第4話 涙と白いハンカチ
アリスの不思議そうな瞳に見つめられ、爽太の顔が強ばる。
「えっと……」
アリスになんとか声をかけようとするも、上手く言葉が出てこない。さっきまで楽しく笑っていた自分が嘘のようだった。
爽太の額に嫌な汗が滲む。
そんな爽太の異変に気付いたのか、アリスが訝し気な目を向けてくる。
爽太の心音が大きく脈打つ。
これから自分が何をしでかすのか、バレたんじゃ……!?
するとアリスが、急にニコッと笑みを見せた。
えっ?
その仕草に、茫然とする爽太。そんな爽太の前で、アリスは手にしているホウキに力を込める。全身を少し前にかがませたかと思うと、
ピョン!
勢いよく飛び跳ねた。
今までで一番高い跳躍。
アリスの水色のスカートがふわりと舞い、白くて艶やかな両足が爽太の目の前であらわになる。
「つっ!?」
爽太は思わず驚きの声を上げた。
その一瞬の出来事に、頬が赤くなる。
着地したアリスは、爽太の顔を覗き込んだ。今の魔女のモノマネはどう? 面白いでしょ? と伺うかのように。
だが、爽太は笑う余裕が全くなかった。思わず視線がアリスの水色のスカートにいってしまう。アリスの白くてキレイな両足と、遊び心を誘惑するように揺れた水色のスカートの映像が頭に焼き付いて離れない。
そして、爽太の心の中の悪魔が囁く。
またとないチャンスだ、と。
「そうた?」
アリスの声にハッとする。慌てて視線を上に戻すと、両頬を少し膨らませ、不満げな表情のアリスがそこに居た。
爽太は、慌てて口を開く。
「いや、あの、そ、その―」
なんとか言葉を紡ごうとしたとき、
「アリスちゃん!!」
アリスの名を呼ぶ大きな声が廊下に響く。
高木の声だ。
アリスがそちらに振り向く。
爽太も視線を移した。
高木が少し焦るような様子で、こちらに早足で近づいてくる。そして爽太に、威嚇するかのような鋭い目つきを向けた。
爽太の脈が速くなる。思わず視線を逸らすと、クラスにまだ残っている男子達や、掃除当番の女子達が目に映る。
男子達は、今しかないぞ! 早く! と急かすような瞳。
女子達は、アリスちゃんに手を出すんじゃないッ! と戒めるような瞳。
両者の思いにきつく挟まれ、爽太の大きな鼓動が、体震わせる。
一体どうすればいいのか。
「そうた?」
「いっ!?」
名を呼ばれ、そちらに顔を向けると、アリスの丸い瞳が爽太を見つめていた。
何か見透かされているような気がして、爽太の額から汗が一筋流れる。だがアリスは――、
ニコッ。
えっ。
とても愛らしい微笑みを爽太に見せた。
爽太の胸が高鳴る。ずっと、このまま見ていたい、そんなことが頭をよぎった。だが―、
視界の端に、高木がもうこちらに迫っているのを見てハッとする。
もう迷う時間がない。
爽太の視線が、アリスの水色のスカートにいく。
ここで怖気づいてしまったら、俺は……、男子皆からきっと、いくじなしと思われる。
爽太は、覚悟を決めた。
もう、やるしかない。
それに―。
アリスに視線を戻す。
明るい笑顔で、ホウキにまたがっている彼女。
アリスなら、謝ったら許してくれる。
そんな身勝手な安心を担保に、爽太は手にしていたホウキを手放した。
アリスの目が、廊下に落ちていくホウキを追いかける。爽太はその隙に自分の両手をアリスのスカートより下に構えた。
カラーン、カラン。
爽太の手放したホウキが廊下に打ち付けられ、乾いた音を立てた。それを合図に、爽太は両手を大きく持ち上げた。
高木をはじめ、クラスメイトが甲高い声を上げざわついた。男子からは歓声が、女子からは非難の声が。
水色のスカートが、アリスの膝丈以上に舞い上がる。
はだけたスカートからは、アリスの瑞々しくてキレイな白い両足。さらに、純白の三角のシルエットがはっきりと見えた。爽太の目が釘付けになる。
ほんのひとときの出来事。ふわっと、水色のスカートが静かに舞い降り、アリスの足の付け根から下を覆い隠した。
ハッと我に返る爽太。しばらく水色のスカートを見つめていた。
すごく怒った顔をしてるんだろうな、とアリスの表情を想像する。
息を飲みつつ、そっと視線を上げ、アリスを見た。
えっ?
爽太は目を丸くする。
アリスは、無表情だった。
予想外のことに、爽太が少し唖然としていると、
バチン!!
「つっ!?」
爽太は何が起きたか一瞬解らなかった。だが、ぐわんと揺れた視界に、左頬に感じる強烈な痛み。アリスに何をされたのか分かった。
爽太は眉間にしわを寄せ、いら立ちをあらわにアリスを見据えた時だった。
じわっ。
アリスの瞳が潤んだ。
なっ!?
初めて見た、アリスの悲し気な顔。
アリスの瞳が潤みを帯びていく。そして瞬きすると、涙がこぼれ落ちた。
そんなアリスの様子に、爽太はもう戸惑うことしかできなかった。予想していた怒った顔はどこにもなかった。爽太の目の前には、ただ悲しく傷ついた、はかなげな女の子がそこにいた。
「ア、 アリス」
爽太が弱々しく声をかけたが、
アリスは爽太の声を無視し、手にしていたホウキを無造作に手放して、くるっと背を向けた。
そして小走りで廊下の向こうへ、高木の横を通り過ぎ去っていった。
唖然とする爽太と男子達をよそに、
「爽太のくず!」「ゴミ!」「最低!」「変態!」と女子達が大きく罵しり、慌ててアリスを追いかけていった。
廊下に茫然と佇む爽太。それを悲痛な顔で見守る教室にいた男子達。
爽太は左頬をさすりながら、自然と俯いてしまった時だった。
視界に白い布みたいなのが落ちていた。
爽太はおもむろにかがみ、弱々しく手を伸ばして拾い上げる。
白くて、キレイなハンカチだった。
これって、アリスの。
スカートがめくり上がった時にポケットから落ちたのだろうか。
爽太は強い罪悪感に包まれながら、力の無い目で白いハンカチを見つめていた。
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