第15話 冒険者の流儀

 アルメキア王国のある大陸の東の端、港町ロマリオは王都、そして西の交易港サウスリアに次ぐ国内三番目の規模を誇る都市である。


 アルメキア王国の陸軍、海軍も駐留し、軍港でもあるために港の規模も都市マイラの何倍もある。

 さらに陸路の起点ともなるため、道は広く良く整備されている。数多くの馬車がひっきりなしに行き交っている町中は活気があった。


 特に鉄道のあるアイロンタウンまで続く道は、この国の主要路である。

 その為、行き交う馬車の数も多い。

 道中の魔物も定期的に討伐されるから、護衛料金も安くすむ為、乗り合い馬車で7日かかるアイロンタウンへの運賃も、金貨1枚と比較的安価となっている。


 あれから2週間が経ち、ディとキルトの2人はロマリオにある馬車の乗合所にいた。


---


「次のアイロンタウン行きの便は3日後ですか」


 キルトが乗合所の受付を見てそう言った。

 行き先別の馬車の予定が、木札に書かれて壁に掛けてあるのだ。


 ロマリオに着いたのはつい先程だ。

 あの話し合いの後、僕とキルトはその日のうちに船に乗り込んだ。

 

 なんの準備もなかったが、元々荷物なんていつも持ち歩いている物だけだし、船の中では食事も寝床も確保されている。

 むしろ普段泊まっている安宿なんかより余程快適なぐらいだった。


 そして2週間の船旅の後、しばらく振りの地面に感動する暇もなく、キルトは乗合馬車の受付の場所を聞いて、一直線にここに来た。


 道中、マイラ島にはない広い通りや行き交う馬車の多さに目を丸くしながら歩いていると、「田舎者丸出しで恥ずかしいから離れて下さい」とキルトから言われた。


 あいつだってマイラ島から出るのは初めてのはずである。

 新しい土地に来てわくわくしないとは、冒険者の風上にも置けないやつだ。


「さて、それでは3日後にここで集合ですね」


「は? ちょっと待て。別行動なのか?」


 さっさと歩いて行こうとするキルトを呼び止めると、嫌そうな顔をしてこちらを振り向いた。


「はあ。これだから性根の腐ったヒモ野郎は嫌なんです」


 お気づきだろうか。

 こいつは冒険者ギルドを出て以来、ずっと僕の事をヒモ野郎呼ばわりである。

 自分から王都行きのチケットの話を振ったくせにとんでもないやつだ。


「私が用意してあげるのは王都に行く移動手段だけです。なんで当たり前に旅費まで出してもらえると思っているんですか?」


「いや、旅費を出せとは言ってないが」


「私が泊まる予定の宿は1泊銀貨10枚です。ヒモ野郎の懐事情ではどうやっても泊まれませんが」


 1泊銀貨10枚だと――。


 なんだその高級宿は。

 僕とアンリが泊まっていた宿なんて1泊で銀貨1枚だったのに……。


 僕は打ちひしがれて、地面に崩れ落ちた。

 そんな僕をキルトは鼻で笑った。


「人に寄生してばかりのヒモ野郎には、想像もついてないようですから良い事を教えてあげます」


 おお、神よ……。

 僕は救いを求めてキルトを見上げる。

 彼女は良い笑顔でこう言った。


「お金というのはですね、貰うものではなくて稼ぐものなんです。アイロンタウンに着くまでの7日間、食料かお金を用意しないと餓死しますよ?」



---


「1泊で銀貨1枚と銅貨5枚。値切るんなら消えな」


 僕はロマリオの裏路地を歩き回り、ようやくボロい安宿を探し当てた。

 見た目的にはマイラの宿と変わらないのだが、相場が少し高いようだ。


 黙って言われた金額をテーブルの上に置く。


 もしかしたら間違えて海賊のアジトに来てしまったのではないかと思わせる顔をした店主が、テーブルの上に手を叩きつけるようにして、お金を回収した。


「奥だ。荷物が消えても知らん」


 むしろ積極的に回収していそうな雰囲気である。


 表の看板には<ウミネコ亭>と可愛らしく書いてあったのだが、きっとどこかからか盗んできた看板に違いない。

 もしくは僕が知ってるウミネコとは違う世界のウミネコがモチーフなんだろう。


 ただ、安宿には似つかわしくないものがある。

 食堂だ。

 あまり広くはないが、ボロいながらにちゃんと掃除されているようで埃は溜まっていない。

 お昼の時間はとっくに過ぎたが、緑色の髪をした青年が1人、食事を終えて部屋に戻るところのようだった。


「食事はつくのか?」


「食いたきゃそんとき払え。銅貨5枚だ」


 別料金らしい。

 まあそうだろうな。

 しかしこの海賊が作るのだろうか?

