第65話 予選開始!

 <武帝祭>の日がやってきた。


 といっても今日は予選だ。

 数百人規模で参加があるらしいからな。

 いちいちトーナメント形式でやっていたら何日かかっても終わらない。


 だから予選はバトルロイヤル形式で行われる。

 参加者を区画で割って、そこで勝ち抜けた64人が本戦へ進むことができる。

 予選の会場となるのは、なんと街中だ。


「出来ればあのバッカ黒歴史とは予選で当たりてぇが。街中なら障害物も多いからな」

「狙撃されて不利じゃないし?」

「先に見つかりゃな。だが試合場であたれば確実に金貨60枚が飛ぶぞ」


 予選に参加するのは僕、ラウダタン、そしてルッルだ。

 ルッルが勝ち上がれる事は期待していない。

 ただの修行の一環だな。


 結局、魔装具を買うための金貨60枚は貯まっていない。

 とりあえず僕の手持ちの金貨30枚を手付け金にして、借り受ける形で僕が預かっている。

 これで手持ちのお金はすっからかんだ。


 金に余裕ができたと思ったらこれだ。

 とことんお金には縁がない。


 しかし使わなければお金は帰ってくる。

 だがもし使ってしまったら、残りの30枚も支払わなくてはいけない。

 借金生活の到来だ。


「しかし凄い人数だな」

「今年は特に多いらしいな。<英雄皇子>と一戦やりてえっつうバッカ共が集まってんだとよ」

「あたしなんて655番だし」


 運営から渡された番号札には、参加順に番号が振られている。

 僕らは最後の方のエントリーだったと思うが、それにしても600人以上の腕自慢が集まっているわけだ。

 本線に残るだけでも熾烈な戦いになるのだろう。


 その時、首からかけた番号札の色が変わった。


「お、西区だぜ」

「あたしは緑だから南区だし。師匠は?」

「北区だな」

「全員バラバラか。バッカ弓士を取り押さえるのに協力するのは無理だな」


 この番号札も魔道具だ。

 時間が経つとランダムに色が変わる。

 ただそれだけの効果が何の役に立つのかというと、この<武帝祭>だけのために開発されたものらしい。

 さすが国を上げてのお祭りだな。


 僕らは互いに健闘を祈って、会場に向かった。



----


「それではルールの説明をします。奥の人も聞こえてますねっ!?」


 ギルド職員と思わしき男性が、大声で参加者たちに語りかける。


 区画で振り分けたといっても、まだ百人以上はいる。その上周りには見物客が騒ぎ立てていて、とても一人の声なんか聞ける状況じゃない。


 それでも職員の声がクリアに聞こえるのは、あの側に立っている魔法使いが風で声を運んでいるからだろう。

 アルメキア王国じゃ魔法使いはほとんど軍属になるから、こうして街中のお祭りで魔法を使っているのをみるのは新鮮だな。


 まああの魔法使いも軍属かもしれないけど。


「予選のルールは簡単です。皆さんが首から下げている参加タグを10枚集めて、<大迷宮>の入り口にいる職員に提出してください! 1対1で自由に戦って頂いて、倒した相手のタグを持っていてください!」


 なるほど。

 戦って相手から奪いとるわけだ。


「手持ちのタグが0枚になっても継続可能です! 一度負けてタグを取られたからといって失格じゃありませんからね!」


 強いやつ同士が潰し合ってたら、本戦にしょぼいやつが残る可能性があるもんな。

 そういうのをなくすために、一度負けても戦い続けられる限りは負けじゃないルールなんだろう。


「戦わずにタグを盗んでもいいですが、そんな風に勝ち上がっても本戦で恥をかくだけですよ!」


 まあそうだろうな。

 本戦は闘技場で行われる。

 そこでロクな強さも見せずに敗退するとどうなるか。

 強さ至上主義のこの都市では、生きずらくなるのは間違いない。


 僕は周りをざっと見渡す。

 中には駆け出しっぽい冒険者もいるが、ほとんどが中堅どころの実力のある冒険者たちだ。

 それなりに腕に覚えがあって参加しているのだから当たり前だな。


 この中で10枚のタグを回収して本戦に進むのは、運や偶然では難しいだろう。

 本当の実力が物をいう大会だ。


「それから、10枚以上のタグを持って<大迷宮>に来たら失格になりますので、不要なタグはその場に放置してくださいね! それでは、今から五分間は区画の中を自由に移動して頂いて結構です。五分後にタグが光ったら予選開始になります! ご武運を!」


