1章終話 僕達の向かう先

 僕は痛む身体を引きずるようにして兵舎の外に出た。

 もはや通常の<エア・コントロール>分ぐらいしか体内魔力は残っていない。

 軽い傷はポーションで回復したものの、失った体力と魔力はすぐには戻らないのだ。


「あー……。任務ご苦労様?」


 兵舎の外では数十名の兵士達が僕を取り囲んでいた。

 まあ、あれだけ戦闘音がして、しかもB級のキラーマンティスが空から降って来たのだ。警戒に当たっている中で駆けつけない方がおかしいだろう。

 せめて<エア・スライム>が使えれば空から逃げれるのだが、生憎と空気を固められる程は魔力がありそうもない。


 まずいな、これは逃げ切れないぞ……。


 ジリジリと兵士達がその包囲網を縮めてくる。

 一人相手だというのに随分慎重な事だな。

 僕は一か八か腰の木刀に手をやろうとした。その時――。


「うおっ、なんだ?」


 白く光輝く、鳥の群れが兵士たちに襲いかかった。


 何十羽の鳥が飛び回り、慌てふためいた兵士達の隊列が滅茶苦茶になる。

 木刀に手を掛けたまましばらく状況を見守っていると、一羽の鳥が僕の頭にとまった。

 周りに飛んでいる鳥と違い、僕の頭と同じぐらいの大きさのまんまるの鳥だ。こいつは光ってないな。


「伝言。傾聴」


「何だお前、喋れるのか?」


「肯定。『ディ、私は自分で帰るわ。迎えに来てくれてありがとう』」


「え、これってアンリのスキルなの? ちょっと聞いてないぞ!」


 捕らえられて居た筈なのに、なんでこんな凄い事出来るようになってんの?

 ずるいぞ! しゃべるスキルとかますます命の巫女じゃないか!


「初回限定。サービスサービスゥ」


「初回……? お前もうちょい長く話せないの?」


 僕らがこうして話をしている間にも、飛び交う光の鳥の数はどんどん増え続けてもはや暴風のようになっている。

 こちらに近づこうとする兵士は嘴で突かれて追い払われているようだ。


「まあいいや、助かった。ついでにこれをアンリに渡してくれるか?」


「承諾。逃走推奨」


「了解。俺はこれから海に出るから、アンリに伝えておいてくれ」


 まんまる鳥は返事をせずに、僕が手渡した手紙を持って飛んで行った。

 向かう先には王宮があって、何かがピカピカと輝いているのが見える。

 恐らくあそこにアンリがいるのだろう。


 周りを飛び交っていた鳥たちの半数が、一斉に空へと舞いあがった。

 そして上空で踵を返すと、風を切り裂き次々と城門へと突撃していく。


 そして起こる大爆発。

 アンリの<ライフ・ボム>の威力を何倍にもしたかのような爆発が、城門に突っ込んだ鳥の数だけ起こった。

 たっぷりと十数秒も続いたそれが収まった時、城門は周りの城壁ごとえぐり取られるように消え去っていた。


「スキル格差がひどすぎるだろ……!」


 一カ月の苦労の末に辿り着いた<へヴィ・エア・キャノン>の威力とは比べるべくもない。

 これがレアスキルの<ライフ・シード>の底力という事か……!


 くっ、しかし僕は必ず辿り着いて見せる! <エア・コントロール>の向こう側へ――!


