第37話 二つ名を与えられし者達

 怪盗<ダーク・シャドウ>が王都の夜を騒がせてから2日。

 僕は情報共有の為に以前と同じカフェへとやって来ていた。

 そう、情報共有の為である。


「おや、足を辛そうにしてどうしたのですか<ダーク・シャドウ>?」


「いや、だから俺は闇に生きる怪盗<ダーク・シャドウ>ではないと……」


「貴方以外に空を駆けるバカがいると?」


 1時間。なぜか僕がカフェの椅子の上で正座を強いられている時間である。

 そりゃ確かに軍の兵士を気絶させてしまったのはマズかったが、訓練が足りない方も悪いと思うのだ。


 キルトからは重点的に女の扱いについて説教された。

 やれ気軽に触れるなだとか、誤解を招く発言をするなだとか言われたが、よく分からん。

 要するに僕の怪盗ムーブもまだまだだったという事なんだろう。

 ならば次はもっと完璧に仕上げてみせる――!


「何か決意を固めたような顔をしているのが気になりますが、時間の無駄なのでもういいでしょう」


 キルトがため息を吐いて、やっと許しをくれたので僕は足を崩した。


「それで? あれだけバカをやったのです、もちろんちゃんとお姉様の情報を得られたのですよね?」


「当然。空軍の兵舎にアンリがいたのを確認した」


「姿を見たのですか!?」


 僕は怪盗<ダーク・シャドウ>として得られた情報をキルトに伝えた。

 そして<導きの石>を渡した事で、アンリも助けが来ている事に気づいているだろうという事も。


「なるほど、これでお姉様の救出にだいぶ近づけました」


「ふっ、そうだろう」


「言っておきますが、だからといって帳消しにはなりませんからね、<ダーク・シャドウ>」


 公の場でその場を呼ぶのは止めてほしい。闇の怪盗の正体がバレたら興ざめだろう。

 キルトは口元に指を当てて、何か考え事を始めている。


「場所はわかりましたが、軍の兵舎ですから忍び込むのも難しいですし、何より救出の後に脱出するのが困難です。なにせ貴族街の中ですからね」


「昨日は兵士に見つかってしまったが、俺が空から連れ去ればいいだろう」


 実際あの時無理矢理でも押し込んでいれば救出出来ていたかもしれない。

 キルトはじとっとした目で僕を見た。


「ええ、そうできたら良かったですね。どっかの考えなしが空を飛んで逃げるところを見られたせいで、空への警戒が跳ね上がってなければそれでもよかったんですが」


 どうやら怪盗<ダーク・シャドウ>の活躍は昨日のうちに軍に通達され、今朝から特別警戒体制がしかれるらしい。

 特に空軍兵舎の上の警戒は強いだろうとの事。まあ実際そこに侵入されているわけだからな。


「3日後、他国の要人がこの国を訪れるようです。貴族街の中は近衛隊と空軍で警備に当たるようなので、空軍兵舎の中は人が少なくなるでしょう。本当ならこの日がチャンスなのです」


