絶冷の使徒 ‐3
「待つんだ!」
大きな声が女を制した。
一体誰だ。なんて野暮なことは言わない。こんな大きな声も出せるのだと、少し意外な少女の一面に驚いた。
「待ってくれ珀斗」
はくと、この女の名前だろうか。
部屋から出てきた右那は、刀の女の名を口にし、中央の階段からゆっくりと降りた。
「右那様」
「彼はデリーターじゃない」
「右那様。しかしその者が持つ刃は紛れもなく支給された暗殺武器でしょう」
「そうだ。けれど、まだ何もしていない。何ら業を積んでいないんだ」
「なるほど、それで……。納得しました。この者が波長を帯びてない理由が」
「だから……」
「しかし、もはやアプリに登録した時点でデリーターはデリーター。この男も私の業とし力の糧とさせて頂きます」
「やめなよ」
「何故止めるのですか。右那様」
「こんな彼を殺したところで、君の力に何ら増強は見込めない。意味が無い」
「わかっています。ただ、不愉快ですので消しておこうかと。このようなゴミの存在自体が、私は我慢なりませんので」
「珀斗、君がそういうつもりなら、ボクにも考えがある」
「はい? 右那様? 急に何を?」
「忠告するよ珀斗。ボクは誰の手も借りず自ら命を絶つという選択も、……あるにはある」
「馬鹿な。何を言いますか、右那様」
「本気さ」
「……、わかりました。どういうおつもりか知りませんが、貴方がそこまで言うならば手を引きます。おっしゃるとおり、この者を殺生したところで大した足しにはなりませんし」
「そうだ。それでいい。望みどおり、君がボクを殺して、全てを終わらせてくれ」
「……」
二人が一体何を話しているのか全く分からなかった。この化け犬と右那はどういう関係なのかとか、結局この化け犬は何なのかとか、一切の当たりもつかない。
ただひたすら、左腕の断面から流れ出る血を押さえつけ、難しいことをあれこれ考える余裕は無い。だんだんと冷える体、遠のいていく意識。死に体を掴まれた感覚に、震えが止まらない。
しかしそれでも、その重大なフレーズだけは、耳に、頭に、確実に捉えたのだった。
誰が死ぬって?
右那が?
ライトホープが、こんな意味不明な化け犬女に殺されるだ?
ふざけるんじゃない。
ふざけるんじゃないっての。
「んだってぇえええ? 誰が誰を殺すだぁああ? あ? もういっぺん言ってみろ!」
奇声のような悲鳴を吐いて。のそのそと立ち上がった。
「なんだこの男、よほど死にたいのか、ならば……」
「珀斗」
「わかっています」
守ると、決めたのだ。
デリーターをやって生計を立てようとか、そんな程度の軽い意思じゃない。もっと重たく、深い、命がけだって叫んでも恥ずかしくないほどの、覚悟が。この胸の中に燃えている。
「ぁあああああああああああ!」
右手に包丁の柄を包み込み、その切っ先を袴の女に向けて一直線。ひどくバランスを欠いた体は、狂気を帯び、今にも倒れそうな足取りで駆ける。
全身を一閃の刃に預けて、突撃。
「哀れな男だ」
包丁が女に刺さるその手前。彼女が振り上げた重いブーツが、体の直上より振り下ろされた。硬い踵が激突。どこに打撃を受けたかさえ定かでない、目にも止まらぬ踵落としは雷のように体を打ちつけた。
更にその衝撃は全身を貫通し足元の床を砕いた。先ほどの氷柱の発生で既に損傷していた床は、今の衝撃で完全に粉砕。自分の体が一瞬で床を破壊し、そこに落ちると言うよりか、下に発射されたように突き落とされる。
穴の開いた床に落下し、その最後、手を伸ばした先には何の表情もない右那が見下ろしていた。
彼女を助けられない。この苦しみも含め、全て罰とでもいうのだろうか。最低だ。
「さようなら、名も知れぬ君よ」
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