第35話 怪盗<ダーク・シャドウ>参上!

 脱出計画まであと一週間となった。

 あれから何も進展はない。


「ミカゲちゃん、当日の脱出経路だけど、たどり着けるかしら?」


「そうでござるな。とりあえず諜報部の通用路までの間は、見つからずに進むしかないでござるな」


 当日は兵舎は人が少なくなっているだろうけど、逆に表通りは警戒が厳しくなっているはず。

 見つからずに通用路までたどり着けるかは、当日の運次第というところね。

 <ライフ・ボム>を使うと光も音も目立つから、見つかってしまえばアウトね。


「頼ってしまうようで申し訳ないのだけど、ミカゲちゃんはどれくらい戦えるの?」


 ミカゲちゃんは身体能力は高そうなのだけど、何せ10歳の女の子だ。

 まだスキルも授かっていないはずで、とても戦えるようには見えない。


「正直、戦闘力という意味ではその辺の兵士にやや劣るぐらいでござるよ……」


 落ち込んだ様子でミカゲちゃんが言う。

 まあ仕方ないわよね、訓練された兵士に10歳の女の子が勝てる方がおかしいもの。

 やっぱり戦闘は極力避けていかないといけないわね。


「問題は通用路にいる諜報部の兵達ね……」


「おそらく詰めているのは2名でござる。一人は不意打ちでどうにかするとして、もう一人が問題でござるな」


「やっぱり強いのかしら?」


「そうでござるな……。単独行動の多い職務ゆえ、個人の戦闘力は高いでござるよ」


 通用路の中なら<ライフ・ボム>も使えるだろうが、あの威力だと人間相手は殺してしまうかもしれない。

 脱出の為とはいえ、さすがに人殺しはしたくないわね……。

 まあ、最悪は足とかを狙って戦うしかないかしら。


(……つ、……しょう)


「――! 聞こえたわ」


「ん、どうしたでござるか?」


 今、確かに声が聞こえた。

 以前に聞いたのと同じ声だ。

 

 この様子だとミカゲちゃんには聞こえていないみたいね。


「誰かの呼ぶ声が聞こえたわ」


「? 拙者には何も聞こえなかったでござるが」


 ミカゲちゃんには聞こえず、私には聞こえる声。

 精霊かしら、それとも魔物?

 ふふふ。冒険の匂いだわ。


「ミカゲちゃん、ちょっと表に出てみるわ」


「了解でござる。では屋根裏から着いていくでござるよ。どろんっ!」


 ミカゲちゃんが屋根裏に戻るのを待って、私は部屋の扉を開けた。

 扉の前で番をしていた兵士が振り返る。


「ん、トイレか?」


「はい」


(救出……推奨……)


 外に出ると、声がさっきよりもはっきりと聞こえるようになった。

 頭の中に直接聞こえているようなのだが、不思議と方向が分かる。

 しかし、兵舎の中にいてはその方向に何があるのかが分からなかった。


 私はトイレへ行って用を足す振りをした帰りに、ついてきていた兵士に言った。


「少し、中庭で風に当たってもよろしいですか?」


 首をこてんと傾げて、無邪気なお嬢様ムーブだ。

 媚びるぐらいの視線が有効よ。とはシスター・ロッリの教えである。


 兵士は少し照れた様子で、「まあ少しぐらいなら」と許可をしてくれた。

 私は一人で中庭の真ん中まで歩いていく。

 そして、声のした方向に何があるのかを確認した。


「あれは――王宮ね」


 どうやら声の主は王宮にいるようだ。

 私にだけ聞こえるという事は、私を呼んでいるのだろう。

 しかし、脱出するだけで精一杯の現状で、さすがに王宮に潜入するのは無理だ。


「ミカゲちゃんに確認してもらうにしても、声が聞こえないんじゃ――ん?」


 王宮を見上げて考えを巡らせていると、後ろでドサッ、という音がした。

 振り返ると、足元に何か落ちている。


「これは――!」


 私は恐らくこれを落とした人物がいるであろう、城壁の上を見上げた。

 すると、ちょうど人の影が城壁の向こうへ消えていくところだった。

 風にたなびく黒のマントの端だけを僅かに捉えることができたが、すぐに何も見えなくなった。


 そしてその直後、城壁の上から警笛を鳴らす音が響き渡った。

 兵舎の中にいた兵士たちも異変に気付き、私は直ぐ様中庭から部屋に連れ戻される。


 部屋に戻った私は手に持った見覚えのあるそれをもう一度確認する。

 それは私がマイラ島でディに手渡した、あの安物のネックレスだった。


「ディ、来てくれたのね」


 ここまでの旅路だってお金がかかるのに、どうやって来てくれたのか。


 しかし脱出まではあと1週間。

 果たして救出は間に合うかしらね。


「ふふ。早くしないと自分で出て行っちゃうわよ?」



----


「貴様、何者だ!?」


 指定された時間に城壁の上に飛んでくると、確かに誰もいなかった。

 同胞達の影響力は本当に凄まじいな。


 しばらく上から空軍の兵舎を見守って、何も情報を得られなかった為に、このまま兵舎へ忍び込むかどうかと悩んでいるところで、兵舎の中庭に歩いてきたアンリの姿を見つけた。