 しかしさすがに3日後では<ダーク・シャドウ>への警戒は解かれない。むしろ強まるだろうと。まあそうだろうなあ。


「しかも城壁の上の管轄は陸軍ですから、警備の兵の数が他に割かれるという事もないですし……」


「おっ、それだ」


 陸軍の管轄は市井の警備だ。だから王宮に他国の要人が来ようが、貴族街の中の事なのであまり関係ない。

 なら市井に警備を割かないといけないような状態にしてしまえばいいのだ。


「幸い人手はある。陸軍が市井の警備に人を割かないといけなくなるような情報を流せばいい」


「なるほど……。ではちょうどいい情報がありますね。<クラッシャー>と呼ばれる連続殺人犯がいます。それが3日後どこかに現れるようだという噂を流しましょう」


「<リーパー>の他にも連続殺人犯がいるのか? 物騒な街だなおい」


 全くですね、とキルトはお茶を飲んだ。


「それでも城壁の上にはそれなりの警備が残りますよ。何か手はあるんですか?」


「そうだな……、空から毒を巻くとか。おっ、毒ホロ君がいるじゃないか。大丈夫だ、なんとかなる」


「毒の散布ですか。屋外ではあまり意味がなさそうですが、風が操れるなら上手くいくかもしれませんね。では後は脱出経路ですね。これは私が何とかしましょう」


 全く見つからずにアンリを救出する事は難しい。ならば救出後は追われているような状況を想定するべきだろう。

 しかも相手は飛行船まで持っているのである。鉄道で逃げたところで先回りされてしまうのは目に見えている。


「よって脱出経路は海路。隣国まで逃げ切ればさすがに軍の飛行船も追っては来られません」


 そういう意味ではキルトが海軍に配属されたのも幸運だったのかもしれない。

 大河に作られた船着場は関係者以外がうろついていると目立つ。しかし海軍の制服を着ているキルトなら船の準備をしていても自然だろうからな。


「軍船を奪うのか? いいなそれ」


「バカ言わないで下さい。小舟を用意するに決まっています。大体軍用船を数人で動かせるわけないです」


「いやいや、帆を張れれば後は俺の<エア・コントロール>で何とかなるぞ?」


 航路は常に順風満帆。

 最速でどこにだって行けるぞ。


「だからその帆を張るのに人手がいると言っているのです。それに最初から海軍の船は風魔法使いが順風を作り出す事を前提にしています。残念でしたねヒモ野郎、風は貴方の専売特許ではなくなりましたよ」


 <エア・コントロール>はそもそも風魔法の下位スキルだ。別に元から専売特許ってわけじゃない。

 でも僕のは風じゃなくて<空気>だからな!


「ではやる事を整理しましょう。まず3日後までに市井に<クラッシャー>が現れるという噂を流します。これは貴方の知り合いの怪しい団体の協力を得ます」


 僕は頷いた。

 彼らならきっと一瞬で噂を広めてくれそうだ。


「次に私は脱出用の小舟の用意をします。場所は決行日までにヒモ野郎に伝えます。そしてヒモ野郎は当日の侵入経路の確保。城壁の上の兵士を毒で動けなくして、空から侵入。空軍兵舎にいるお姉様を救出。集合場所まで連れてきて下さい」


 なんか全体的にザックリした印象だが、まあ細かく詰めても当日にならないと分からない事が多いから仕方ないか。


「分かった。次に会うのは3日後。アンリと一緒にだ」


 そうして僕らは頷き合い、固く握手を交した。

 やっとここまで来たぞ。


 待っていろアンリ!



----


 最近あたしは憂鬱っす。

 今日の夕方にグラナダ中将が帰還するっすけど、それとは別で憂鬱っす。


「はぁ……」


 その理由はずっと心に引っかかっているあの拉致されて来たという娘の事っす。

 軍属の人間として、軍が保護しているかもしれない娘を、本人の証言だけで逃走させるわけにはいかないっす。でも、あの必死に訴えてきた表情に嘘があるとは思えなかったっす……。


「あたしも、片棒担いでいるっすよねぇ……」


 マイラ島にいる有望な新人をスカウトするから、都市マイラの騎士にバレないようにしろという話をあたしは鵜呑みにしていたっす。

 軍と都市マイラの騎士は仲が悪いっすから、そういう事もあるかもしれないと思って、全く疑ってなかったっす。

 そもそも、軍が人攫いなんて聞いた事もないっすよ……。


 はぁ。

 ずっと堂々巡りで、ため息ばかりっす。

 少し気が晴れないかと思って、東区まで来てみたっすけど、どこかお店に入るような気にもならないし、やっぱり帰るっすかね。

 そう思い、踵を返そうとしたところ後ろから声をかけられたっす。


「あれ、少尉?」


 あたしを少尉と呼ぶのは陸軍に所属していた頃の知り合いだけっす。

 振り返ると、そこにいたのは予想外の人物だったっす。


「おお、フォー君じゃないっすか! 久し振りっすね!」


「久し振り! そっか、少尉は王都に転属になったんだったね」


 フォー君は昔、あたしが陸軍少尉だった頃に勤務していた村の狩人だった子っす。

 こう見えても凄腕の狩人で、あの事件の後はあたしと一緒にガムチ大佐から二つ名を貰ったっす。いらないっすけど。

 あの頃はまだ子供だったっすけど、立派になったすね〜!


