第5話 元凶が堂々とやってきた
翌日、さっそくソフィーユの嫌味を朝から聞いてあげた後、私は王子様と同じ魔法の授業を受けに行く。
ヒロインはまじめな頑張り屋さん設定。授業で熱心に王子様に質問して、仲良くなるのだ。
「先日はありがとうございました!」
「おや、君は……」
王子様は私の顔をまじまじと観察し、誰だったかなって思い出しているようだ。
ごめん!
今日はもう縦ロールじゃないからね!!出会いイベントから髪形を変えているって、そんなヒロインですみません!
ゆるふわウェーブになった私は、にっこり笑って頬を染めて言った。
「入学式の日に、教室がわからなくて案内していただいた者です。私、マデリーンと申します」
「あぁ、あのときの」
ようやく思い出したらしい。思い出したというか、わかったと言う方が正しいだろう。あのときはゴージャス縦ロールで、どうみてもソフィーユの熱狂的なファンもどきだったからね!
「よろしければ、火魔法を教えてくださいません?私、攻撃魔法が苦手なんです」
あああ、自分で言っていて虫唾が走る。
教師に聞け。頼むから、王子じゃなくて教師に聞こう?
ヒロインってどうしてこうも図々しいのかしら。
気を抜くと顔が死にそうだから、私は全力でヒロインを演じていた。
「僕でよければ」
王子様は嫌な顔ひとつせず、麗しい笑みを私に向けた。
しかしここで思わぬ敵が現れる。
「おや?マデリーン嬢。攻撃魔法なら、私が手取り足取りお教えしますよ?」
背後から気配もなく現れたのは、まさかのイケメンナビゲーター。リオルドだった。
「この学園の教師として、あなたのような熱心な生徒にはぜひ成長していって欲しいですからね」
「ああああああなたどうしてここに!?」
ぎょっと目を見開く私。
けれど彼はなぜか私を後ろから抱き締めるような姿勢で、堂々と腕を回してきた。
教師がこんなことしていいの!?
「あなたを間違えて転生させてしまいました。そのことについてご説明したく……」
彼は耳元でそっと囁いた。その声があまりに色気たっぷりで、私の顔は一瞬にして真っ赤に染まる。
悪役令嬢歴93回。けれど私は、エスコート以外で男性と接触したことはないのだ。イケメンからのバックハグに適応するなんて無茶だ。
私が硬直していると、リオルドの態度にむっとした王子様が眉間にしわを寄せて言った。
「教師として、そのような過度な接触は不適切だと思うのだが?」
「そうでしょうか?」
くすりと笑ったリオルドは、私から離れると殿下の手をスッと取った。武術の才でも秀でていると評判の王子様が、すぐに反応できない身のこなしって一体この人何者なの!?
「私はこのように、男子生徒にも平等ですよ?」
「っ!」
手に唇を寄せ、微笑むリオルド。
あれ、これってBL作品だったっけ?いやいやいや、ないない。違う。作品ジャンルが違う。
なんか二人の周りにバラの花が見えるけれど、それはあくまで雰囲気の問題であって私の勝手な思い込みが作り出した演出だ。
慌てて手を振りほどいた王子様。
ちょっと怯えた顔がかわいいわ、と思ってしまった。
「マデリーン嬢。放課後に三階の実験室で」
「え、ええ」
王子様を弄んで離れていくリオルドは、私にだけ聞こえる声で言った。
他の生徒に近づき、今度は違和感のない距離感で指導を行っている。
「なんなんだ、あの教師は」
「なんなんでしょうね……」
王子様は目が怒っている。侮辱と取ったのかもしれない。
そして私の手を両手でしっかり握って言った。
「マデリーン嬢、あいつは危険だ。困ったことがあったら何でも僕に言うといい。絶対に守ってみせる」
「え」
何この展開。
私の頭上には、私にしか見えないステータス画面が光っている。
――ピコンッ!
『好感度が上がりました』
一体なぜ好感度が上がったんだろう。
わからない。
ヒロインってどうなってるの?
王子様をじっと見つめていると、世にも麗しい笑みを向けられる。
――ピコンッ!
『好感度が上がりました』
なっ!?
見つめると好感度が上がるの!?
お、おそるべしヒロイン。
悪役は見つめると、「何か企んでいるな」って思われるのに……!
「どうしたんだい?体調でも悪いのかな?」
あぁ、言ってるそばから王子様が私の顔を覗き込んできた。
チョロいぞ、王子様。
大丈夫かしらこの国は。
返事を曖昧に濁して、控えめな笑いを浮かべる私。
すると王子様は突然私の背に手を回し、あろうことか腿裏にまで手を回してさっと抱き上げてきた。
「ひっ、きゃぁぁぁ!」
思わず悲鳴を上げる私。しかし王子様は怯むことなく歩き始める。
「すぐに保健医のところへ!」
「だ、大丈夫です!」
「大丈夫なわけないでしょう?顔色が悪い」
待って、大丈夫じゃないのは貴方様の頭です。
なぜほぼ初対面のクラスメイトを抱き上げるのですか!?
あああ、遠くの方でソフィーユがハンカチを噛みしめながらこっちを睨んでいる。
待って。ソフィーユ、どこでそんな古い表現を覚えたの!?後輩の演技が古いという心配事が増えた。
王子様はさくさくと歩き続け、あっという間に保健医のもとへ私を運ぶ。
「さぁ、ここで休むんだ」
「あ、ありがとうございます」
心臓がバクバクと鳴っている。
悪役歴が長い私は、男性に免疫がない。これといったキュンなワードも繰り出せず、おどおどしてしまうなんて……!
王子様は動揺する私を見て、ふっと優しく笑った。
「それではまた」
私の手の甲に口づけて、笑顔で去っていく。
背筋がぞわっとした。
怖い。
あれって堂々とした痴漢じゃない?
にこにこと笑顔で王子様を見送る保健医の先生は、まったく違和感を持っていないようだった。
どうなってるの、この世界は。
ヒロインってもしかして常に貞操に危機に見舞われているのかもしれない……
そんなことを漠然と思った。
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