 一斉に冒険者たちが走り出す。

 僕はその中にフォートか<英雄皇子>がいないか、注意して観察していた。

 しかしほとんどの冒険者が広場から姿を消しても、それらしき人物は見つけられなかった。


 どうやら別区画らしいな。

 くく、本戦で待ってるぜ……!



----


 あたしは街中を当てもなく走り回っている。

 南区はカフェや宿屋が多い区画だ。

 道の両脇にはたくさんの観戦者が、大きな声で声援を飛ばしていた。


「うう、あたし場違いだし……」


 こんな腕自慢たちが参加する大会に、まだ二ヶ月しか修行していないあたしが勝てる相手がいるわけないのだ。

 できればリタイアしたい。

 したいが、なんとこの大会には棄権がないのだ。

 そんな事は想像もつかないのだろうか。

 さすが脳筋界の頂点を決める大会である。


「<守護者>よ。あんな有象無象、お主の力であれば木っ端微塵じゃぞ?」

「武術大会で相手を木っ端微塵とか、歴史に残る大事件になってしまうし」


 もうちょっと力を抑えて使いたい。

 しかしムーシが言うには、<守護者>の力は1か0かしかないのだという。

 前の<守護者>であるジュリアンヌさんは、気にせず木っ端微塵にしてたらしいけど、あたしは絶対に嫌だ。


「おおっと、こいつぁ弱そうじゃねぇか」

「うわわわ……」


 ついに他の参加者に見つかってしまったし。

 思わず引き返したくなる。

 だが後ろからも他の参加者が迫っているので、逃げたところであまり意味はないだろう。


 あたしは覚悟を決め、迫ってくる狼風の男に突きを放った。

 真ん中を狙ったが、直前で回避行動を取られる。

 だが油断していたのだろう、完全には回避されずに脇腹にあたった。

 

 狼男は苦痛に顔を歪めて、バックステップで距離を取った。

 周りの観客から歓声があがる。


「ちっ! 見た目通りじゃねえってわけか」

「いや、見た目通りか弱いんだし! 手加減してほしいんだし……!」

「ふざけやがって。そんなのに騙されるかよ!」


 再び迫ってくる狼男。

 今度は姿勢が低い。

 それにジグザクに走ってくるから狙いがつけられない。


「どうしよう、どうしよう……! ええいっ!」

「あめえっ!」


 あわあわしながら放った突きは、空振りだった。

 狼男が横に回り込んでくる。

 拳を握っているのが見えて、歯を食いしばる。

 歓声が一際大きくなって――。


 痛いのは嫌だし……!



 バシィン!!



 拳が肉を叩く音が響いた。


「感心しないね。女性の顔を狙うとは」

「<英雄皇子>……!」


 あたしの目の前で<英雄皇子>が狼男の拳を受け止めていた。

 周りで歓声が大爆発する。


「武術大会だろうが! 甘っちょろい事いってんじゃねえよ!」


 狼男が<英雄皇子>に襲いかかる。

 しかしその拳も、蹴りも、あたしには凄いスピードにしか見えないそれを、<英雄皇子>はすべて軽く受け止めていた。


 あんなにゆっくり動いているのに、どうして?


