黒スマホ ‐2


 殺し屋生活一日目(橋の下)


「はははっ、それなー」

「それそれ。マジぱねえわ」

 何も知らない哀れな男子高校生が二人。のこのこと領域に踏み込んできた。可哀相だが、この世界は弱肉強食、人間だって例に漏れない。

 右手には包丁、その辺に落ちていたビニール袋を頭に被り、茂みの中から突撃した。

「オラァアアアア! テメエら、ポテチ置いてけやゴラァアアアア!」

 自転車に跨がる男の側面から奇襲を仕掛けた。

「うわぁあああ! なんかやべえ奴出た!」

「に、逃げようぜ!」

 動揺する彼らは、自転車の前かごから荷物を落としながら、一目散に走り去った。

「やったぜ」

 食料を獲得した。


 殺し屋生活二日目(橋の下)


「半額弁当置いてけやオラァアアアア!」

 コンビニのレジ袋を頭に被り、包丁を構えて突撃した。

「ひぃいいいい、なんか出たぁああ!」

 会社帰りのサラリーマン。こんな道を選定するとは全く愚かだ。鴨がネギをしょってやってきたかと思った次第である。

「やったぜ」

 食料を獲得した。


 殺し屋生活三日目(橋の下)


「オラァアアアア!」包丁を出す。

「ひゃぁああああ!」逃げる。

「やったぜ」

 食料を獲得した。


 殺し屋生活四日目(橋の下)


「ダァアアアアアア!」

「きゃぁああああ!」

 食料を獲得した。


 殺し屋生活五日目(橋の下)


「ァアアアアアアアアア!」

「……」

「アアアアアアアアアア!」

「……君だね?」

「アアアアアア、あ?」

「最近橋の下に出るって言う変質者は」

「……」

「ちょっと署まで一緒に来ようか。ん? あぁ刃物はアウトだねぇ。逮捕」

「おわぁああああああああ!」

「あ、ちょっとこら、待ちなさい」

 

 それから逃げ回ること数時間。なんとか警察を巻くことができた。覆面のお陰で顔もばれてはいないだろう。我ながら完璧。しかし縄張りを失ってしまったのは致命的損失だ。

「くそ、俺の殺し屋生活は五日で終わりかよ。これからどうしろってんだ」

 その時、ふとポケットの中にある黒スマホを思い出した。確かあのドローンは言っていた、わからないことがあれば電話しろと……。

 ピポパ。

「あ、もしもし、ドローンの人?」

 ――ルドセイ・ルイ・ルシファーである。

 今度は耳障りな電子音声ではなく、落ち着いた大人の低い声だった。

 ――どうしたのだ。

「詰みました」

 ――たわけかね、汝は。

「今後の身の振り方について、少し相談したいんですけど」

 ――そんなたわけた理由で吾輩に架電する者は汝が初めてであるよ。まぁよい。丁度こちらから連絡をしようと思っていたところであるのだ。

「ほんとですか。助かります」

 ――まず訊ねたいのだが。汝は、やる気があるのかね。

「やる気? そりゃもう、満ち満ちてますよ」

 ――よろしい。では是非とも聞かせて欲しいのだが、汝が思う理想の暗殺者とは一体どのようなものであろうかね。

「え? 理想? えー、まぁそうっすね、こう……、刃物振り回して『オラァアア!』 みたいな感じっすか?」

 ――……。

「いや、すんません。別に理想とか、そんな凄い考えはなんもないです」

 ――単刀直入に聞こう。なぜ人を殺さん。

 その時、ほんの少しであるが、スピーカーの向こう側に、刺すような冷たさを感じ取れた。

「あぁ、いや、なんか殺すほどの事でもないかなぁ、といいますか、今のところ……」

 ――……。

 一瞬の間をお置き、ルドセイはまた続けた。

 ――ノロクロよ。吾輩は事を強要をさせるつもりはない。だがしかし、汝は何故この道を選んだのだ。復讐か、快楽か、それとも大いなる義をもっての行動であるか。

「理由、ですか……」

 ――それが肝心であろう。初心に帰るのだ。と言ってもまだ何も始まってさえいないが……。ともかく、何故汝が尊い選択を為したのか、その胸に篤と聞いてみるがよい。

「なんで、デリーターになったのか……」

 ――今後の身の振り方に悩むのであれば、それが答えである。望むのであればデリーターの登録解除も受けよう。しかし、自らの手で同胞を殺める決意というのは、ただ金銭のためだけなのであろうか。

「決意?」

 黒スマホを少し耳から遠ざけて、もこもこと漂う雲を眺めて考えた。空が青い。

 なぜ人を殺すのか……。それは考えるまでもない。簡単だ。単純で明快だ。そこに崇高な哲学など存在するはずがなく。実に短絡的。 

 ――よいか。今はただ前へ進め。さすれば道も自ずと見えてこよう。心を決め、黒スマホを執れ。一覧から依頼を選び、その対象を抹殺せよ。そして報酬を受け、業を積み上げるのだ。さすれば汝等が元より内に秘めたる神の断片が一つずつ解き放たれ、いづれは使徒と覚醒しよう。

「そういえば、その使徒ってなんですか?」

 ――時が来ればわかる。今はただ勤めを果たせ。大いなる行動を実施せよ。というかだな、まずは手引き書を熟読するのだ。黒スマホにダウンロードされてるであろうが。そもそも吾輩に助けを求めるほどの状況というのはだな……、いや、まぁよい。ともかく動くのだ、吾輩をあまり落胆させぬように! では、さらばだ!

 

 こうして通話は切れた。

「俺が、デリーターをやる理由だって?」

 あの父親の顔をちょっと思い出すだけで、腹に沈んだ黒いどろどろと、赤く燻った危ない火種は、容易に化学反応を起こし、上の方まで血液が一瞬で吹き上がる。

 黒スマホを握りしめる手に自然と力が入った。

「簡単な事だ。苛立つんだ、他人ってのが全部」

 黒スマホの画面をこちらに向け。おもむろに依頼一覧の表示をタップした。

「この社会が醜いから、その醜い連中を葬り去って、それでもって生活の糧にしてやろうって話だ。文句ねえだろ、お前等が俺をそうしたんだ」

 依頼要項の件数は、一覧表示を軽くスクロールしても到底最後まで辿り着かないほど大量にある。この全てが憎しみの数だと思うと愉快極まりない。取り敢えず、右上のメニューからの条件検索で件数を絞る。

 地域を尾張中京に設定。高報酬順・期限順・近距離順など色々あるが、まずは報酬順にすることを選んだ。

「なんでもいいけど……、一番上は……。お?」

 初っ端から最高報酬依頼要項がとんでもない金額を示している。成功すれば高級外車が買えてしまうほどだ。

 迷う理由、躊躇う理由は何もない。とりあえず要項の確認は後回し、他のデリーターに取られる前に、件の依頼を速やかに引き受けた。


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