第42話 憧れは

 騎士を妨害しながらキラちゃんと共に戦っているが、そろそろ僕の体内魔力の残りが少なくなってきた。


「どうした平民、辛そうじゃないか」


「はっ、ゴロゴロ転がされてる騎士サマ程じゃないな」


 騎士は何度も<エア・ボム>で弾かれ、その隙に幾度かキラちゃんの鎌で吹き飛ばされていた。

 立派な鎧のお陰で致命傷は防げているようだが、泥だらけになったその姿は、決して騎士にも余裕があるわけではない事を表している。


 一方で騎士も黙ってやられていたわけではない。

 何度も斬りつけられたキラちゃんは、足や手から体液を流し、少なくないダメージを負っていた。


 最も軽傷なのは、常にキラちゃんの死角に入るように立ち回っている僕だ。

 しかしこのままではあと数分で魔力が枯渇する。

 状況を変えなければ、最初に動けなくなるのは僕だろう。


 <グラビティ・コントロール>をかけ続けるのを止めれば魔力は続くが、それでは勝ち目がなくなるだけだ。


「キラちゃん、上手くやってくれよ……! <エア・スライム>!」


「なんだっ……!」


 僕は騎士の丸ごと呑み込むように<エア・スライム>を展開した。

 スカーフェイスの時と同じように、そのまま動きを封じるのだ。

 突然動きを止められた騎士は無理矢理に動こうと暴れるが、全力でそれを押さえつける。


 そしてキラちゃんが鎌を振り下ろした。

 

「――ちっ! 素直じゃないなっ……!」


 キラちゃんが鎌を振り下ろした先にいたのは、僕だった。

 動いている方に興味がいってしまうのだろうか。

 大きくても虫だからな。


「魔物風情が、目障りだ」


 僕がキラちゃんの攻撃を回避している間に、騎士が<エア・スライム>の拘束から抜け出した。

 そして無防備になった後ろ脚を付け根から断ち切った。

 悲鳴のような鳴き声を上げ、キラちゃんが騎士へと鎌を振り下ろすが――。


「ギシャアァァァ……!」


「ああっ、キラちゃん!」


 いつの間にかキラちゃんの左腕が切断されいた。

 スキルを使い意識から消えていた騎士は、剣を振り抜いたままの格好で空中にいる。

 

 B級レベルの魔物だ、これぐらいではまだ討伐とはいかないが、ダメージは相当大きい。

 このままでは一気に騎士優勢に戦況が傾いてしまう。


「<エア・ボム>!」


「しまっ―!」


 僕は5秒間の再使用制限にある騎士の手元に<エア・ボム>を設置し、それを打ち抜かせた。

 空中にいて踏ん張りがきかなかった騎士は、爆風に耐えきなかった。


 剣は中庭の端まで飛ばされていく――。


「あ~あ、騎士の風上にも置けない奴だな!」


「き、さ、まぁぁぁぁ!」


 剣は騎士の誇り。

 戦場で放り出すなんてのは最大の恥。愚の骨頂である。

 無理やりそれをさせられた騎士は、今まで一番の怒りを爆発させていた。


 剣を手放し、空中にいる今がチャンス!


 僕は空を駆け上げり、上段から木刀を振り下ろした。

 そしてそれを騎士が鎧をまとった腕で受ける。


 次の瞬間――。


「がふっ……!」


 世界が揺れた。


 何が起こった?

 僅かに遅れてくる痛み。

 顔を殴られたのだ。


 くそ、既に5秒経っていたのか……!


 僕は殴られて後ろを向いていた首を無理やり捻り、騎士の姿を確認する。

 すると騎士は僕の左手の木刀を掴み、引き寄せようとしていた。

 その逆側の拳は固く握りしめられており、追撃するつもりなのが分かる。


「ちっ、貸すだけだぞ騎士サマ……!」


 僕は左手の木刀を手放し、そのまま地面に降りて距離を取った。

 少し向こうに着地した騎士は、世界樹の木刀の感触を確かめるかのように1度、2度と素振りをしていた。


「こんな棒切れを振り回す平民風情が、騎士の剣に土をつけた事を後悔させてやる――!」


 世界樹の木刀に対して、ただの棒切れとは。

 バチ当たりな騎士め。

 エルフに聞かれて刺されてしまえ!


「謝っておいた方がいいぞ騎士サマ。世界樹に嫌われたら大変だ」


「戯言をッ!」


 アンリの<ライフ・シード>が埋め込まれているからね、本当に嫌われても知らないぞ。

 意思を持つのはあと何十年も先だけど。


 騎士が真っ直ぐにこちらに踏み込んで来る。

 既にデッドゾーンに入っている為、悠長には構えてはいられない。

 僕は<エア・ライド>で騎士へと急接近し、横なぎに木刀を振るった。


 騎士が木刀で受ける。

 弾かれた勢いを利用し、回転して逆側を斬りつける。

 しかしこれも木刀で受けられた。 

 ならば――姿勢を低くして、首元を狙い<エア・スラスト>!

 

「ちっ――!」


 首をひねり最小の動きだけで避けられてしまった。

 隙だらけになった僕の腹部に、柄の部分で放たれた騎士の殴打が直撃する。


「ぅがっ……!」


 体がくの字に曲がり、息がつまった。


 追撃がくる――!


 無理やりに体をひねり、その場で横回転しながら飛び上がる。

 斬撃が足元を掠めた。

 空中にいる僕はいい的だろう、動けなければな。


「<エア・タックル>!」


 僕は<エア・ボム>を両足で蹴り、勢いそのままに騎士に身体ごと突っ込んだ。

 鉄の鎧に突っ込む分、僕の方がダメージが大きいが仕方がない。

 

 僕と騎士は絡み合いながら中庭の端まで吹き飛んでいった。

 そして転がっている最中に、ちらりとこちらに向かって来るキラちゃんの姿が見えた。

 さすが魔物だけあって、どれだけ傷を負っても撤退という言葉はないらしい。


 狙うんだった騎士サマにしてくれよな――!


