第3話 『彼女たちは同居人③』
「はぁ……」
漸く先程の場所から離れ、目的の店に到着。散々な言われようだったが、結局彼女は警備員を呼ぶこともしなかった。ならばもう会わないだろう相手にわざわざ誤解を解く必要もない。
(どれを買っていけば喜ぶか……分からん)
だが同居人相手なら話は別だ。人間関係が面倒だからとは言え、それをしないことで嫌われてしまったら余計面倒な事になるかもしれない。無関心なのは嬉しいが、嫌われてしまうのは何かと困ることもあるだろう。
(1120円か……。まぁ背に腹は変えられない)
探し回ること数分、ようやく見つけたのは手土産に良さげな和菓子。ちょうど5個入りなので持っていくにはぴったりだ。それにどうやらラスト一つの様で、他を探している間に無くなってしまうかもしれない。少々予算オーバーだがこれを買おう、と旺太郎は決心し、手を伸ばす。
「……」
「……」
が、隣にいた女子の手が同時にその和菓子を掴む。
(悪いがしかし、ここは譲れない)
折角見つけた、予算も手土産にもぴったりな和菓子。それにラスト一つときた。
もう一方の手で丁寧に相手の手を目的の和菓子から外し、別の和菓子の上に置く。目にも留まらぬ速さでこれをやってのけた彼は、和菓子と達成感を持ってレジへと進む。
「待ってください」
旺太郎は、背後からの声に歩みを止めることも無くレジへと真っ直ぐに進んでいく。
(ふむ、何か言ってるようだが聞こえないな。『マッテクダサイ』、と聞こえたが気のせいだろう。あぁ、気のせいに違いない)
「待ってください!」
「……」
だが敵もそう簡単には旺太郎を逃してくれることはないようだ。服を掴まれ引っ張られる。一瞬、歩みを止めてしまったが、その程度で立ち止まる旺太郎では無い。
(そう、誰も俺を止められな……)
「待ってくださいって言ってますよね」
旺太郎は自らの意思ではなく、敵の手により立ち止まらざるをえなくなってしまった。どうやら旺太郎の想像した数倍、彼女の力が強かったようだ。
「……な、何か用でも?」
(面倒だ……)
こうなってしまっては仕方がない、と振り向いて服を掴んできた彼女と対峙する。ふわっとした黒い長い髪に、桜のような形の髪飾りをつけた女が、彼を睨み付けていた。
「そのお菓子、私が先に手に取りました」
「そうだったのか?はは、気付かなかった。あははは」
旺太郎は精一杯の爽やかな笑顔で対応する。
「その気持ち悪い顔、やめてください」
「おいコラ」
だがその笑顔を気持ち悪いと評され思わず怒りが漏れる。
「それに気付いてなかったわけないじゃないですか。私の手、どかしましたよね。それ、返してください」
旺太郎がお菓子を奪った行為に怒ったようで、彼女は眉間にシワを寄せて頬を膨らましている。
「気付いてたとして、まだあんたはこれを買ってなかった。だからあの時点ではこのお菓子は誰の物でもない。返すも何もないな」
売り言葉に買い言葉。旺太郎に人間関係を円滑に進める能力などあるはずも無いのだ。
「……そうですか。あなたの言うことも最もです。今回は譲りましょう」
そんな喧嘩腰の旺太郎に、彼女は笑顔で返事をする。
(……拍子抜けだな)
「では最後に、その商品を見せて頂けませんか?別の場所で買おうと思うので、見た目を覚えておきたくて」
それくらいは構わないだろう、と判断した旺太郎は、彼女に見やすいように和菓子を持ち上げ、正面へと持ってくる。
「はは、悪いな。是非そうして―――」
勝ち誇った笑みと共に、そう言いかけた旺太郎だが、
「ありがとうございます」
感謝の意を表しながら、女は逆に満面の笑みを浮かべ、
「―――は?」
瞬間、気付いた時には既に旺太郎の手にあった和菓子は彼女の手に握られていた。しっかりと握っていたはずなのに、かなりの力で持っていたはずなのに。そんな彼を気にもせず、彼女はレジへと小走りで駆けていく。
(この女……!)
「待て!」
彼も走って追いかけるが、彼女の速さに間に合うはずもなく。
「これください!お釣りは要りません!」
レジにそう言い放った彼女は、本当にお釣りを受け取ることなく、お金を置いて足早に店から出て行ってしまった。
「おっ、お客様!?1万円はいくらなんでも……!」
「いっ!?」
(1万円だと!?)
10倍の値段を払ってまであのお菓子が欲しかったのか、それともよほどの金持ちか。恐らく両方だろうが、旺太郎のような貧乏人から物を奪うなど、金持ちの風上にも置けない。
「……やられた」
店から出て少し追いかけてみる彼だが、彼女はもう視界からはいなくなっていた。やはり足が速い。たった数秒でこんなに逃げれるのか、と感心する。
「すみません、このお菓子は頂きました」
そんなことを考えている彼の横から、件の女の声が聞こえる。振り向くと、ニヤニヤと満足げな笑顔を浮かべる彼女がそこにいた。
「買ったのは私ですから、このお菓子はもう私のものですね」
「……」
(くっ……!さっきの仕返しか……)
旺太郎の言った事をしっかり覚えている彼女。自分の言った言葉で返されてしまっては、言い返すことすらできない。
(なんて性格の悪い女だ……。力も強ければ性格も悪いなんて、友達から嫌われているに違いない)
「私たちは四人なので、ひとつくらいなら差し上げてもいいですよ?あ、勿論ちゃんとお願いして頂ければ、ですけど」
ニヤニヤと満足げな笑顔をして話しかけてくる彼女に不快感を覚え、苛立ちを感じる旺太郎。彼がその苛立ちを我慢するはずもなく、
「お前、友達いないだろ。性悪ゴリラ」
表情にも苛立ちを隠さずそう言い放つ。
「な……っ!心外です!訂正してください!それに性悪ゴリラってなんですか!変な言葉作らないでください!」
旺太郎の言葉に怒りをあらわにする女。だが無論、彼に訂正する気などこれっぽっちもない。
「断る。事実を言っただけだ」
「……あなたのような人にはもう差し上げません」
そんな会話をしていると、彼の背後から女の大きな声が聞こえる。
「
「今行きます〜!」
その声に彼女が返事をする。どうやら彼女の知り合いのようだ。
「友達に呼ばれたので失礼しますね」
「友達……だと……!?」
(いや、嘘だな。こんな女に友達がいるはずない)
「何か失礼なこと考えてませんか?」
「友達がいるなんて強がらなくていいんだぞ?ひとりなのは悪いことじゃない」
慈愛に満ちた声と表情で彼女を励ます旺太郎。そんな旺太郎に彼女は余裕の笑みを崩さず、
「安心してください、お菓子は友達と美味しく頂いておきますから」
そう言って友達の元へと走り去っていった。
(クソ……!いちいち人を怒らせる事を言ってきやがる)
だが怒っている時間はない、と旺太郎は気持ちを切り替える。早く手土産を探さなくてはならない。勉強に費やす時間を無駄にしてしまっているのだ。多少妥協してでも見つけなければ、と旺太郎は足早に手土産探しに戻っていった。
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