死刑より残酷な刑罰を受けた男の末路

空色 一

第1話

 近未来の日本。時刻は夕暮れ時。

 一人の男が息を上げビルの階段を上り、屋上に出てきた。

 男は短髪黒髪で茶色い目をしていて、顔立ちは日本人のようだ。

 長く走っているせいで大量の汗をかき、シャワーを浴びたかのように濡れていた。

 汗で前が見えない。しかし、その汗を拭う余裕はなかった。

 必死で走る。


「はあはあ」


 屋上の端に向かったが隣のビルまでは距離があった。

 もう、逃げられない……そう思った男は、観念したように手を上げる。

 男の後ろから、銃を持った男たちが追ってきた。

 そして、逃げ場のない男に向かって銃を構えた。


「もうだめだ」


 男が目をつむりそう言った。


 カチン


 大きな音が鳴る

 しかし、男の体に異常は見られなかった。痛みもない。

 おかしい……男は不思議に思った。

 恐る恐る男が目を開けると…銃を持った男たちの動きが停止していた。


「どうなっているんだ……」


 主人公が唖然としていると、ぽよんぽよんと大きな腹を抱えた一人の男が現れた。

 その男は派手な白のメイクを顔に施し、口は赤く染まっていて、ピエロの格好をした小太りの男だった。


「どうも、ピエロです。走馬灯を見せに来ました」


 男は突然現れたピエロに言った。


「どうなっている!? 動きが止まった!」

「はい、あなたが死にかけていたので、私が時間を止め走馬灯を見せに来ました」


 ピエロが言う。走馬灯……意味が分からない。だが、この好機を逃す手はない!


「わかった…じゃ…じゃあ今の隙に逃げるぞ!!」


 主人公はそう言い、逃げようとすると、銃を持った男が動き始めた。


「とまれ!! 撃つぞ!!」

「何!? ま……まて!!! 撃つな!!」


 男が慌てふためくと、また、再び銃を持った男の動きが止まった。


「これでわかっていただけましたか? あなたは逃げられません。時間を止めた隙に逃げようとすると私が時間を戻すので、銃に打たれて死にますよ。今すぐ銃で撃たれて死ぬより走馬灯を見て少しでも余生を過ごしたくありませんか?」

「は? 意味が分からない!! お前はそもそもなんだ?」


 そう男が問いかける。すると、ピエロが頭を下げ、改めて自己紹介をした。


「申し遅れました。私はピエロです。死ぬ人の前に現れて走馬灯を見せ、その人の過去を振り替えさせる仕事をしています。今、あなたが死にかけていましたので急いで現れました……っといけません、もう時間がないんです!」

「何の時間だ?」


 男がピエロに尋ねる。


「私が時を止められる最大の時間です。早くしないと銃を持った男が動き出してしまいます。あなたが死んでしまうと走馬灯を見せられませんので……」

「……わかった……早く見せろ!!」


 男はよくわからなかったが、逃げる方法を見つけるための時間稼ぎのためこのピエロを利用することにした。


「かしこまりましたー。ちょっと待ってね……」


 そういい、ピエロが取り出したのは紙芝居だった。


「原始的だな……」


 男は思わず言った。 


「それではあなたの物語の始まり始まり~。」


 こうしてピエロによる男の走馬灯が始まった。


 

 男の名前はトム。トムはごく普通の家庭に生まれ育った。

 人並みに恋愛をし、別れを経験し、仕事や学校で一喜一憂し……普通の男だった。しかし、男は一般の人にない趣味を持っていた…


 それは――――殺しだった。


 まず初めに、虫を殺した。その次に猫、犬……そして最後に人を殺した。

 人を殺す時の快感はほかのものを殺した時の比にならないものだった。

 罪悪感、満足感、後ろめたさ、この後どう立ち振る舞えばばれないかなど多くの感情が湧き出てきた。


 その感覚がたまらなかった。


 そして5人目を殺したあたりで警察に見つかってしまった。警察から懸命に逃げ、ついに追い詰められてしまった。

 そして今に至る。


「ふん……つまらない話だ」


 男……いやトムは悪びれる様子もなくそう言った。


「そうですか……これであなたの走馬灯は終わりです」

「……」


 トムは走馬灯を見せていた間ずっとこの状況を打開する方法を模索していたが、よい方法を見つけられないでいた。


「一つ言い忘れたことがありました……実は私ずっと腰が痛かったんです」


 ピエロが意味不明なことを言った。


「そうか……それで?」


 トムは聞き返した。


「こんな話を知っていますか?良い人間には天使が、悪い人間には悪魔が死ぬ際には迎えに来ると……」

「……」


 トムはまだ、ピエロの話が見えてこなかった。


「いやだなあ、忘れてしまったのですか?さみしいなあ……私ですよ。あなたに殺された被害者のピエールです。この痛む腰を何度も何度もあなたに刺されて死にました」

「!!!」


 ピエロ……いやピエールの話にトムは驚いた。ありえない。自分が殺した人間が自分の目の前にいるなど……。しかし、ピエールには時を止める能力がある。それは普通の人間だとできないことだった……。

 トムは恐ろしかった……。自分の殺した人間が、目の前にいる……。トムは殺すのは好きだが、自分が殺されるのは嫌だった……。

 時を止める能力を持つ正体不明の人物が、自分に恨みを持つピエールだったとは……。


「うわあああぁぁぁ!!」


 トムは思わず叫んだ。そして一心不乱に逃げた。

 死にたくない!! こんな訳の分からない奴に殺されたくない!!


