第27話 水族館デート
「うわぁ~! すげぇ~!」
爽太は興味津々といった様子で、張りのある声を上げた。水族館の入場口を通ると、すぐ目の前には水中トンネルを模した廊下が真っ直ぐ伸びていた。半円状の透明な水槽には、色鮮やかな熱帯魚や珊瑚。頭上から降り注ぐ太陽光に模した照明を浴びて、より華やかさが際立っていた。まるで海の中を潜ったみたい。
そういえば、親と一緒に水族館へ来たことはあるが、いつぐらいだったろうか。あまり覚えてはいない。たぶん小学1年生ぐらいかも。記憶がうっすらとしているせいか、初めて来たような感覚。だからとても気持ちが躍っていた。
「うおっ! やべぇッ!! ペンギンが上を泳いでった! 早え~! カッコいい!!」
「あの子は、フンボルトペンギンだと思う」
頭上を見上げ興奮している爽太の側で、高木が冷静に答えた。爽太はハッとする。高木に視線を向けると、「なに?」と小声で聞かれた。
「いや、えっと……」
ついさっきまで高木の存在を忘れてはしゃいでいた自分が恥ずかしい。まるで子供じゃないか。ん? あれ? 俺は、小学4年で、まだ子供だから……、別にいいのか? 少し混乱しそうになる爽太。だが慌てて考え直した。いやいや、同じクラスの女子に、そんな自分を見せてしまったのが恥ずいんだよ。
「ちょっと、どうしたの?」
高木が少し訝しげにこちらを見据える。思わず体が強ばる。お、落ち着け俺。爽太はゆっくりと口を開いた。
「い、いや、その……、く、詳しいんだな。ほら、ペンギンの名前」
すると高木が目を丸くする。そして、ふわっとはにかんだ。その優しい雰囲気に爽太は思わず気持ちが高ぶった。だって、とても女の子らしかったから。学校での、生意気ですぐ拳をくり出す姿からは想像しにくい微笑み。そんな高木に、少しでもどきりとした自分が恥ずかしい。だが高木は、そんな爽太の様子に気づく素振りも見せず、どこか得意気に語り出した。
「胸のあたりにね、Uの字を逆にしたような太くて黒い帯が1本あるでしょ。それがフンボルトペンギンの特徴なの」
改めて水中を泳ぐペンギンを眺める。確かに、胸のあたりに黒くて太い帯があるなあ。
「それと、フンボルトペンギンは日本の水族館や動物園で一番飼育されているのよ」
「へぇ~。良く知ってるなぁ~」
つい素直な感想が漏れた。高木に視線を向けると、「ふふん」と、誇らしげに胸を張っていた。口元がなんだか勝気な笑みをたたえている。むっ、なんだこいつ、ちょっとムカつく。すると、高木が急に苦笑した。
「ほんとは、詳しくないんだけどね」
高木がそう自嘲気味に呟く。爽太はつい小首を傾げた。
「いやいや、そんなことないだろ?」
「ううん、だってね……、全部、細谷君の言ってたことをマネしただけなの」
「へっ? 細谷?」
「うん。ほら、細谷君ってさ、水族館が好きじゃない?」
高木にそう言われ、爽太は記憶をたどる。あっ、そうだ。確かアリスとのデートプランを考えてるときに、そんな話をしたかも。高木の持っていたシャーペンが細谷からもらったもので。それは細谷が水族館で買ったものとか。
爽太が記憶をたどっていると、高木が優しい声音で話し出した。
「いつだったか忘れたんだけど、細谷君がペンギンの話をしてくれてことがあったの。すごく楽しそうに喋るから、よく覚えててね。ほんとっ、細谷君って普段静かなのに、好きなことを喋るとそういうとこあるの。ふふっ。細谷君って、面白いよねっ」
「へっ……!?」
思わずドキッとした、その可愛らしい表情に。目じりは下がり、口元は嬉しそうに笑っていて。栗色の綺麗な髪が天井の照明に明るく照らされ、キラキラと光の粒子をちらつかせていた。心音が粗ぶる。お、落ち着け! 目の前にいるのは、た、高木だぞ!?
だが、いくら高木とは言え、女子が嬉しそうに、楽しそうに笑う表情は、なんと言えば良いのか、その、とても、魅力的だった。
ふと、そんな表情を引き出す細谷が、ちょっと羨ましく思えた。でも、なぜか、爽太の気持ちに、いら立ちが顔を覗かせる。それは、なぜだろう?
「ねぇ、爽太」
「はっ、はい!?」
高木のおしとやかな声に、爽太の返事が思わず強ばる。鼓動は早くなり、今目の前にいる高木を変に強く意識してしまう。喉元がしきりにうずく。何度も喉が鳴り、瞬きの回数も増え出した。一体俺はどうしちゃたんだ!?
高木が、淡くて薄い口を開く。少し苦笑しながら。
「もっと館内の方を見ていきましょ。まだ入り口付近だよ、私達」
「えっ!? あっ、そ、そうだな! い、行こう!!」
爽太が慌てながらも大きな返事をすると、高木は「うんっ」と小声で、爽太にだけ聴こえるように返事をした。耳が変にくすぐったい。
高木が爽太より少し前を歩き始める。
爽太も強ばった足を動かし、情けなくもそのままついて行く。
ゆっくり歩いているのに、鼓動は激しく息苦しさを感じる。目の前にいる高木をなぜか真っ直ぐに見れない自分がいた。今だ体験したことのない体の異常。これは一体何なのか。
考え込んだ爽太の脳裏に、ある言葉がよぎった。
『デート』
爽太は大きく喉を鳴らした。こ、これが、女子と、2人で、あ、遊ぶってこ、ことなのか。いやいや!? こ、これは、練習だぞ!? これが、アリスとなら、俺は、一体どうなっちゃうんだ……!?
手に汗を握る。爽太は強ばった顔をしながらも、徐々に薄暗い照明になっていく館内へ、高木と一緒に進んでいった。
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