「なんだフォート、知り合いか?」


「うん、少尉は僕の村をスタンピードから救ってくれた恩人なんだ」


 フォー君と一緒にいるのはドワーフ族っすね。

 狩人をやめて冒険者になったっすかね? まあフォー君の実力なら冒険者でも無双間違いないっすね。


「少尉はね、当時の上官に逆らって、一人で村に残って僕らを助けてくれたんだ」


「ほう、スタンピードの被害にある村に一人で残ったのか。そりゃ大したバッカ野郎だな!」


「いやー、あの状況で撤退とか信じらんないっすよ!」


 でもホントに凄かったのはフォー君の方っすけどね。


 結界術に村人をいれて村から脱出したあと、フォー君がいないって騒ぎになって、慌てて村に帰ってきたら、12歳の男の子が家の屋根の上から信じらんない速度で矢を撃ちまくってたっす。


 しかもそれが必中必殺。なんかもう全部フォー君一人でいいんじゃないっすか? とも思ったっすけど、矢は射ればなくなるっす。


 残矢が切れて、絶体絶命だったフォー君をあたしの結界術で退避させて、そこからは隠れて矢を作っては別の家の屋根の上から撃ちまくる、というルーティンっす。

 

 結界術の効果は一日に一時間しか持たないっすから、術を節約しながらとにかく囲まれないように動き回りながらの射撃っす。


 なんだかんだ一日中ずっと戦い続けたっすけど、フォー君は一度も矢を外さなかったっすよ? エルフも弓矢は得意っすけど、フォー君より優れた弓士は絶対にいないと断言できるっす。


 日が沈んで、そして登った頃にやってきたガムチ大佐はそんなあたし達の戦いを見て、頼んでもないのに<界渡り>と<霞打ち>という二つ名をあたし達にくれたっす。

 

 それがきっかけであたしは中尉に昇進、同時に王都勤務に栄転っす。で、最近空軍に異動になったっすよ。


「少尉、色々あったんだけど、僕は冒険者になったよ」


「そうみたいっすね。フォー君なら冒険者でも有名になれるっすよ」


「あはは。有名になんてならなくてもいいんだ。僕はね、少尉みたいに自分の正義を曲げない、そんな人になるよ」


「うぐっ」


 その純粋な眼差しがグサッときたっす……。


 浮かんでくるのはあの金髪の娘っす。拉致されて助けてくれと懇願する娘に、あたしは手を差し伸べてあげられていないっす。

 それどころか、知らずにその片棒まで……。


「ふぉ、フォー君は王都にいつ来たっすか?」


 うう……。あたしは弱い女っす。

 こんな風に話題を逸らすことしか出来ないなんて。


「ついさっきだよ。詳しい事は聞いていないんだけど、僕の仲間の大切な人が攫われて王都にいるかもしれないんだ。僕はその救出を手伝いに来たんだ」


「おう、あんた軍属なんだろう。そしたらなんか知ってんじゃねぇか?」


 わわわ、話題を逸らすどころかど真ん中に打ち返って来たっす……! 

 もちろん別の人の話の可能性が高いっすけど、あたしの勘が囁いているっす……、たぶんあの金髪の娘の事っす。


「ど、どんな人っすか?」


「14歳の女の子。名前はアンリ。マイラ島の出身で、ここ一ヶ月ぐらいで王都に攫われたらしいんだ」


 ぎゃーーっす!


 やっぱりっす!

 あ、あたしはフォー君の仲間の大切な人を拉致してきたんすか……。

 そして助けを求めるその声を無視して……。


「フォ、フォー君……」


「少尉、何か知ってるの?」


 フォー君はあたしの事を微塵も疑ってないっす。

 あたしが攫われた娘を我が身可愛くほっておくなんて、そんな汚い大人になっていたなんて考えもしてないっす。

 あたしは……、あたしは……!


「ま――任せるっすフォー君! あたしはシャーロット・バーディアル! バーディアル家は故あって代々王国へ仕えてきたっすけど、バーディアル家の正義は常に己が信念の中にあるっす!」


「え、あ、うん?」


「おいおい、いきなりどうしたこのバッカ野郎は」


 そうっす、あたしはあの娘の目に真実をみたっす。軍が不正を働くなら、あたしはあたしの正義を貫くっす!


「その娘はあたしが必ず救い出すっす! フォー君はゆっくり待ってるといいっすよ!」 


 心が決まれば迷いはないっす。

 なあに、あたしのスキルなら兵舎からの脱出なんて余裕っす。待ってるっすよ、攫われの娘!

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