第9話 茜と群青に導かれて
西区への帰り道、僕とアンリは2人で歩いてた。
陽はだいぶ傾いて、通りを夕焼け色に染めていた。
「なあアンリ、なんでその服貰ったんだよ」
あの後、キルト父娘はこの縁起の悪いローブを渡すわけにはいけないと、別のローブを作ってくれると提案した。
しかしアンリは「それは神の意志に反する」として、自分が死ぬ時に着るかもしれないというローブを受け取ってきたのである。
あの時のアンリの顔は、本当に蒼白だった。
あれは演技なんかじゃないと、ずっと一緒にいる僕には確信できる。
「何言ってるのよ。こんな高そうな服、貰わないわけないじゃない。貰えるものは貰え。もうちょっとで貰えそうなものは頑張って貰え、がシスター・ロッリの教えでしょ」
孤児院は貧乏なのだ。
「そうなんだけどさ。でも、神託でみたんだろ?」
シスター・ロッリは信託は未来予知じゃないと言っていたが、夢で着ていたローブが実際に手の中にあるという事は、少なくともただの夢ではないという事だろう。
でも貰わなければ着ることもないのだ。
「未来は変えられる――。あなたがそう言ったじゃない」
「いや、まあ言ったけどさ」
「じゃあ高い服なんだから貰っておいた方が得じゃない」
「まあ……、そうなんだけどさ」
もうすぐ日が暮れるこの時間帯は、家路につく人達が多い。
ゆっくりと歩く僕らを追い越して、長く伸びた影がいくつもすれ違う。
「ねえディ。あなたのスキル、まだ強くなるんでしょ?」
突然の問いかけだった。
僕のスキルはまだ強くなるのか。
もちろんだ。
<アーカイブ>の読解もまだ終わってないし、これから様々な冒険を経て、覚醒イベントを迎える予定なのだから。
「私が夢で見た魔物は、強そうだったわよ」
「ふうん」
「<エア・スライム>じゃ倒せないわよ」
当たり前だ。あれで倒せる魔物はもう魔物じゃないだろう。
「俺のスキルがあんなもんなわけないだろう。すぐに魔王を倒せるぐらいに強くなるさ」
「アイヴィス様が授けてくれたんだもんね」
「まあな……。――なあアンリ、お前怖くないの?」
アンリに尋ねて、自分の声がやたらと大きく聞こえた事がふと気になった。
いつの間にか、辺りに人気がなくなっていた。
通りの向こうまで誰もいない。
確かに家に帰る時間ではあるが、ここまで人がいなくなることがあるか?
「怖い? 何が?」
「死ぬことだよ。見たんだろ?」
アンリは意外な事を聞いたような顔をした。
なんだよ。
「ディは私達の目的を忘れたの?」
「忘れるわけないだろ」
僕たちの目的は、4歳のあの時から変わらない。
「俺たちの冒険を
アンリは頷いた。
そうさ、僕たちはその為にずっと努力してきたんだ。
「じゃあ、魔王と戦うことになるのはどう思う?」
「最高の冒険だな」
「でしょう?」
なるほどね。
間違えていたのは僕だったわけだ。
僕らは冒険をしたくて生きている。
冒険を
じゃあ神様にお告げをされて、魔王と戦うのは最高の冒険じゃないか。
死ぬ夢をみた?
だからどうしたというんた。
それが未来なら、僕らはそれを変えてみせる。
「変えてやるか――未来ってやつをな」
「ええ。決められた運命なんて――退屈だわ」
アンリは不敵に笑った。
僕も不敵に笑った。
夕日はほとんど沈みかけていた。
もうすぐ夜が来る――。
---
さて、やっぱりおかしい。
さっきから誰も人がいないこの異常な風景。
こういった事ができるスキルに思い当たるものがある。
<結界術>と呼ばれるスキルだ。
<結界術>には色々な種類があるらしいが、こういう特殊な空間に相手を閉じ込めたりする魔法があるとスキル大全には載っていた。
問題は誰が、何の目的で僕らを結界の中に閉じ込めたのかと言うことだ。
僕とアンリが警戒しながら歩いていると、通りの向こうから走ってくる人影が見えた。
本来なら街の灯がつく頃だが、今は僅かに残った群青色の空だけが頼りだ。
「止まれ、何者だ」
「ディさん、アンリさん、無事だったんですね!」
声をかけてきたのはホロホロ君だった。
ギルドの外で会った事がないから何やら違和感があるな。
近づいて来ようとするホロホロ君を手で制止する。
「そこから動くな。……なんでこんなところにいる?」
「こんなところって。西区の道なんだからいたっておかしくないでしょう。それより大変なんです! すぐに身を隠して下さい!」
ホロホロ君は何やら焦っている様子だ。
先程から僕らに危険があるような事を言っているが、この状況に関係があるのか?
