殺戮屋敷 ‐4


 彼女の名前は右那。年齢不詳の少女である。彼女はここで死を待ち続け、そして気付けば屋敷は殺戮の渦中にあった。デリーター同士が殺し合い、誰もこの依頼を果たすことができないらしい。そして、このタイミングでやってきたのは相当運が良いとのことだった。

 取り敢えず、このナチュラリスト然りすっぽんぽん愛好家には、その辺に落ちていた白いワンピースを無理矢理着せた。

 そしてどういう事の運びなのか、それでどうなったのかと言うと……、いまゲームをしている。画面に向かって隣に座り、そして、なぜ自分の手にもコントローラがあるのだろうか。状況は混沌を極める。

「デリーター同士で殺し合ったんだろ? 勝ち残った誰かがお前を殺すんじゃないの?」

「そんなことより、どうして君がボクの部屋でゲームをやってるかなぁ。この状況は流石に予想の斜め上だよ」

「こうすればお互い一旦落ち着くだろ。とりあえず。で、なんで殺人の代行者が殺し合う惨事になってるわけ」

「殺し合った、という表現には語弊があるね。絶対的な一人の強者が殺戮したんだ」

「なんで」

「さぁ、理由はその人に聞いてよ。ボクとしては迷惑千万なんだ。結局その人はボクを殺すつもりは、まだ、ないらしいし……」

「よくわかんねえ奴なんだなぁ」

「まぁね。でも君の方がよっぽどよくわかんない奴だよ。ホント、君は一体何しにきたのさ、この屋敷に」

「なんだろな、ほんと。まぁ、オマエに会いに来たってことには違いないだろ、一応な」

 と、冗談を言って彼女の白い横顔を見ると、不思議そうに覗き込む蒼い瞳と目が合った。

「理由はあれだけど、とりあえず遊びに来たってことでいいんじゃね。暇だし」

 そう言って視線を画面に戻したが、しばらく彼女はじっとこちらを見つめていた。それがどんな表情だったかは知らないが、侮蔑や疑念といったものではなかったように思う。

「君、デリーター失格だよ。抹殺の対象者と一緒に遊ぶとか、頭がおかしいとしか言いようがないね」

「別におかしくないだろ。大体そう簡単に人を殺したりするもんじゃないし、普通」

「その普通を自称する人間がデリーターをやってる時点でおかしいってことに気が付かないかなぁ」

「一理ある。けど、もう今までの生活には戻れないし、戻りたくないわけ。社会の除け者には殺し屋が適職だってのな。多分」

「愚かな人だなぁ。辞めた方がいいよ、今すぐにでもね」

「俺なんかに務まらないってか? 馬鹿にすんなよ、本気になりゃ人殺しくらい余裕だ」

「いやいや出来てないじゃん。と言うかね、そもそもそういう問題じゃないのさ。単純に資質の話。普通の常識人というか、まともな頭をしたような人は大抵向いてない。神の断片を解放できないどころか、脳神経がぶっ壊れて死ぬよ?」

「なんだそれ。まぁそれも、願ったり叶ったり、なんじゃねえの、よくわからんが……」

 ゲームの画面に集中しながら、彼女の言葉は話半分に流していた。

「はい俺の勝ち」

「あああ! 君ぃ、ちょっと強すぎやしないかい? 一体どうなってるのさ」

 対戦形式の格闘ゲームを始めてもう一時間以上経つのだが、本当に全く自分は何をしに来たのだろう。しかしこの少女を殺害だなんて、凡人の神経からしたら非現実的すぎるのもまた事実。ほんの一週間前の自分はただの引きこもり無職のニートである、そしてデリーター登録を済ませた後も未だ収入は無く、何ら特別な技量を身につけたわけでもない。つまり今に至っても、ただニートから浮浪者に変化しただけに過ぎない凡人以下の人間だ。

「まぁゲームは得意だし。それより腹減らない?」

「そうだね、棚にまだカップ麺があったはずだよ、特別に分けてあげようじゃないか」

「カップラーメンかぁ」

「うへへへ。うまいぞぉ~」 

 見渡せば、辺り一面カップラーメンのゴミだらけ。この女、多分これしか食べてない。

「他になんか食べたいとか思わないわけ」

「何を言うんだい、カップ麺は至高だろう。完璧な味に適度な栄養そして手軽さ、文明食の頂点と言ってもいいさ。なのに一体どうして他のものをわざわざ摂取するんだい?」

「それ単純に部屋から出たくないだけだろ」

「むむ、ま、まぁ確かにそれも一理あるが、うむ君の推理力は認めよう。しかしだね……」

「コスパで言えば最強かもな。カップ麺旨いし。でも飽きるんだよ、俺は飽きた。まぁここでちょっと待ってろって」

 取り敢えず、そんなものではここ数日分の空腹を誤魔化せないどころか更なる空腹を招きそうで良くない気がした。

「ああ、ちょっと何処行くんだい! 電子ケトルはそっちだ」

「厨房借りるわ。……お前。ニートの本気、見たくねえ?」

「へ?」

「ニートってのは無能だからニートじゃねえんだ。社会が俺に追いつけねえんだってなぁ」

「はて。頭が逝っちゃってるのかな?」

 そう言って一旦部屋を出た。

 冗談は置いておき、しかし実際ニートが何も出来ない種族かと言えばそうでもない。社会に適合出来ないタイプのニートは、他人との共同作業ができないだけだ。逆に言うと、一人でやる仕事なら意外なほど有能であるパターンもある。決して自分が有能だと言うつもりはないが、だが、料理の心得は多少あるのだ。

 邸宅の厨房はレストラン並に広く、調理器具は専門的な物まで何から何まで揃っている。そして幸いなことに、巨大な業務用冷凍庫は電源が繋がったまま稼働状態にあった。またその中身の豪華なこと……。

 数年ぶりに包丁を握った。と言おうと思ったが、そう言えばそうでもない……。

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