第8話 お家へご招待
爽太は、正面にいるアリスに目が見開く。驚きの表情とともに、アリスのことを凝視していると、スッと目線を外されてしまった。アリスは少し顔を横に向むける。なんだか嫌がっているように思えて、爽太の胸がちくりと痛む。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。なぜ、今ここにアリスがいるのか。
下校時間に、アリスはクラスの女子達と家に帰ったはずじゃあ……。
するとアリスが、おもむろに爽太の方へ顔を向けた。少しムスッとした表情だが、爽太の顔を見つめている。
お互いに沈黙。爽太の全身に緊張が走る。すると、アリスの右手がゆらりと動いた。
ビクッ!?
思わず身構える爽太。また、頬を叩かれるのではないかと、怖さで体が反応してしまう。だが爽太の思いとはうらはらに、アリスは右手を水色のスカートに伸ばし、ポケットに片手を突っ込んだ。爽太はただじっとアリスの動きを見つめている。
するとアリスがポケットから、白のハンカチを取り出した。爽太は思わず声が出た。
「あっ! そっ、それ……!」
今日俺が、アリスの下駄箱に返したハンカチ。
「そうた」
「いっ!? はっ、はい!!」
名前を呼ばれ、爽太の背筋がピンッと伸びる。アリスは気難しそうな表情を爽太に向けながらも、小さく呟いた。
「ありがと」
「えっ?」
爽太はただ茫然としていた。
アリスは日本語で、少しおぼつかない感じのお礼を言うと、ふっ、と爽太から視線をそらした。そして背中を向け、その場から立ち去ろうとする。
爽太の鼓動が早まる。もう、アリスとこんな風に話すチャンスはない。
「アッ! アリス‼」
ピタッ。
爽太の呼び止める声に、アリスが止まってくれた。ゆっくりと爽太に向き直る。不満そうに、眉根を寄せながら。
うっ……。
そんなアリスに見つめられ、爽太はたじろぐ。何をしゃべればいいか分からなかった。だが、何も口にしなければアリスはまた去ってしまう。また呼び止めても、今度はきっと止まってはくれない。いったいどうすれば……、あっ。
アリスが手にしている白いハンカチに目が止まった。
爽太はハンカチを指さし、そのまま体が固まる。
怪訝な顔をするアリス。
爽太の額に一筋の汗が流れていく。
お、俺は一体何してんだ!? ハンカチを指さしてどうすんだよ!?
「そ、その! ハンカチが……、えっと~、お、落ちてたから、拾ってさ! それで、げ、下駄箱に返して……、ん? あっ、あれ?」
しどろもどろでしゃべりながら、爽太はふとある事に気付いた。
そういやなんでアリスは、ハンカチを下駄箱に入れたの俺って知ってるんだ?
朝早い時間、学校の下駄箱付近には爽太しかいなかった。それはちゃんと周りを見渡して確認していた。
「そのハンカチ……、なんで俺って? ああ~、えっと……」
爽太は身振り手振りを交えて、必死になってアリスに伝えた。
するとアリスが、少し警戒しながら爽太にじりじりと近づいてくる。ハンカチを持ってない片手で、水色のスカートをしっかり押さえながら。
その様子に爽太の気分が重くなる。
そんなに身構えなくても……。もうスカートをめくったりしないって……。って、そんなこと言っても信じてもらえないか……。
そんな自分にへこんでいる間に、アリスは爽太の手の届く距離まで近づいていた。
爽太の鼓動が大きく脈打つ。
するとアリスは突然、白のハンカチを爽太の顔に近づけだした。
「えっ⁉ ええっ⁉」
突然の行動に焦る爽太。だがアリスはそのままゆっくりと、ハンカチを爽太の顔に近づけていく。そして、白いハンカチの柔らかな感触が、爽太の鼻に触れた。
そして、謎が全てとけた。
「あっ! あーーー‼‼ お好み焼きの匂いか‼‼」
爽太の大きな声にアリスがびっくりする。だが爽太はそんなアリスを気にせず勝手に喋り出す。
「そっか、そっか‼ 昨日、俺、ハンカチをポケットに入れっぱなしだったもんな‼‼」
「そ……、そうた?」
「それでそのまま店の手伝いしちゃったから‼」
「そ……、そうた?」
「その時に、ソースの匂いとかがついちゃったんだなあ~! そっか、そっか~‼」
「……、そ! う! た!」
「いいっ⁉ は、はいっ⁉」
アリスが声高らかに、爽太の名を呼ぶ。1人納得顔だった爽太は、慌ててアリスを見る。なんだか不満げな顔をしているアリスが、そこにはいた。
「おこのみ・やき?」
アリスの不思議そうな声音。爽太は戸惑うも、ハッと気づく。
もしかしてアリス、お好み焼きを知らないんじゃ。
「あっ、えっとさ! 俺の家、お好み焼き屋でさ! お好み焼き、っていう食べ物を作ってて! あっ、えっと……、フード! その~……、 スシ! テンプラ! オコノミヤキ‼ って、言う……ね。お、オッケー?」
何とも情けない、片言の英語だった。
ちゃんと伝わってるかな……。
爽太は恐る恐る、アリスの表情をうかがう。そこには―。
「えっ⁉」
大きく見開いた瞳に、好奇心でいっぱいのアリスの顔があった。
「おこのみ、やき?」
不思議そうに、でもなんだか楽しそうに呟くアリス。口元が優しい笑みを浮かべ始めていた。
もう見れないと思っていたアリスの可愛いくて、楽しそうな表情。
転校初日のドキドキした気持ちが蘇る。
もうこんなチャンスはない。
「あっ、あのさ‼」
「?」
首を少し傾けるアリス。
「そ、その……。くっ‼ ア、アリス‼‼ お、俺の家に来てほしい‼‼」
なおも首を傾げるアリス。爽太は記憶にある、ありったけの英語を口に発する。
「レッツ、イート! お、お好み焼き! フード! 俺のホーム‼‼」
高らかに叫んだ爽太。その言葉にアリスの口元は、ふわりと微笑んだのだった。
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