「――これで仕舞いだ、死ね!」


 先に立ち上がったのは騎士だ。

 まだ倒れこんでいる僕を見下ろし、木刀を振り上げ、そして――。


 動きが止まった。


「なん――っ!」


 驚きに目を見開いた騎士は次の瞬間、キラちゃんの横なぎの鎌が直撃して吹き飛んでいった。


 なんだ、なにがあった――?


 さっきのタイミングでスキルを使われたら避けようがなかった。

 なのに何故、騎士は固まっていたんだ?


「――っと。今考え事してるから、後にしてくれよっ!」


 キラちゃんの鎌を避けながら、騎士に視線をやる。


 さすがにB級の魔物の攻撃を何度も受けると、鎧の方も耐えきれなくなってきたみたいだな。

 クリティカルヒットを貰った鎧の腹部に、大きくひびが入っていた。


「殺してやる……、貴様もそこの虫もだッ!」


 騎士は剣を手にしてこちらに駆け出して来る。

 どうやらちょうど落ちてたところに吹き飛ばされたようだな。

 代わりに僕の木刀は投げ捨てられていた。


 人の物は大事に扱えよ……!


「見えない爆発物、急な加速をする魔法、離れた相手を拘束する魔法、鎧を重くする能力に、さらに相手のスキルを無効化する能力だと? 貴様――いくつのスキルを持っている!」


 最後のは身に覚えがないな……。

 まさか、極限でついに<エア・コントロール>の真の力が発揮されたのか!?

 くっ、そういえば右目が疼くような――!


 だが騎士のブラフの可能性もある。

 スキルへの警戒は解くわけにはいかない。

 僕は再びキラちゃんの後ろに隠れるように位置取りをする。

 だがもう時間はない。

 持ってあと数十秒だ。

 次の攻撃で賭けに出るしかない――!


「ギシャァァァァ!!」


「いい加減にしろ……! 虫風情が!」


 騎士が無情にもキラちゃんの前足を斬り飛ばした。

 キラちゃんは同じ側の後ろ足と前足を切り落とされ、バランスを保てずに横倒しになる。

 そして倒れたキラちゃんの首が、ちょうど壁のようになり、僕と騎士を隔てた。


「死ねぇ!」


 騎士が振り下ろした剣が、キラちゃんの首を両断した。

 いかにタフネスを誇る魔物であっても、首を飛ばされては生きられない。


 ここだ! ここしかない!


 僕はようやく重くなった木刀を両手で握り、突きの構えを取った。


 そう、キラちゃんが降って来たあの時から、僕が<グラビティ・コントロール>をかけ続けていたのは騎士の鎧ではなく、この右手の木刀だった。


 腰を落とし、足を引き、一撃に全てを乗せる為に意識を集中する。


 <エア・ボム>で得る速度。

 <グラビティ・コントロール>で足す重さ。


 この旅で得た僕の最大火力を受けてみろ!


「突貫! <ヘビィ・エア・キャノン>!!」


 僕は2つの<エア・ボム>で推進力を得て、両断されたキラちゃんの首に肩から思い切り体当たりをかました。

 そして吹き飛ばされた首の間から見えるのは、剣を振り切った体勢の騎士の姿だ!


「うらぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そして3つめの<エア・ボム>で<エア・スラスト>を放つ!


 騎士は剣の腹でそれを受けるが、今度はそれだけでは止められない。

 十分に重さの乗った世界樹の木刀は、一度目と全く同じ箇所で受けた騎士の剣に大きくひびを入れ、それでも勢いは止まらず、ついに剣を半ばから叩き折った。


 騎士の目が驚愕に見開かれる。


「あり得ん……! 貴様は一体――なんだ――!」


 世界樹の木刀はそのままの勢いで、キラちゃんの攻撃で既にひびの入っていた鎧を砕き、吹き飛ばした騎士を、中庭の端の壁に猛烈な勢いで叩きつけた。

 

 その勢いは今までと比較にならず、轟音と共に騎士が叩きつけられた壁には蜘蛛の巣のようにひびが走っていた。


 ゆっくりと壁からずり落ちていった騎士は、地面に倒れ付して、それからピクリとも動かなかった。


 僕は中庭の真ん中に横たわり、魔力枯渇による目眩に耐え、肩で大きく息をしながらその様子を見ていた。

 しばらくして、僅かに残った体力で身体を仰向けに返す。


 目に映る分厚い黒雲には稲光が走り、時折昼間のように夜を明るく塗り替えていた。

 打ち付ける激しい雨が、僕の火照った身体を冷やしていく。

 響く雨音が、戦いの終わりを告げていた。

 

 キラちゃんが光の粒となり、辺りを明るく照らし始めた。

 通常ダンジョン外の魔物は光となって消える事はない。不思議に思ったが、この方が画になるとアイヴィス様の思し召しだな、きっと。


 そうだ、最後の騎士の問いに答えてやらなくちゃな。


「俺が何者かって? どうせすぐに有名になるから、嫌でも覚える事になる。聞こえてなくても安心しろよ」


 僕は寝たままの姿勢で、木刀を土砂降りの空に向けて突き上げた。

 そしてどこかで必ずこの冒険を見ている、神様に向けて宣言するように言った。


「俺の名前はディ・ロッリ。――英雄だよ」


 その時、空が一際明るく輝き、激しく雷鳴が轟いた。


 それはまるで、この世界が僕の宣言を確かに聞いたと、応えてくれたかのようだった。

 

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