 まるでダンスでも踊るかのように。

 <英雄皇子>が手を置いた場所に、狼男が攻撃を加えているかのようだった。


「狼牙拳だね。練度もなかなかだ」

「なんでそれをっ!」

「僕も使えるからさ。<狼噛ウルフバイド>」


 まるで狼の口のように伸ばした両手が、狼男の頭に噛み付いた。

 そしてひねり込みながら僅かに飛び上がり、勢いつけて狼男を地面に叩きつける。


 再び上がる大歓声。

 <英雄皇子>は気絶した狼男の首からタグを取り外した。


「さて、君はどうして武帝祭に?」

「修行の一環で、師匠に参加させられたし……」

「そうか。なら戦わないわけにもいかないか。せめて君が多くを学べるようにね」


 いやいや、絶対勝てないし。


 とはいえ見逃してもらえる雰囲気ではない。

 あたしは構えをとった。

 

 そしてふと頭によぎる。

 この人なら木っ端微塵にならないし……?



----


 いやがったぜフォートの野郎が。


 わしは開始直後から、大通り近くの脇道に身を隠して様子を伺っていた。

 バッカ弓士が同じ区画にいるとしたら、大通りに姿を晒しているやつから狙われていくハズだ。

 そう思って大通りを歩く冒険者たちを観察していたのだ。


 そしてしばらくして、非殺傷用の矢にボコられて数名の冒険者がリタイアする様を見た。


「あそこの建物か。回り込めば見つからずにいけるな」


 見つかったら近づくのは困難だ。

 一応対策はうってあるが、できれば不意打ちで決めてしまいたい。


 大通りには数名の気絶した冒険者が倒れている。

 フォートは姿を見せていないのでタグはそのままだ。

 だがそれを取りに行くことはできない。

 そんな事をすればそこに転がっている冒険者と同じ運命をたどる事になるからだ。


 おそらくフォートはタグが10枚貯まるまで隠れて狙撃をするつもりなんだろう。


「矢の角度からしてこの辺のハズだが……」

「くくく、探しものかい。ラウダタン?」

「んなっ!」


 フォートは真横の建物の上から、矢を引き絞った状態でわしに声をかけてきた。


「矢は一度放ったら居場所がバレるからね。移動しながらの狙撃は狩人の基本だよ?」

「ちっ。技術はそのままだから厄介極まりねえ……」


 暗黒リングの製作者は不明だ。

 というかダンジョン産な為、本当に製作者がいるのかも不明だ。


 フォートを乗っ取ろうとしているのは、リングに込められた黒歴史野郎なわけだが、どういうわけかフォート自身の記憶や技術は残したままのようなのだ。

 元々のフォートが強すぎて、リングひとつ取るのにこんな苦労しなきゃなんねえ。


「君のスキルは厄介だが、ここからなら一方的に攻撃できるよ。君が音を上げるまでね」


 暗黒リングで上がった身体能力があるから、屋根に飛び乗るなんて荒業をやってのけれるのだ。

 力はあっても速度がないわしでは、建物によじ登っている間に撃ち落とされるだろう。



 だがしかし。

 それは何も対策をしていなければの話だ。


「生産職をナメるんじゃねぞバッカ野郎が。人は道具を生み出せるから強ぇんだ!」

 

 わしはドン、と胸を大きく叩く。

 そこにペンダント型の起動装置があるからだ。


「起動! <噴射鎧ジェットマン>!」

「くっ、させるか!」


 フォートが矢を放ってくるが、すでに遅い。


 これはわしのスキルを前提とした、専用魔道具。

 亀女の<アーカイブ>から再現された神の知識を応用し、戦闘用魔導具へと昇華させた。



 ペンダントから蒸気のような煙が勢いよく吹き出し、わしの周りを包み込む。

 非殺傷処理をされた黒い矢がその中に飛び込んでくるが、鎧の表面を滑っただけだ。


 煙が晴れた時、わしは足の先から頭まで。

 全身が磁鉄で作られた真っ黒な鎧に包まれていた。

 プシューと音をたて、全身鎧の隙間から白い煙が吹き出す。


 わしのスキルである<土作成・磁鉄鉱>の力を最大限に活かして作られたこの鎧。

 本来であれば数秒で砂鉄となってしまう。

 しかし魔道具の力で数分間維持させることに成功した。

 本来犠牲になる速度についても、対策済だ。


 わしは鉄兜の中から、フォートを睨みつける。


「バッカ矢なんぞいくら打っても通らんぞ!」


 

 こうなったらガチンコ勝負よ!

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