 肉を焼く事ぐらいしか出来そうにないが。


 ……焼いた肉か。

 ご馳走だな!


 一応部屋の様子だけ確認しようと廊下に目を向けると、先程部屋に戻ろうとしていた青年が奥から歩いて来た男とぶつかった。


「痛えなてめえ!」


「す、すいません……」


 ふむ。こんな安宿にピッタリのチンピラである。


 緑髪の青年は怯えた様子で頭を下げていた。

 こんな安宿には似つかわしくない青年である。


 よくある事なので気にせずにいると、先程のチンピラが肩をぶつけてきた。


「痛えなこら! 気をつけろ!」


 どう考えても向こうからぶつかって来たが、チンピラは怒鳴り散らかして歩き去ろうとする。


 まったく捻りが足りないな。


「おい」


「ああん?」


 呼び止めると、チンピラはこちらを威嚇するように睨み抜けてきた。

 凄みが足りない。

 キルトを見習うといいぞ。


「なんだてめえ、文句あんのか!」


「財布を落としたぞ」


 僕はチンピラの財布を投げて渡す。

 チンピラはそれを受け止め、驚いて目を見開いていた。

 修行も足らんな。

 足りないものだらけだ。


「な、お、お前」


「<静寂の魔手>と言えばマイラ島では知らないやつはいない。――相手はよく見るんだな」


 ふ。決まったな。

 

 伝説の怪盗ムーブの余韻に浸っていると、チンピラは「くそっ、覚えてやがれ」とチンピラ語録の1番最初のページに書いてありそうなセリフを吐いて逃げ出していった。


「ほらよ、財布抜かれてたぞ」


「え、あ! ありがとう!」


 緑髪の青年は財布抜かれている事にすら気づいていなかった。

 ホント、こんな宿に泊まるには警戒心がまったく足りてないな。


「もう少しいい宿に泊まれ。財布の中身がなくなるよりは安くつく」


 受付の方でドゴンッ、と大きな音がした。

 海賊がカウンターを叩いたらしい。

 文句があるならそのカルマの溜まった人相どうにかしろよ……。


「あはは。僕もホントはそうしたいけど――っひい! すみませんすみません!」


 カウンターの方からまた机を叩く音がして、青年は海賊に向かって何度も頭を下げていた。

 


---


 ロマリオの冒険者ギルドは、馬車の乗合所のすぐ近くにあった。


「悪いなフォート、わざわざ案内してもらって」


「いや、これぐらいでお礼になるなら……」


 僕は宿で知り合った緑髪の青年――フォートと冒険者ギルドに来ていた。


 宿の確保が出来たので、次は資金の確保だ。

 3日分の滞在費と、7日分の食料を用意するとしたら、最低でも銀貨50枚。余裕を見たら金貨1枚は欲しい。

 

 1日の目標は銀貨30枚といったところか。

 マイラ島でならそこまで無理は金額ではないな。

 割のいい依頼があればいいが。


 僕は頭の中でいくら稼がばいいのかを考えながら、冒険者ギルドの扉をくぐった。

 すると入ってすぐに、視線が集まったのを感じた。


「ん?」


 値踏みするような視線の後、ほとんどの視線が興味なさげに散った。

 だがまだいくつか、ニヤついた感じでこちらを見ている奴らがいる。


 ここのギルドもマイラの西区ギルドと同じように酒場が併設となっているようで、ニヤついた視線は昼間から飲んでいる、ガラの悪い奴らから送られてきている。


 これはもしや、侮られる旅人ムーブか!


 内心ワクワクしながら依頼書が並ぶ掲示板の前に立った。


 ざっと眺めてみるが、依頼のほとんどが馬車の護衛のようだ。

 ランクもEかDばかりだ。


「フォート、この辺にダンジョンはあるのか?」


「いや。ロマリオ周辺にはダンジョンはないよ。殆どの冒険者は馬車の護衛依頼で生活を立てているんだ」


 なるほど、まあ馬車多いしな。

 でもそれじゃ低ランクの奴らはどうしてるんだ?


