第20話 デートの練習相手は

 高木の頬に赤みがさしていく。口元はわなわなと小刻みに震え、返答に困っている様子だった。爽太は恥ずかしい気持ちを押え、もう一度強くお願いした。


「た、頼む! 高木! 俺とデートしてくれっ!!」

 

 両手の平を合わせ必死に拝む爽太の姿に、高木は目を見開く。


「なっ!? いきなり何を言ってんのよ!? ば、バカじゃないの!? バカなのっ!?」


 高木は目を吊り上げ声を荒げる。だが爽太は引き下がらない。ここで逃したらもう頼めないと思った。


「ぐっ……! あ、ああ! バカだけど、頼む!! 俺とデートしてくれっ!! デート!!」

「あ、あんたとなんでデートしなきゃいけないのよ!? 絶対嫌!! バカ!! 変態!!」

「なっ!? ぐぐっ!! お、俺だって! お前みたいな暴力ゴリラ女とデートなんかしたくねえよっ!! あっ――」


 高木に罵倒されムカつき、つい口が滑った。すぐに気づいた爽太は謝ろうとしたが、


「だ、誰が暴力ゴリラ女ですって……!?」


 高木が顔を真っ赤にし、右手を力強く握った。腰を低く落とし、正拳突きをくり出さんばかりの様子だった。


 そういうとこだ、そういうとこっ!! 


 爽太は両手を前にかざし、高木を宥めるようにしながら口を開く。


「ちょ、ちょっと落ち着け!! お、俺の話を聞い――」

「うっさい!!」


 高木の拳が空を切った瞬間、爽太は声を上げた。


「アリスのためなんだッ!!」


 ピタッ! 


 高木の右ストレートが止まる。拳は爽太のTシャツに微かに触れていた。爽太はごくりと息を飲む。高木は右腕をゆっくりと引き戻すと、爽太に睨みを利かせる。


「アリスちゃんのためって、どういうことよ?」


 荒々しい口調だった。返答次第ではまた拳が飛んでくるかもしれない。爽太は薄氷を踏むような気持ちで恐々と言葉を発する。


「その……、デートの練習をしたいんだ」

「はい? デートの練習?」


 高木の眉間が険しくなる。それでも爽太は話を続けた。


「そ、そう。俺さ、女子と2人で遊びに行った事なんて無くて……。は、初めてなんだよ!で、デートなんか!! そんな俺がアリスとデートなんかしたら、緊張し過ぎて、きっと今日考えたデートプランなんて達成できない! こ、告白もできない!」

「……ふ~ん、でっ?」


 爽太の必死の訴えに、高木が鋭い目つきで先を促してくる。


「だ、だから! デートの練習をさせてほしい!! 女子と遊びに行くことに少しでも慣れておきたいんだ!! それで、今日考えたデートプランも練習できるし!!」


 冷ややかな視線を向ける高木が、少し考えるような素振りを見せた。爽太はここぞとばかりに早口でまくし立てる。


「だから頼む!! 俺とデートしてくれッ!! 高木にしか頼めないんだよっ!! それに、お、俺は、アリスの彼氏だから!! アリスにデートを楽しんでほしい!! アリスにつまらない思いをさせたくないんだッ!!」


 両手の平を合わせ拝むような形で、高木に頭を下げた。自分の両足だけが視界に映る。高木が今どんな顔をしているのか分からない。見る勇気が無かった。急に静かになる部屋の中で、爽太は自分の大きな鼓動を全身に感じながら、判決のときをじっと待った。


「わ、わかっ……よ」


 小さな声がした。上手く聞き取れない。でも、高木が何かしゃべったことは確かだった。

 爽太はゆっくりと頭を上げると、目の前には顔を赤くした高木がいた。爽太から少し目をそらし、腕をがっしりと前に組んでいる。


「えっと、高木?」

「つっ!? な、なに?」


 高木がキッと鋭い目つきでこちらを見据える。


「ひっ!? い、いやあの!? さっき何て言ったのかなって……」

「はあっ!? な、なんでちゃんと聞いてないの!?」


 高木の怒声に爽太はたじろぐ。声が小さすぎて聞こえなかったとは言えない。


「ふんっ! このバカ!!」


 高木は爽太にそう言い放つと、部屋のドアを開け出ていく。


「えっ!? お、おい高木!?」


 爽太はずんずん前を進んでいく高木を小走りで追いかけていく。頭の中で、高木はデートの練習についてOKしてくれたのか、NOなのか、考えるもまったく分からなかった。

 返事について聞こうと思ったが、ちょうどそこにタイミング悪く、爽太の母である絹江と出くわしてしまった。

 高木は少しおどおどしながらも丁寧な挨拶を交わし、絹江と一緒に玄関前へ向かう。

 話しかけるタイミングが見つからない。

 そうこうしているうちに、高木は玄関で靴を履き終え、引き戸に手を掛けた。絹江がにこやかに手を振る。高木もぎこちなく手を振った。爽太には目もくれず。そして玄関をくぐり外へ出ていってしまった。


 うっ!? ちょ、ちょっと待てよ!?


 気づいたら爽太は駆け出していた。靴も履かず、玄関をくぐり外へ出て、あたりに視線を向ける。

 早足で歩いている高木の背中を見つけた。


「た、高木!」


 爽太の声に反応し、高木が歩みを止めた。小走りで駆け寄る爽太。

 高木は背中を向けたままだった。爽太は少し荒い息を整えながら、どう声をかければいいかわからなかった。でも、このままじっとしているわけにもいかない。

 爽太はぐっとお腹に力を入れ口を開くと―――、


「今週の土曜日」

「はっ! は、はい~?」


 爽太は空気の抜けるような声を出した。すると高木がこちらに振り向く。

 強ばった表情をしていた。夕空の茜色の光が高木を照らし、表情がとても赤くなっているように見える。

 爽太がじっと見つめていると、高木が声をはる。


「今週の土曜日!」

「えっ!? ど、土曜日? えっと、その」


 急に言われあたふたする爽太に、高木が距離を一歩つめる。


「午後の1時30分! 水族館にくること!! 遅れたら、承知しないからッ……!」


 高木が凄みを効かせ言い放つ。そこまで言われて爽太は気付いた。それってつまり―――、


「高木、それって、デー」

「い、言わないでッ!!」

「ひっ!?」


 爽太は思わず口をつぐむ。高木が爽太に詰めより、口を慌ただしく開く。


「わ、わかってるわね!? これはアリスちゃんのため! あんたのせいでつまらない思いしてほしくないからッ!! 仕方なくよっ!? 分かってるッ!!」

「は、はい……! も、もちろん、そ、そうですよね!!」


 爽太が大きく頷くと、高木は爽太から離れる。そしてくるりと背を向けると、


「水族館の近くにある、イルカの噴水で……、ま、待ってるから」


 少し小さな声で告げた。


 爽太は小さく口を開く。


「お、おう、分かった……」


 爽太がそう言い残すと、高木が早足で去っていく。

 爽太はバクバクと大きく打つ鼓動を感じながら、だんだんと小さくなっていく高木の背中を見つめる。高木の背中が見えなくなってからも、しばらくその場でたたずんでいた。爽太の頭の中では、土曜日の高木との水族館デートのことでいっぱいになっていた。

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