「何があったの?」
「ギルドの不手際です。まさか本部が軍と通じていたなんて――」
「どういう事だ?」
ホロホロ君は一瞬言い淀んだ。
ギルドの不手際という事らしいので、僕たちに言うべきかどうか迷ったんだろう。
だがすぐに決意したのか、口を開いた。
「アンリさんのスキル情報が、ギルド本部から王都の軍の関係者に漏れました。先程、西区ギルドにアンリさんの身柄を出すようにと軍人が何人も押しかけてきたんです」
突っ込みどころの多い情報だな。
ま、とりあえず分かった事がある。
僕はアンリと顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
どうやら僕らの冒険が大きく動き出したようだ。
---
どうやらディは吹っ切れたようね。
まったく、神託で死んじゃう夢を見たなんて、大冒険の始まりじゃない。
そりゃ初めは少し驚いたけど、冒険は命をかけてするものよ。
運命なんてものがあるなら、それを覆す事こそが素晴らしい冒険になるんだわ。
いつもの調子に戻ったところで、ディも辺りの異変に気がついたようだ。
さっきから誰ともすれ違わないこの状況。
この時間の通りではあまりに不自然だろう。
おそらくレアスキルの<結界術>。
私の貰ったローブは高価なものだけど、そんなレアスキル持っている物取りがいるとも思えない。
他に私たちが狙われる心当たりといえば――<ライフ・シード>ね。
その私の予想があっていた事は、ホロホロ君が教えてくれた。
ホロホロ君の言うところによると、スキルチェッカーはその場ではスキル情報を開示しないものの、実はギルド本部にあるという魔導具にはスキル名が記録されているのだという。
そういえば名前は本部に保存されるって言ってたわね。
つまりスキル名も保存される可能性も十分あったという事。油断してたわ。
もちろん、本来であればその情報が外部に開示される事はないのだという。
たとえ国が相手だったとしてもだ。
しかし今回は情報が漏れてしまっている。
誰かが情報を売ったのか、それとも本部自体が軍と癒着しているのか――。
「僕はアンリさんのスキルが何であるかは知りません。ギルドに乗り込んで来る程となると――」
余計な詮索をはじめたホロホロ君の唇に、指先を押し当てる。
ふふ、悪い子はできるお姉さんにお仕置きされるわよ。
「詮索はなしよ。いい子にしててね」
そしてウインクをする。
決まったわね。
ホロホロ君の目は冷めた感じだけど。
さて、そろそろ何かしら接触があっても良さそうだけど。
ホロホロ君が来た少し前から私たちは結界の中にいる。
タイミング的に見ておそらく、ホロホロ君が泳がされたのだろう。
ヘマばかりしちゃ駄目だって言ったのに。
仕方ないわね。
「アンリ、どうやらお出ましだ」
ディが視線を向けた先を見る。
警戒している私たちの前、通りの向こうから悠然と歩いてくる人影がある。
騎士だ。
白い全身甲冑を身にまとい、ゆっくりと歩いてくる。細かく彫金された鎧は、その人物が一般兵ではない事を示していた。
兜は被っていない。肩まで伸びた金髪は、風にさらりとそよいでいる。
腰には剣を携えていた。
騎士は私達の前で立ち止まった。
値踏みするかのようなその目は、分かりやすく私たちを見下している。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「ギルド職員、案内ご苦労だったな。下がれ」
ホロホロ君は苦い顔をした。
冒険者ギルドは国に属しているわけではない。
王国の貴族といえども、命令権はないのだ。
しかし同時にホロホロ君は王国で暮らす民だ。
王国内で貴族に逆らい、平穏に生きていくのは難しい。もちろん、他国に行くという選択肢はあるが、簡単な選択肢ではなかった。
それでもホロホロ君は言った。
「冒険者ギルドは所属する冒険者を売ったりしません。王国法において人身売買は違法です。お引き取りを」
騎士は何も応えず、ホロホロ君に歩み寄る。
――いけない!
「なっ――うわっ!」
私が庇うよりも早く、ディがホロホロ君の首根っこを捕まえて引っ張った。
騎士が放った拳は空を切り、苛立たしげにディを睨みつける。
「どういうつもりだ平民」
「こっちのセリフだ騎士。その自分は正しい事をしていると言わんばかりの態度、見てて恥ずかしいったらないな」
「世の中を知らんガキが。まあいい。貴様には知る必要も、自らの行いへの後悔も必要ない」
ディが木刀を腰から抜いて構えた。
私も杖を構える。
騎士は腰の剣を抜くことはおろか、何の予備動作もしなかった。
――そして次の瞬間、ディのいた場所には拳を振りぬいた騎士が立っていた。
「どうせ二度と会わんのだからな」
「――っな! ディ!?」
ディは数メートル先に吹き飛ばされ、そのまま倒れ込んでピクリとも動かなかった。
なんだこれは。
動きが早いとか、そんな次元じゃなかった。
まったく何も見えなかったのだ。
こんなのはあり得ない。
スキル、そう。スキルの力だ。
<結界術>にそんな能力が?
いや、それならスキル大全に何も書いてないと言う事はないだろう。
なら、<結界術>は別の誰かのスキルなのだ。
つまり敵は一人じゃない。
いや、軍なのだから当たり前か。
それよりディが動かない。
早く治療しなきゃ。
ああもう、考えがまとまらない!
騎士がこちらを向いた。
尻もちをついているホロホロ君は無視された。
「女、お前は一緒に来い」
「……悪いけど、顔が好みじゃないのよね」
「くだらん」
やはり何の予備動作もなかった。
次の瞬間、私は意識を失っていた。
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