殺戮屋敷 ‐3
少女は、口を半開きのまま止まってしまっている。
「は?」
「さっきから聞いていれば殺せだの刺せだの。やかましいっての」
「いやいやいや、え? 君殺し屋だよね? デリーターだよね?」
「だからなんだっての」
「なんだって何だい? こっちがなんだってって話だよ」
自分は天邪鬼なんだろうか。やれと言われるとやりたくなくなる? そんな自覚はないが、しかし碌に人も殺せない軟弱者だと揶揄されたら言い返すことはできないだろう。ここはひとつ、無意識に出た適当発言にすがって、勢いとパワーで畳みかけるしかないとみた。
「俺の意思を決めるのは俺の意思だ。そんなに死にたきゃ自分で死ねっての」
「依頼はどうするつもりだよ」
「知らん、本気で殺したきゃ自分で殺すのが筋ってもんだろ。他人を頼るな」
「じゃあボクはどうすればいいのさ! こんな終わった生活をいつまでも惰性で過ごせって言うのかい? こんな牢獄みたいなさぁ」
「それこそ知るかっての。本気で死にたきゃ色々あるだろ、やり方なんて」
「でも!」
「でもじゃねぇの。人を散々馬鹿にしといて、自分は何だ? 碌に自殺もできやしない。怖いんだろ? 苦しいのも、痛いのもな」
と、言った自分の耳が痛いが……。今吐き出した言葉は、全て自分に戻って刺さる特大ブーメラン。ダメージ絶大。自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。
「……怖いさ。怖いとも」
「じゃぁなんで」
「痛いのも苦しいのも嫌だ。怖いよ。でも、それでも死にたいのは本気なんだ」
彼女は静かにそう続けた。
「だからさ、やってくれよ。ボクはずっとここで待ってるんだ。ボクを殺せる誰かをね」
力なく言葉を紡ぐ少女は透き通った瞳で真っ直ぐに見つめた。
「いいのかよ。それじゃ殺人の依頼主の思惑通りじゃんか。死ねって言われてマジで死ぬとか、馬鹿じゃねえのか」
「依頼主はボクの創造者だ。だからこの処分を受け入れるのは容易い、むしろ望ましいことだ。これはボクの願いでもある」
「は? 意味わかんねえ、なんだよそれ」
「だから……」
「だからじゃねえよ! 意味わからんっての!」
無自覚の熱がまたしても声を張り上げさせた。
「ちょっと、いきなり何キレてるのさ。君さっきからおかしいよ?」
「ずっと話聞いてりゃな、色々気に入らねえんだよ、全部。まずこの部屋が駄目だ。とりあえず電気つけろ、この陰気臭えのが悪い。引きこもりのニートかよ」
「あぁ! ちょっとやめて! 電気はだめだ!」
「聞く耳もたんっての」
扉の横にある部屋の照明のスイッチを叩き付けるよう拳で押した。
とにかく、無性に気に入らなかった。見るからに引きこもり無職がやるような、暗い部屋で一人ゲームをやりこんで……、それはともかく、まるで否定を受け入れるような姿勢が一番気に食わない。こういう輩にはどういう攻撃がよく効くのか自分が一番知っている。とにかく光りに晒して、やかましくして、外に引っ張り出す。想像するだけでも凄い嫌がらせだ。
「どうだ! 引きこもりめ」
と、煌々と照らす光の下、威勢良く得意げに言い放ったがいいものの……。
「うわぁあぁあぁああ、ま、眩しい! 目が! 目がぁあああ!」
「……」
一人の少女が蛍光灯の下に晒される。
神秘性さえも感じる肌は白磁器のように白い。痩せ気味な体格で四肢は細く、腰より長い金髪が華奢な体を柔らかく包んでいた。
包んで、いた? 肌を。
しかし髪で全身を隠せるはずもなく、正面の肌はほぼ丸見え。歳は十代真ん中くらいだろうが、一体なぜ、服が見当たらないのだ……。
「……ぅおおお! ぜ、全裸!」
「うわぁあぁあ、は、早く電気を消すんだ、目が死ぬ! 目がぁああぁあ!」
少女が両手で隠すのは体の前……、ではなく、両目を覆う。
「お、おおお、お前は早く何か着ろ!」
「君が電気を消せば済む話だ!」
「暗きゃ良いってもんじゃないだろ!」
「いいだろ、ボクの部屋だ! 服なんて煩わしいものボクは着ないぞ!」
「いや着ろよ。お前は猿か!」
「あ、君もしかして興奮してるの? やだなぁ~、これだから人間ってのは」
「するか! どうみてもガキ体型じゃねえか」
「つまりロリコン? 変態かい?」
「断じて違うね! そういうお前は露出狂だろが! 大体自分でロリ体型認めてちゃ世話ねえっての!」
「実に下らない話だ、そういう物質的観念に囚われた発想はさ。ボクという存在はこの体に在って、この体にないのさ」
「意味分からん、もういいからこれ巻いとけ!」
実際、子供体型と言っても、光ってるんじゃないかと思うほど透き通った肌が、それだけ全面に出ていると、目のやり場に困るのは男として普通だ。
取り敢えず近くに落ちていたベッドのシーツを投げて上から被せた。
「うわっとと。あぁ、暗いと落ち着くなぁ」
「完全に引きこもりニート体質だな。……、というかこの部屋さ」
「なんだぁ?」
蛍光灯に照らされた部屋は、それは酷い状況だった。他の死体部屋と大差ない散らかりよう。床と卓袱台の一面にカップラーメンの空いた容器が放置されており、中にはまだ汁の残っている容器に割り箸が突っ込んである。他には飲み残しのジュースのペットボトルやスナック菓子の袋など、生活感というものがリミットを振り切っている。
この様を見て、自分がいかに小物であるかと思い知った。彼女は、引きこもりの中でも特にズバ抜けたエリートだ。
「こいつはやべえな……」
「なにが?」
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