「逃がしません。私と一緒に地獄へ行ってもらいます!!」


 パチン


 

 そうピエロが言い、指を鳴らすと銃を持った男たちが一斉に動き出した。


「警察だ! 貴様を殺人の現行犯で逮捕する」


 逃げたトムの先に警察が待ち構えていて、トムを取り押さえた。


「いやだ!! 死にたくない!!! 離せ!!」


 こうしてトムは警察に捕まり、連行されていった。



 警察署取調室


「……以上が罪状だ。異論はあるか?」

「ピエロが来る……ピエロが来る……ピエロが来る」


 トムは、ピエールが恐ろしかった。あんな時を止めるほどの力を持った人物が自分の殺してしまったピエールだとは……。自分を恨んでいるに違いない。独房でいつピエールが殺しに来るか恐怖におびえているうちに半狂乱になり、ぼそぼそそうつぶやいていた。


「あのねぇ、話聞いてくれなきゃ困るんだよ……」


 警察が上の空のトムにそう言い、そろそろ話を切り上げ、取調室を後にしようとしたその時、男が取調室に入ってきた。あの時のピエロの男――ピエールだ。


「うわああああああ!! ピエロだああああ!!! やめてくれええええ!!」


 そう発狂したトムはこう続ける


「あんたは見えないのか!! このピエロが!! 俺はどうせ死刑になるんだろ!! 死刑になる前にそのピエロが俺を殺すかもしれない!! それはお前たちも困るだろ!!」

「はあ? ピエロなんていないだろ。」


 警察はきょとんとした顔でそういう。


「もう逃がさないよ……」


 ピエールがそうささやいた。


「うわあああああ!!」


 トムは叫んだ。




 その頃、法務省では……。 


 法務大臣室に、ノックをする男がいた。

 スーツ姿で、七三分けのいかにも真面目そうな男だ。年齢は30くらいだろうか。とても若く見える。


「入れ」

「失礼します」

 

 そう言って七三分けの男が部屋に入ってきて言った。


「囚人はもう精神的に弱っています。ピエロの幻覚が見えていて、いつ自殺するかわかりません。法務大臣、ご決断を」


 法務大臣にそう言った。法務大臣は中年の男性だ。オールバックの髪形で、髭はきれいに剃られているが、剃った跡が青くなっている。毛深いのだろう。しかし、目力はあった。この目力で睨みつけられたらどんな人でもひるんでしまうだろう。

 そんな法務大臣はその七三分けの男の言ったことにしばらく思考を巡らせて、言った。


「よろしい。自殺する前に早めに刑を執行しろ」





 法務大臣の命により、トムの死刑を執行する日はすぐに来た。


 朝、4人の刑務官が、トムのいる独房に来た。


「これより死刑を執行する」


 そう言い、トムのいる独房のカギを開け、トムを無理やり連れて独房から出させた。


「ピエロが来る。ピエロが来る。ピエロが来る……」


 トムはうわ言のようにそう繰り返した。

 あの後、トムが半狂乱になりながら叫んでいると、気づくとピエールは消えていた。それから、トムの前にピエールは現れていない。

 しかし、トムはいつ現れるかわからないピエールに怯え、正気を失っていた。

 トムを連れて長い廊下を歩く。


 そして、教誨室に通された。

 教誨室とは死刑囚が死刑になる前、死刑囚の所持品の処分方法や、教誨師――受刑者に道徳的教育をする者を言う。主に宗教者、牧師、神父、僧侶、神職がそれに該当する。――と話をしたり、遺書を書いたり、自分に供えられたお菓子を食べたりするところである。教誨室には死刑囚の仏壇が添えられている。


 しかし教誨室でも、うわ言のように「ピエロが来る」としか言わない死刑囚の様子を、刑務官は見て、教誨室で行うすべてのことは省略された。


 そして前室に通された。

 前室はすぐ横に執行室があり、執行室と前室を遮るものはカーテン一枚だ。

 青いカーテンで仕切られている。


 すると、拘置所所長が前室に入ってきて、こう言った。

 

