第20話 ノイルさんは、とても暇だそうです

さて、賢者関連は終わった。本当なら、公爵家の長男として、パーティーやら出ないといけない。けれど、僕には招待状が3枚だけ。しかも、1つは賢者達。2つは、祝福児達から。3つは、神聖教会。


全部、賢者としての僕に用件だよね?


神聖教会なんて、行ったら厄介事を押し付けてくるだろうし。これは、確実にパスしよう。


でも、パスしたらあいつが部屋に来るよね。だとすれば、部屋には居られないよな。絶対に、勇者連れてくるだろうし。正直、関わりたくない。最悪は、聖女の代わりに魔王の力を封じろって言われそう。


それは、嫌だし心が汚れる。堕天する、リスクはなるべく回避したい。なら、逃げるしかないよね。


うーん、暇だなぁ……。


「ねえ、クノン。少しだけ、お出かけしたいな。」


「では、少しだけ下調べをして……」


クノンは、手帳にペンを走らせながら言う。それでは、おそらく逃げ遅れる。あいつに、捕まるのは絶対に嫌だ。こうなれば、子供らしく行こう。外に出たいのは、逃げるためだけでは無いのだし。


「下調べしたら、つまらないでしょ?ここは、行き当たりばったりに行こう。最近、仕事ばかりだし初めて国外に出たんだから気ままに散策しなきゃ。」


ノイルは、満面の悪戯っぽい笑顔で言う。そして、素早く商人の子供に変装する。クノンは、その準備の良さに少しだけ驚き、優しく困ったように笑う。


「かしこまりました。」


「駄目だよ、クノン兄。」


ノイルは、明るい雰囲気で言えば固まるクノン。


「ノイル様……もしや、敬語禁止ですか?」


「勿論だよ。それと、僕は今から商人の息子イルだよ。今日は、クノン兄と遊びに来たって設定。」


クノンは、頭が痛そうに深いため息。ノイルは、諦めてと笑う。クノンは、渋々と頷く。


ノイルは、眼鏡をかけると髪色と瞳の色が変わる。


「ディルクバード様が、ノイル様をイル坊って呼ぶのはそう言う理由があったんですね。」


「……まあね。」


ノイルは、少しだけ驚いて一瞬だけ苦しげな表情をする。それを見て、クノン失言だったと気付く。


「えっと、イル。そろそろ、行きましょうか。」


ノイルは、何事も無かったかのように笑う。


「うん、行こうクノン兄。」


クノンは、さっき見たノイルの表情を思い返す。自分は、ノイル様の過去を知らない。あの、エウロス殿下さえだいたいの事しか知らないらしい。


ノイル様は、子供らしく無い。


記憶の継承、それで大人の思考になりやすいのは知ってます。しかし、それにしてもデキ過ぎている。普通の子供なら、わんぱくで遊びたい盛りで多少は我儘なはず。何か、大人にならなければならない事情が、ノイル様にはあったのでしょうか?


「さて、何処に行こうかな?」


きっと、貴方は私に話してはくださらない。まだ、信用が足りないからじゃない。おそらく、自分が傷ついて壊れるのが怖いから。これは、複雑な問題。


「地図、ありますよ。」


「敬語…」


ノイルは、困ったように笑う。


「すみません。」


「まあ、いっか。あ、屋台やってる。行こう。」


ノイルは、暢気に歩き出す。


いったい、このお方はどれ程の闇を抱えているのやら。そして、その痛みにどれくらい耐えていらっしゃるのだろうか。どちらにしろ、私は無力です。


「イル、次はあっちの屋台に行くんですか。」


「うん。あ、美味しい♪」


何でしょう、楽しそうに見えるのに。違和感が…。


「楽しいですか?」


「ん?楽しいよ、外の世界は新鮮だし。」


ノイルは、キョトンとしてから笑う。


嘘だ。何となく、分かります。


今の貴方は、楽しいと言いつつも空っぽです。たぶん、ここに行けば楽しいだろうと予想して動いてます。やはり、さっきの言葉のせい…ですかね。


「イル、帰りますか?」


「いや。まだ、帰れないかな。やっぱり、部屋に来たみたいだ。まだ、暫くはいるだろうしなぁ。」


ノイルは、本心から嫌そうに言う。


「居るとは?」


クノンは、咄嗟に疑問を口にする。


「異端審問審査官、イデアス。神聖騎士団長、ラネット。異世界勇者、晴明(はるあき)かな。」


え!?まさか、ノイル様の部屋に居るんですか!ノイルは、無言で疲れたように頷く。えー……。えっと、そう…ですね。はい、帰れませんね。


「そうだ、アルテナ教会に行こう。」


ノイルは、少しだけ俯いてから真剣に言う。


「この国、唯一の精霊信仰の教会ですか?」


「うん。少しだけ、祈りを捧げようかなって。」


何かを、隠すような作った笑みで言う。


「……無理、しないでください。」


すると、目を丸くするノイル。


「え?」


「いえ、何でもありません。」


「う、うん……。」


ノイルは、取り敢えず頷くと歩き出した。


「1つ、聞いても良いですか?」


「んー?答えられる、内容なら良いよ。」


ノイルは、少しだけ身構えたように言う。


「賢者関連、私を連れないのは何故ですか。」


「秘密。」


ノイルは、ふざけて答えなかった。


やはり、答えてはくれない。クノンは、小さくため息を吐き出して、空を見上げるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る