 光の鳥が実は爆発物だと知った兵士達は大混乱に陥っていた。

 それはそうだろう、目の前で自分を突っついている鳥があの威力で爆発したら、頭どころか体ごと吹き飛んでしまう。


 僕は鳥たちに守られるようにして真っ直ぐに城門を目指した。

 勇気のある兵士が僕を止めようとするが、飛んでくる光の鳥の羽で思い切りビンタされて吹き飛ばされていった。


 鳥だけでも結構強いよな。


「見てろよ、今にドラゴンを一撃で倒す超火力を身に着けてみせるからな――!」


 僕は姿の見えないアンリに向かって叫んだあと、キルトとの集合場所である、港へ向かって駆けていった。



----


「任務完了。お土産存在」


「あら、ディからの手紙? ……雨でびちゃびちゃじゃない」


「鳥類、限界」


 私は王宮のバルコニーでまんまる鳥のメイちゃんが持ち帰った手紙を受け取った。

 しかしこの大雨の中、手紙はずぶ濡れ。

 これじゃ中の文字もどこまで読めるかわからないわね。


 望遠鏡を覗いていたミカゲちゃんが顔を上げた。


「どうやら無事に脱出できたようでござるよ。光の鳥が消えた後から兵士達が追跡を開始したようでござるが、まあ大丈夫でござろう」


「しかしとんでもないスキルっすね~。城門吹き飛んじゃったすよ」


「限定助力。努力推奨」


「分かってるわよ。ありがとねメイちゃん」


 このまんまる鳥は、私を王宮に呼びつけた張本人だ。

 短くしかしゃべらないのだけれども、本人曰く命の精霊らしい。

 といっても生まれてからそれ程の年月は経っていないので、小精霊と自称していたが。

 

 命の精霊だからメイちゃんと名付けた。

 数百年前の<ライフ・シード>の使い手が、何を考えたのか鳥のはく製に命の種を埋め込んだのがメイちゃん誕生の瞬間だとか。

 そしてそのまま意思を持つ種となり、何百年と時を経て、ついには小精霊にまで成ったのだそう。


 しゃべる珍しい鳥として長らく王宮で飼われてきたが、<ライフ・シード>のスキル持ちが近くに来たことで、精霊契約をしたいと私を呼び寄せたのだ。


「それじゃそろそろ脱出っすか? 後ろの方で元上司がすっごい睨んでるっすよ……」


「化けの皮が剥がれたわね」


「なんか騒いでるでござるなぁ。光の膜で全然聞こえないでござるが」


 バルコニー全体が薄い光の膜で覆われていて、雨と兵士達の侵入を防いでいる。向こう側ではオロン将軍をはじめ、近衛隊の騎士達が必死にそれを壊そうと努力していた。

 だが光の膜は壊れる様子が全くないどころか、結構な勢いで攻撃されているにも関わらず、音すらもこちらに運んでこない。


「さて、それじゃアレをしてからズラかるわよ」


「え〜、ホントにやるっすか? どうせ聞こえてないっすよ」


 中尉は嫌そうにしてるけど、折角練習したんだし、やるに決まってるじゃない。


 私達は光の膜の観客に向かって横並びに立った。

 まずはミカゲちゃん!


「月の光が照らす時!」


 そして中尉!


「闇に輝く6つの瞳!」


 最後は私!


「狙った獲物は逃さない!」


 そして全員で猫の手ポーズ!


「「「怪盗<リンクス・アイ>! 参上!」」」


 メイちゃんがサービスで背後でどかんどかんと爆発を起こしてくれる。

 さすが、分かってるじゃない!


 光の膜の向こう側の兵士たちは呆気にとられて微動だにもせずにこちらを見ている。

 ふふ、あまりのカッコよさに固まっているようね。


「アンリ、やはりこんな目立つ怪盗はおかしいと思うでござるよ……」


 何言ってるのよ。

 コソコソしてたら見てもらえないじゃない。


「何でもいいっすけど、早く脱出するっすよ」


「待って。最後にひとつだけ」


 私はオロン将軍の目の前に立ち、指を1本立てた。そして<ライフ・シード>をひとつ顕現する。

 次に2本指を立てて、同じように<ライフ・シード>を出す。そして同様に3本目を終わらせた後、次々に<ライフ・シード>を手のひらに顕現させていき、数十個のそれを地面にバラバラと零してみせた。


 日に3つ迄の<ライフ・シード>を何十個も同時に顕現され、あまつさえ目の前でぞんざいに扱われて、オロン将軍は顔を真っ赤にして震えていた。


「いい性格してるでござるなぁ」


「悪党の末路っすね。嘆かわしいっすよ」


 ま、いたいけな聖女を拐ってきて何でも思い通りにするだなんて、そんな都合のいい事は許されないのよ。

 それじゃそろそろ脱出ね!


