なんとかしてほしい。同年代だし」

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