第21話 高木からの手紙
「ふぁ~……」
爽太は大きなあくびをしながら学校の門を通った。校内には登校してきた生徒達が多くいて、明るく活発な声に満ちている。眠気が残る頭を揺さぶられているようで気分が悪い。
校内をとぼとぼと歩いていく。
昨日は、高木とのデートのことで頭が一杯で全然眠れなかった。自分からデートのお願いをしたとは言え、思い返すとすごく恥ずかしく、爽太は自分の部屋に戻った後激しく悶えてしまった。脳裏に浮かぶ高木の顔に、つい異性として意識してしまう。そのたびに爽太は「絶対に違うッ!!」と叫んでいた。明日、高木にどんな顔をすればいいのか。結局いい答えは出ず、今日の朝を迎えてしまった。
爽太は、ぎこちない足取りで考える。まったく、俺はどうかしている。いつも通りにしていればいいだけだろ。
頭ではそう理解していても、高木の顔を思い浮かべただけで頬が熱くなったのが分かった。
つっ!? お、俺はバカなのか!? 高木のことなんて、な、なんとも思ってないだろう!?
だが、どこか胸が高鳴っている自分がいた。
爽太の背筋に冷たい嫌な汗が滲む。
ま、まさか? 俺は、ほんとに……、た、高木のこと、す、す―――、
「ぜっ、絶対に違うーッ!!」
爽太の大きな声が、突如校内に響き渡った。昨日、自分の部屋で叫んだ言葉をまた口にしていた。
爽太の周りにいる生徒達がビックリする。何ごとかと、好奇の視線を浴びせてくるが、爽太はまったく気づいていない。大股で、地面をしっかり踏むように力強くずんずんと進んでいく。
お、俺は高木のことが好きとかじゃない! それは絶対だ! だ、誰があんな暴力ゴリラ女を好きになるか!! そ、そもそも高木とはデートの練習をするだけだっ!! 自分はデートというものに慣れなければいけない。そのために高木とデートする! 全ては―――、
アリスにデートを楽しんでもらうため! そしてもう一度、こ、告白するため!!
今度は、アリスの愛らしい顔が頭に浮かんだ。脈が速くなる。慌てて頭を左右に振った。疲れがどっと込み上げてくる。
「はあ、はあ……」
爽太は自分の下駄箱の前で息を荒くしていた。これから学校での時間が始まるというのに、精神的にも肉体的にもふらふらだった。家に引き返してベッドでぐっすりと寝たいぐらいだ。だがそうも言ってられない。
うっすらとくまができた瞳をぐりぐりと擦り、両手で頬をパチンと叩いた。気合を入れ、爽太は下駄箱の蓋を勢いよく開けた。
えっ?
爽太の瞳が大きく見開いた。
下駄箱の中におかしなものが入っている。
自分の上履きの上に、手紙らしきもの。
バンッ!!
思わず下駄箱の蓋を閉めた。
鼓動が激しくなる。
な、なんだ今のは!?
爽太は混乱していた。だが、頭の中では明確に一つの答えを導き出していた。
『ラブレター』
爽太の喉がごくりと鳴る。
い、一体誰が!?
もらえる理由がまったく見当たらない。嬉しい気持ちは微塵もなかった。今自分は色々と問題が山積みだというのに。
悪質ないたずらか。いや、きっと誰かが間違って入れたんだっ。
爽太はそう強く思い、もう一度自分の下駄箱を開いた。上履きの上に載っている手紙を凝視する。すると手書きで『爽太へ』と書いてあった。肩の力ががくっと抜ける。自分宛であることに泣きたくなった。だがもう仕方がない。恐る恐る、手紙を持った。チラリと裏を除くと、『高木』と書いてあるではないか。
「まじかよっ!?」
爽太は思わず大きな声を上げた。な、なんで高木が!? よりにもよってラブレターなんか!?
手紙を掴んだ手が下駄箱の中でわなわなと震える。
こ、これを俺にどうしろと!?
額から冷や汗が流れる。鼓動は高鳴るばかり。おどおどしながら助けを求めるように辺りを見渡した。すると、周囲にいた生徒達が爽太を不審な目で見つめていた。爽太はハッとする。
お、俺は何してんだ。こ、こんな事、恥ずかしくて誰かに言えるわけないだろ!?
爽太は周囲にぎこちない笑みを浮かべた。何にも無いですよ~と、周囲にアピールしたつもりだが、周りの生徒達は爽太のにへらとした不気味な笑みを気味悪がり、そそくさと離れていく。
結果はどうあれ、チャンスだ。
爽太は急いで手紙をポケットにしまい込んだ。慌てて上履きに履き替え、早足で校舎へ。
廊下を小走りで走りながら、高木の手紙をどうするべきか必死に考える。だが良い案が浮かばない。そもそも、中身を見て見ない事には始まらないと思った。
早く手紙を読みたい。でもどこで読めばいい? 教室か? いや絶対無理だ。隠れてこっそり読むなんてできっこない。じゃあ体育館の裏? いやそれだと昼休みになる。いや、昼休みだと誰かに見られるかもしれない。それだと、放課後か。いやそこまで待てない。
爽太は頭を荒々しくかく。このままだと教室についてしまう。
誰にも見られない、隠れられるような場所はどこかにないものか。
焦りと緊張で胃がきりきりと痛むだした。思わず足を止める。何だかまずい気がした。と、とりあえずトイレに―――、
「はっ! そ、そうだよ!! ト、トイレ!!」
表情がパッと明るくなる。トイレの個室があるではないか。
急にお腹の痛みは引いた。だが爽太は近場にある男子トイレに駆け込み、空いていた個室に入った。急いで戸を締め、鍵をかける。
ひとまず落ち着く。ここなら安心して、高木の手紙を見られる。爽太は便座に腰を下ろし、ポケットから手紙を取り出した。
手が震える。一体何が書いてあるのだろう。
『実はずっと前から好きでした。アリスちゃんにフラれたら私と付き合って下さい』
そんなことが書いてあったりするのだろうか。はっ!? もしかして、高木があんなに自分に協力的なのはそう言う事だったり……。
爽太の脳内妄想が膨らむ。
って、今はそんなことをしてる場合じゃないだろう!?
爽太は激しく頭を左右に振る。
手にした手紙を凝視する。
「……、よ、よしっ!」
爽太は小声で気合を入れると、恐る恐る手紙の封を開いた。
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