「とりあえずマイラ島に帰ってシスターに無事の報告かしらね」


「遥々戻ってきたのにトンボ帰りっす。まず目指すはアイロンタウンっすよ〜!」


「冒険。渇望」


「母上、今帰るでござるよ……!」


 ようやく退屈な日常から解放された、冒険の日々が待っているのね。

 女三人と鳥一匹。

 最高の冒険が始まるわ!



----


「おい青春娘っ! この船はなんだっ! なんで出航準備しなきゃならんっ!?」


「説明してる暇なんてないんですよ! いいから帆を張る準備をしてください!」


 私達はベヒーモス討伐後、少し休んだ後に港の桟橋に駆けつけました。

 本当なら一人で出航準備をするつもりでしたが、予定時刻までもう時間がありません。

 ちょうどいいので転がっていたフォートとラウダタンを引き連れて、出航準備を行っています。

 ドリルロールは気を失っていたのでその場に放置してきました。

 まあ危険も去ったし、大丈夫でしょう。たぶん。


「これ僕たちも乗るの!? 3日前に着いたばかりなんだけど!」


「別に降りても構いませんよっ! 出航準備だけして頂ければ!」


 雨も風もどんどん強くなっています。

 港であるこの場所は、直接川の流れに影響されないのでまだ大丈夫ですが、川の中央辺りからは地鳴りのような音が響いてきます。

 明かりがないために見えませんが、おそらく相当流れが早くなっているでしょう。

 嵐の夜に川に飛び出すなんて自殺行為です。


 状況次第では出航を伸ばしたいところではありますが――。


「なっ……! バ、バカなんですかヒモ野郎!?」


「え! 何あれ!? あれディ!?」


「おいおい、何やらかしたんだあのバッカ野郎!」


 こちらに向かって走って来るのは、手に誰かを抱えたヒモ野郎と、その後ろから怒声を上げて迫る数十人の兵士達でした。



----


「うおおおお! なんかどんどん増えてくぞ!」


 北門を抜けたあと、西区の倉庫街までは誰にも見つからず順調に駆けてきた。

 しかし落雷か何かで倒壊したらしい倉庫の傍をを走り抜けようとした時、見覚えのあるドリルロールが転がっていた。


 一瞬ほっておこうかとも思ったが、この大雨である。

 さすがに道端で寝かしておくのもマズいだろうと声をかけようとしたところで、兵士に見つかり慌ててドリルロールを拾い上げ、その場から駆けだした。


 最初は少数だった兵士も、騒ぎを聞きつけた他の兵士達がどんどん加わっていき、今では100人近い兵士が怒声を上げながら僕を追いかけてきている。

 身体能力だけなら、数々のフロア・ボスやユニークを討伐してきた僕の方がやや上だろう。

 しかしドリルロールの重みのせいで、僕は兵士達を引き離す事ができないでいた。


「おっ、あの船だな! おーーーーい、キル――いでででっ!」


「お、下ろしなさい! この変態!」


 どうやら抱えていたドリルロールが目を覚ましたようだ。

 手に持った短い杖で僕の頬をぐりぐりと刺してきて地味に痛い。


 降ろすのは一向に構わないが、兵士たちがすぐ後ろまで迫ってきている。

 立ち止まるわけにも行かないから、放り出す事になるんだが……この間キルトに女性の扱いがどうたらと説教されたばっかりだしなあ。


「わ、私を連れ去ってどうするつもりですか……!」


 ドリルロールはいつかと同じ様に、目の端に涙を溜めてこちらを見ていた。


 ふむ。どうせ王都にはしばらく戻って来れない。

 なら怪盗の正体を晒してしまってもいいかもしれないな。


 謎の怪盗<ダーク・シャドウ>。しかしてその正体は――!


「ふっ、確かに返したぞ?」


「え?」


 何を言われたのか分からない様子のドリルロールの目を見て、僕は言った。


「あの時に盗んだ宝石はいま、その瞳に輝いているだろう――?」


「あ、貴方様はもしや――きゃ!」


 僕はドリルロールを脇に放り投げた。

 同時に、僅かに回復していた体内魔力を絞りだして<エア・スライム>で地面にぶつからないように配慮した。


 あ、やばい。眩暈がすごい。


「キルトォーーーー!! 出航しろぉーーーーーー!!」


 大声でキルトに出航の指示をする。

 もうすぐ後ろまで兵士たちが迫っている。

 僕が乗ってから出航したのでは間に合いそうになかった。


 声が届いたのか、船に帆が張られ、桟橋の向こうに向かって勢いよく動き出した。

 あれっ、思ったより早い。

 風強すぎない!?