「今より法務大臣の命により、死刑を執行する」


 そう言われ、正気に戻ったトムは暴れだした。


「!! いやだ!! 死にたくない!! 死にたくない!!」


 暴れるトムを刑務官が取り押さえる。そして、刑務官はトムの顔に白い化粧をし、手錠をかけた。

 トムは白いものを顔に塗られ、過剰に反応した。


「!! やめろ!! 俺をピエロにするのか!!!」


 トムが叫ぶ。もはやピエロのことしか頭になかった。


「違う! 何を言っているんだ! お前は今から被害者遺族の前で刑を執行される!! その時お前の顔が青白かったら残虐性が増すだろ! 少しでも残虐性を減らすため顔を白くする!!」

「やめろおおお!!」


 暴れるトムを隣の執行室へ移動させ、ロープをトムの首にかけ、急いで死刑が執行された。

 3人の刑務官が同時に3つのボタンを押した。これは、3人の誰が刑の執行ボタンかわからないようにし、少しでも刑務官の精神的ストレスを緩和するためだった。


 ビー


 ブザーの大きな音が鳴る。

 するとトムの足元が開き、トムはロープに首をつられる状態になった。


「ゔゔ……」


 トムは苦しそうに腕でロープをつかむと、少しでも息ができるようにロープを首から遠ざけようとした。しかし、そんなことができるわけがない。ロープはトムの体重で引っ張られ、首を絞める。


 バタバタと足を動かし、もがき苦しむトム。


 やがてトムは息を引き取った。


 トムの死に顔は、白く塗られた死に化粧と、舌をかんだのか血が口の周りにべったりついており、まるでピエロのようになっていた。





 トムの死刑後、警察署の廊下では、あのトムの前に現れたピエールが警察署にいた。

 そのピエールに刑務官は話しかけた。


「署長お疲れ様です」

 

 ピエールは署長と呼ばれた。


「お疲れ様」

「刑は無事執行されました」


 そう刑務官が言った。


「そうか……しかし、えぐいものだな。これが死刑より上の刑、狂乱刑か」


 ピエール……いや署長がまるで苦虫を噛み潰したような表情で言った。


「そうですね……署長はご存じだと思いますが、大量殺人や異常な猟奇殺人にただの死刑だと国が不十分だと判断し秘密裏に新しい罰を作りました。それがこの加害者を発狂させてから殺す狂乱刑です。我々の持つ加害者の情報と専門家の指導の下この方法が一番加害者を発狂させることができると結論を出し実行しました」


 刑務官がいった。それを聞き、署長が何かに気づいた表情で言った。


「なるほどな……確かに理にかなっている。加害者を発狂させるというのが重要だ」

「といいますと?」


 刑務官が尋ねる。


「仮にだ。被害者の霊が出てきたとして、もし自分が加害者でなければ被害者が加害者の顔を知っているわけだから動揺しないだろう。しかしトムは違った。動揺し、逃げた。そこで少しでも冤罪の可能性があればこの刑は執行されなかった」

「なるほどそれでこの刑は冤罪率が低いのですね」


 刑務官が署長の言葉に納得したように言った。


「そうだ」

「それでも一人を警官が大勢でだまし殺すのはあまり心地よくないですね」


 刑務官が言った。それもそうだ。警察は国家権力だ。そんな権力者が犯罪者とはいえ一人の人間をだましていいはずがなかった。しかし、署長がこう反論した。


「だが、実際凶悪事件は減ってきているぞ。断片的に情報を公開することで、大量殺人の加害者の奇妙な死に顔や死ぬまでの異常な言動などが犯罪者や国民の恐怖を煽っているようだ。また、今回のケースでは警察が完全に主人公を包囲する時間稼ぎにもなった。まあ、そうだとしても国が国民にこの刑の存在を公表することはないだろう。あまりに非人道的すぎる」

「そうですね」


 刑務官が署長の反論したことに納得した様子で言った。


「私がピエロの化粧をしているのも、私がピエールではないと気付かれないようにするため……か。よく考えられたものだ」

「ですね……って署長、今回時を止めた後、加害者と話しすぎですよ! 我々は時間が止まったと思わせるため動いてはいけないのですが、動かないのがどれだけつらかったか……」


 刑務官が署長に対して思い出したように言った。それを聞き、署長は申し訳なさそうに言った。


「あ、ごめんごめん、みんなプルプル震えだしたので会話している途中で、あ! 早くしないと、と思ったよ」


 そういい署長は思い出したのか、思わずくすくすと笑ってしまった。


「笑い事じゃないですよ……あ、署長次の狂乱刑の対象者が決まりました。」

「そうか、では行くか……」


 署長がそう言い、長い廊下を歩き始めた。


「しかし署長の演技力は素晴らしいと思います。尊敬します!」

「そうか~。ほめても何も出ないぞ」


 そう署長は嬉しそうに言った。


 そして、署長は次の狂乱刑の対象者の元へと向かった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死刑より残酷な刑罰を受けた男の末路 空色 一 @sorairohazime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