間話 結界術士の災難

 あたしは雑踏の中で目を覚ましたっす。


 はじめは夢を見てるんだと思ったっす。

 でもだんだんと思い出してきて、自分が寝ているところがマイラ島の西区の裏路地なのに思い当たり、飛び起きたっす。


 警戒するあたしに買い物カゴを持ったおばさんが近づいてきて、「いい年した娘がそんなになるまで飲むんじゃないよ」と言ったっす。

 おばさんの目線の先はあたしのズボンに向いていて――ぎゃー! こ、こんな年になって……。


 あたしはグラナダ中将の命令で、有望なレアスキル持ちの新人勧誘のために面接の場を設定していただけのはずっす。

 何でこんな事になってるのか……。

 とても怖い事があったような気がするけど、思い出せないっす。


 とにかく帰らなくては。


 あたしは飛行船の発着場に向かったっす。

 この場所からなら西門を通って回り込んだ方が早いので、そっちに向かったっす。

 べ、別にこっそり着替えを取りに行きやすいからじゃないっすよ。ほ、ホントっすからね!


 発着場について、宿舎で着替えるまで誰にも合わずにホッとした後、あたしは違和感に気づいたっす。

 

 誰もいない――?


 あたしは慌てて外に出たっす。

 そしてとんでもない事実を突きつけられたっす。


「ひ、飛行船がないっす〜〜!!」


 そんな!

 確かに任務中に気を失うという失態を侵したけど、置いてくなんてあんまりっす!

 そりゃあたしは配置替えされたばかりの新入りで、グラナダ中将からは「スキルは優れているがそれだけだな」と冷たく言われたっすけど、置いてく事はないと思うっす!


 あたしは咄嗟に所持金をチェックしたっす。

 出てきたのは銀貨20枚。

 うう、給料日前だからお金ないっす……。


 ロマリオまで行けば軍の施設があるからどうにかなると思うっす。

 とにかくロマリオ行きの船を探さないと!



---


 港に着き、ロマリオまでの船賃を知ってあたしは絶望したっす。

 金貨3枚だったっす。


 船賃がこんなにも高いだなんて知らなかったっす……。


 まずいっす。

 軍の服務規程で、緊急時を除き冒険者登録をして路銀を稼ぐのは禁止されてるっす。

 別にバレやしないだろうと小遣い稼ぎをしていた先輩が、いきなり僻地に転任されたのを見た事があるっす。

 今回のこれは緊急時に該当するっすか……?


 なんとなくしない気がするっす。

 置いてったのグラナダ中将だし……。


 他の街であれば軍に頼るんすけど、マイラ島でそれは無理っす。

 軍に入って教わる知識の中に、「マイラの騎士は根性なしのクソだ。あいつらに頼るくらいなら死を選べ」という言葉があるくらいには、王都の軍とマイラ島の騎士は仲が悪いっす。

 金を貸してくれだなんてノコノコ顔を出したら、きっと可愛いあたしを見て溢れるリビドーを抑えきれずに野獣になるに決まってるっす!


 そんなわけであたしは自力で解決する事にしたっす。

 仮にも軍人が他人の金を盗むわけにはいかないので、こっそり船室に潜り込んで送り届けてもらうっす。

 密航は犯罪っすけど、バレなきゃ誰にも迷惑かけないんだから問題ないっす!


「<結界術・隔世>」


 あたしが発動した<結界術>によって、周りの風景から人の姿が消えたっす。

 ふふふ、このスキルは自分と任意の人間を結界術の中に閉じ込めるスキルっす。

 範囲はあまり大きくないし、長い時間は維持できないっすけど、このスキルには素晴らしい使い道があるっす。


 あたしは誰もいなくなった世界をトコトコ歩き、ロマリオ行きの船に乗り込んだっす。

 そして食料などの積荷が押し込められた船室で<結界術>を解除したっす。


 これで世界は元通り。

 あたしは誰にもバレずに密航完了っす!

 この力はいくらでも悪用できるっすけど、超絶可愛い正義の味方であるあたしはそんな事しないっす!


 密航はまあセーフっすね。

 迷惑かけてないし。



---


 いつまで経ってもロマリオに着かないっす。

 行きは飛行船だったからこんなに距離があるとは思わなかったっす……。

 食べ物と飲み物は周りにいくらでもあるから大丈夫っすけど、保存食も飽きてきたっす。

 バレるわけにも行かないから、外に出るのは1日1時間、<結界術>を展開できる間だけっす。


 それ以外の間はここでゴロゴロするしかやる事がないっす。

 あー、暇っすー。


 と、この日は珍しく誰かが船室に入ってきたっす。

 影からこっそり覗くと、若い男女だったっす。

 こ、これはもしやアレっすか――?

 あたし困っちゃうっす。うひひ。


 なんて期待していたっすけど、何やら言い争いをしただけで帰って行ったっす。

 赤髪の女の方が「――なんであなたはそう言う大事な――早く――ですか!」と男を問い詰めているようだったすけど、全部は聞こえなかったっす。

 黒髪の男の方は「ふっ、神の知識――選ばれし――だ」と言っていたっす。

 他にも色々話していたっすけど、声が小さくて全然聞こえなかったっす。

 