「あ、ちょっと待って! 戻って戻って! タイミング間違えたから!」


 魔力切れで世界が揺れる中、僕は全速力で桟橋を駆け抜けた。

 ダカダカと木の桟橋を踏み鳴らし走る僕のすぐ後ろから、何十人もの兵士がなだれ込んできた音が続いてくる。


 鉄の装備をした兵士が木の桟橋に何十人も乗って、この細い桟橋が耐えられるはずがない。

 入り口側から連なるように桟橋が倒壊していき、先頭を走っていた僕の足元も崩れ落ちた。


「ディーーーー! 捕まってぇーーーーー!」


「フォート!?」


 何故か船の上にいるフォートが縄を結んだ矢をこちらに飛ばしてきた。

 なんでアイロンタウンに残ったはずのフォートがここにいるのか分からないが、僕は飛んできた縄に捕まり、そのまま川に放り出される。


 水面は暗く、何も見えなかったが、僕はたまたま川に浮いていた木の板の上に着地した。

 そしてそのまま船に引っ張られていく。


「ッ! なんだこれ! 凄い楽しいぞ!!」


 着地した板が水面の上を飛ぶようにして滑った。

 水しぶきがあがり、風を切り裂き水上を駆け抜けていく。


 縄の先を持っているのはラウダタンのようだ。

 少しずつ縄を手繰り寄せている。


「おおッ――!」


 急な横風で板が流され、まるで海のように波に弾き飛ばされて僕は空中で2回転した。

 同時にラウダタンが思い切り縄を引き、僕は船の上に叩きつけられるようにして着地する。


「――いいなッ! もっかいやるか!」


「遊んでるんじゃないんですよヒモ野郎! お姉さまはどこですか!? まさか失敗したんですか!?」


「まさか。ちゃんと雪辱は果たしてやったさ。俺が――勝ったぜ?」


「だ・か・ら! お姉さまはどうしたかって聞いてるんですよ!!」


 キルトが僕の襟元をもってぐおんぐおん揺さぶってくる。

 良く見るとなんだかボロボロだな。

 フォートもラウダタンも全身傷だらけじゃないか。


「ガッハッハ! 相変わらず騒がしいなてめぇらは!」


「よく分からないけど、この船大丈夫? 先が真っ暗で何も見えないんだけど……」


「何言ってんだよフォート。冒険とは闇の中に灯る一筋の光――だろ?」


「いいからお姉さまの居場所を吐きなさい! くっ、戻りますよ! フォート、ラウダタン! バックですバック!」


「でっきるわけねえだろバッカ娘が! この川の流れが見えねぇのか!」


「ねえ、本当に大丈夫? 岩とかあったら死んじゃうよ……?」


「ヒモ野郎! <エア・コントロール>です! 逆風にしてください!」


「ふっ。ここを触ってみろ」


「……小さい何かがありますね」


「今はこれが精一杯。あ、やばい今のでホントに魔力が……」


「――落ちてくださいっ! 今すぐここから!」


「揺れてるっ。すごい揺れてるからやめてよキルトさんっ!」


「落ちたら死ぬんだぞ! いちゃつくのは後にしろよバッカ青春共!」


「誰がいちゃつく青春ですか! いい加減にしないとその髭を本当に――」


 騒がしい仲間達に囲まれて、僕は闇を切り裂く船に乗り王都を離れて行く。


 冒険の始まりは唐突で、その結末は誰にも予想できないものになった。


 攫われた聖女が自力で脱出して、しかも助けに来た英雄よりも強くなっているなんて聞いた事もない。

 

 僕らの冒険譚に、アイヴィス様は満足してくれただろうか?

 

 この船の行先は誰にも分からない。

 だけど、一つだけ確かな事がある。


 僕の――僕達の向かう先に。


 胸が躍る冒険の日々が待っている――!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る