 疑問に思った事が顔に出ていたのか、フォートが、説明をしてくれる。


「僕のようなFランクは、時々出てくる荷積みなどの依頼を受けてるよ。依頼のランクがGだから、いくらやってもランクは上がらないけどね……」


「港があるのに時々しか依頼がないのか?」


「普段は馬車組合や港で働く人たちが、自分たちでやるから。大口の貨物があって人手が足りなくなった時にしか依頼はないんだ。人気があるし、受注できるのは数日に1度かな」


 マイラ島では結構出てたけどな、荷積みの依頼。

 取り扱う物の量が違うのか。


 G級の依頼だとせいぜい銀貨5枚といったところ。それが数日に1度となると、なるほど安宿に泊まるわけである。

  

 それでは僕も困る。

 マイラ島でやっていたような採取はないのか。


「採取とか魔物の討伐はないのか」


「それなら常設のポショの花の採取依頼がそこにあるよ。Fランクの依頼だね」


 フォートが指差した先には、常設と書かれた依頼書が貼ってあった。

 マイラ島ではGランクだったが、ここではFランクなんだな。

 報酬もマイラよりも高額で、1束で銀貨10枚だ。


「いいな、これにするか」


「あ、でもポショの花はこの辺ではほとんど生えてないから、1日探し回っても1束集まらないよ。それに時々魔物も出るし……」


 なるほど、だから報酬が高いんだな。

 だが僕には<エア・コントロール>がある。

 効率よく見つけられるからな、問題ない。


 もちろん魔物も問題ない。

 船の旅で体が鈍ってるから、むしろ出てきて欲しいぐらいである。


「大丈夫だ」


「あ、そ、そう。そうだね。ディは戦えそうだしね……」


 ふふふ。

 <エア・ボム>を習得して念願の火力を得た僕は、そこいらの魔物なんて余裕だ。

 早く試したくてウズウズしている。

 くっ――静まれ僕の右腕!


 禁術を必死に抑えるムーブ中の僕を、フォートは何か言いたげに見ていた。


 なんだ、抑えきれない僕の魔力を感じ取ったのか?


「あ、あの。もし邪魔でなければ僕も――」


「おいおいフォート。何でお前知らない奴とつるんでんだ」


 何か言いかけたフォートを遮り、割り込んで来たのは先程、値踏みするような視線を投げかけて来ていた男のうちの1人だ。

 昼間から酒をあおり、酔っているようだな。


 フォートはその男に肩を組まれ、ビクビクと怯えている。


「ご、ご、ゴースさん。いや、彼は」


「お前が早くEランクになれるようによう、色々してやってんのは俺たちだせ? ――分かってんだろ?」


「もも、もちろんです。あの、ディ。依頼頑張って。それじゃ……」

 

 フォートは酔っている男に肩を組まれながら、酒場に向かって歩いていった。


 ほとんどの依頼がE級以上、受けられるF級依頼は常設の採取依頼のみで、戦闘が必要。で、フォートは普段はG級の荷積み依頼で生活してる、と。

 

 まあ、なんだか色々察するところはあるな。


 僕は常設依頼を受けるため、受付に向かった。

 冒険者タグをカウンターの上に置く。


「ポショの花の採取依頼を頼む」


 ちらり、とフォートの方に視線をやると、先程の酔った男にバカスカ頭を叩かれていた。


「なあ、あれはいいのか?」


 受付の男に確認する。

 僕の指の先をちらりと見た受付は、すぐに手元の書類に視線を落とした。


「よくある事です。問題ないですよ」


「そうか。それならよかった」


 僕は酒場に向かって歩き出した。

 後ろで受付が「ちょっと、ここに署名を」と言っているが無視だ。


 酒場のカウンターでエールを2杯買う。

 冒険者の流儀ってやつだ。

 話をする前にはエールを1杯奢るのがルール、というかマナーだな。


「あっ、ディ」


 僕はまずフォートにエールの杯を渡した。

 戸惑いながらもフォートはそれを受け取った。


 そして酔っ払いにもエールを差し出す。

 

 「お、わりぃな」


 受け取ろうとして酔っ払いが伸ばした手を、僕はヒョイと避けた。


 そして頭の上で、エールの杯を傾ける。当然、エールは酔っ払いの男の頭の上にビシャビシャと音を立てて落ちた。


 ギルド内にいる誰もが言葉を発せず、しんと静まり返る中、僕はちゃんと最後の1滴まで落ちるよう杯を振る。


 唖然とする男の前に、空になったエールの杯を投げ捨てて僕は言った。


「おいおい、もっと綺麗に飲めよ」



---


 あの後に起こった事を簡単にまとめよう。

 

 僕は襲い掛かってきた酔っ払いを軽くぶっ飛ばし、旅の凄腕戦士ムーブを決めた。


 すると舐められてたまるかと、ロマリオの冒険者たちが次々襲いかかって来て、血の気の多いバカ共はすぐに敵味方が分からなくなって大乱闘となった。


 何人かレベルの高いのがいたらしく良いパンチを貰ったが、最終的に僕は襲い掛かってきたやつらを全員叩きのめし、勝鬨を上げた。

 

 ギルドの受付がやって来て、「なるほど、腕に覚えがあるようですね」と言った。


 僕はドヤ顔でそれを肯定した。





 ――そして3日間のギルド利用禁止処分となった。

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