 これはダメなヒモ男の匂いがするっすね。

 時々いるっすよ、凄い出来る女の子なのにそういうダメ男ばっかりと付き合うのが。

 さっさと別れればいいのに、何故かズルズル引きずるんすよね〜。


 ま、人の恋路に口を出してもロクな事にならないのは経験済みっす。

 早くロマリオに着かないっすかね〜。



---


 ようやくロマリオに着いたっす。

 次々運ばれていく貨物を尻目に、あたしは<結界術>で脱出。軍の施設を目指したっす。

 門で認識タグを見せて中に案内してもらったっす。


「久しぶりだな、バーディアル中尉」


「お久しぶりっす大佐。相変わらず筋肉っすね」


 待っていた部屋に入ってきたのは、筋肉隆々つるっパゲ。この基地を任されているガムチ大佐っす。

 以前にとある村で起こった魔物退治の仕事で、一緒になった事があって知り合いっす。


「うむ。してどうした? 中尉は新設された航空軍に配属されたのではなかったか? 軍の飛行船ならずいぶん前に王都に向かっていったのが確認されているが」


 あたしは経緯を話して、王都までの旅費を貸してほしいと頼んだっす。

 大佐はひとしきり笑ったあと、条件付きで承諾してくれたっす。


「王都までの定期連絡員の代わりに中尉に行ってもらう事にしよう。出発は3日後になるが、その間に中尉は軍務を手伝ってくれ」


「えー、めんどいっす」


「がはは。働かざるもの食うべからずだ。中尉のスキルは便利だからな、じゃんじゃん働いて貰うぞ」


「便利な女扱いを受けるあたし、なんて可愛くて可哀想っすか……」


 大佐は高笑いしながら部屋から出ていったっす。

 こうしてあたしは3日間のタダ働きの見返りとして、王都までの定期連絡任務を勝ち取ったっす。

 

 あれ、定期連絡任務も仕事じゃないっすか……?



---


 3日後、あたしは連絡員の兵士と2人でアイロンタウンに続く街道を馬で移動していたっす。

 本来行くはずだったもう1人の兵士は、結婚したばかりなのに休暇を貰えていなかったからと、大層喜んでいたっす。


「あの有名な<界渡り>のバーディアル中尉とご一緒できるなんて、光栄です!」


「あー、<界渡り>は辞めてほしいっす。それガムチ大佐が勝手に言ってるだけっすから」


 以前大佐と組んだ魔物討伐の後、「二つ名を授けよう!」とか勝手に言って広め出したっす。

 正直、あたしの<結界術>は戦闘ではそれほど役に立たないし、無駄に名声だけ独り歩きして、有名税を支払う事になるのは御免っす。


「き、騎士様〜!」


「ん?」


 道の向こうから慌てた様子の商人風の男が走ってきたっす。

 こんな街道の真ん中で馬車もなく商人が歩くなんてあり得ないっす。

 あたし達は盗賊の可能性があるとみて警戒を高めたっす。


「そこの者止まれ!」


 兵士が制止の声をかけると、男は素直に止まったっす。周りに仲間がいるようには見えないっすけど、念の為にこっそり<結界術>を発動っと。

 これで不意打ちはないっすね。


「きき、騎士様! この先にゴウリラが出たんです!」


 こんな街道の真ん中に森の深部の魔物っすか?


 男が話した内容はこうっす。

 男はロマリオからアイロンタウンへ向かう途中で馬車が脱輪し、途方に暮れていたっす。

 主要路だから安全だろうと、護衛代をケチって1人で御者をしていたのが裏目に出たっすね。


 すると森の中からゴウリラが出てきて、馬車を襲おうとしたらしいっす。

 このままでは殺されると、助けを求めて何も持たずに街道を走って逃げているところに、あたし達が歩いているのを見つけて助けを求めた。という事らしいっす。


「本当にゴウリラなら逃げ切れているわけないっすよ。あいつら筋肉の塊っすからね」


「馬車が襲われている間に必死に逃げて来たんです! 本当です騎士様!」


 こんな街道の真ん中にゴウリラが出たとしたら、森の深部に何かがあったという事っす。

 そしたら一大事になるっすよ。


 聞けば荷台の中身は不要になった鉄器等との事。

 アイロンタウンでは熔かして再利用できるから、いくらかの金になるらしいっすね。


 でも食べ物でもないんじゃ、ますますゴウリラが襲ってくる理由がないっすね。


 ま、このまま進めばこの男が本当の事を言っているかどうかはすぐわかるっす。

 あたし達は男を先行させて街道を進んだっす。

 <結界術>は範囲外になる前に一旦解除するっす。


 しばらく行くと、そこには乗り捨てられた馬車がポツンと置いてあったっす。

 でも男が言ったように脱輪はしていないようっすね……。ますます盗賊の疑いが高いっす。


「お、おかしいです! 確かに脱輪をして……!」


「盗賊の待ち伏せはないようっすね。何が目的っすか?」


「ちち違います! 本当にゴウリラが馬車を襲っていたんです! そうだ、マント! マントをつけていました!」


 ゴウリラがマントをつけていた?


 もう言ってる事が無茶苦茶っすね……。


 もし言ってる事を全て信じた上で状況をみると、「マントを付けたゴウリラが脱輪した馬車をみつけて、わざわざ森から出てきた馬車を持ち上げて助けた」って事になるっす。

 

 大体この馬車、積み荷が鉄器っすよ?

 いくらゴウリラでも1頭で持ち上げるのは無理っす。


 これはちょっと頭がアレな人かもしんないっすね。


「はい撤収〜っす。物取りでもなさそうだし、無視っす無視。行くっすよ〜」


「はっ!」


 後ろで男が騒いでいるっすけど、そういうのは教会の仕事っす。

 軍人は正義の味方っすけど、何でも出来るわけじゃないんすよ〜。


 早く王都に帰ってお風呂入りたいっす。




 

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