 少し離れたところに兵士の姿が見えるが、一人だけのようだった。

 これならそのまま降りて救出できるか、と思ったところで背中から声をかけられたのだ。


 見ると2人の兵士が剣を抜いて僕を取り囲んでいた。

 一人は警笛を咥えていて、今にもそれを鳴らそうとしている。


 僕は首にかけていた<導きの石>を引きちぎり、後ろ手にアンリのいる中庭へと放り投げた。

 <エア・コントロール>で風を操っているので、アンリのすぐ後ろに落ちるはずである。


 これで僕が助けに来ていることは伝わるだろう。

 そしてほぼ同時に、警笛の音がけたたましく鳴った。

 

 僕は頭に被っているに手をかけ、兵士たちへ挨拶をする。


「何者だと聞かれたならばお答えしよう。私は闇に溶け込み全てを奪う、怪盗<ダーク・シャドウ>。以後お見知りおきを」


 ミシェルちゃんが用意してくれた衣装は、黒を基調にした<スーツ>と呼ばれる最新のファッションだった。

 貴族を中心に公の場での正装として人気があるらしいが、それだけでは怪盗っぽくないので、肩に黒いマントをつけ、さらに黒のシルクハットを小物でつけた。

 眼にはモノクルと呼ばれる片眼鏡をつけている。

 実はこれ魔道具らしく、魔力を注ぐと遠くが見えるようになるそうだ。


 最初のオーダーだった<闇影>では服装と名前のイメージが合わないとの事で、怪盗<ダーク・シャドウ>として再誕したのが今の僕だ。

 <ダーク・シャドウ>は夜に零れる、乙女の涙と心を盗むの、とはミシェルちゃんの言葉だ。

 ふっ、君の涙など、僕が全て盗んでみせる――!


 胸に手をあて一礼する僕をみて、兵士たちは一歩後ずさった。


「な、なんだこいつ……」


「なんでこの状況でこんな余裕なんだ、イカレてやがるぜ……」


 先ほどから警笛を聞きつけたであろう兵士たちがわらわらと城壁の上に上がってきていた。

 最初は2人しかいなかった兵士も、今では十数人にその数を増やしている。


 じりじりと距離を詰めだした兵達に向かって、僕は警告した。


「闇は私の領域だ。不用意に近づくと――喰われるぞ?」


 瞬間、ドガンっと音を立てて僕を包囲しようとしていた兵達の一角が吹き飛ばされた。

 予め設置していた<エア・ボム>である。


「今宵は月の光も少ない。ああ、そこのお前そんなに近づいて――呑まれたいのか?」


「なっなんっ! うわっ、なにかが俺を包み込んで……! たすけっ助けてくれぇ!」


 僕は近くにいた兵士の一人を<エア・スライム>で包み込んでいった。

 もちろん何の効果もないが、闇の中で不可視の何かに包まれていく感覚は恐怖だろう。

 

 恐慌状態に陥った兵士を見て、周りの兵士も尻込みするように後ずさりしていく。

 僕はその間を抜けるように走り出した。

 兵士たちが行く手を阻もうとするが、<エア・スライム>を展開すると、それに触れた者は悲鳴をあげて後ろに下がった。


 くく、闇に喰われるのは恐ろしかろう――!


 走り抜けた僕は平民街側の城壁の端に立ち、兵士たちを振り返った。

 半歩下がればそのまま落ちてしまう位置だ。

 北側は貴族街からみて下り坂となっていて、見通しが良いために余計に高く感じる。


「貴様、どこから侵入したかは知らないが逃げられると思うなよ!」


「どこから侵入したか? くくく、はーっはっはっ! そんな事は決まっている!」


 そうして僕は、後ろに大きく飛んだ。

 兵士たちは僕がそのまま落下すると思ったのだろう、慌てて僕へと距離を詰めて来ようとする。


 しかし、僕は落下せずに何もない空中に佇んでいた。

 兵士たちは信じられないものを見たという顔で、誰もが大きく口を空けて僕を見ていた。

 僕はその光景に満足して頷き、そして告げる。


「――空だよ。闇が広がる限り、この私に行けない場所などないのさ」


 さらばだ! はーっはっはっはっはっ!!


 王都の夜に怪盗<ダーク・シャドウ>の笑い声が響き渡り、僕は闇夜を駆けていった。


 気分がいいからこのまま東区まで空を駆けて帰ろう!

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