第2話 転生はお仕事です
ギルドと橋で繋がった真白い建物は、悪役令嬢たちが住まう寮。
ホテルやコテージのような設備充実な部屋は、悪役令嬢ギルドのランクに合わせて割り当てられている。
私、マデリーンは10階建ての7階部分に部屋を持っている。静かな角部屋は、キッチン・風呂・トイレ付きの広々仕様。
「ふぅ」
一人の部屋で、次の作品に転生するためにナビゲーターを待つ。
けれど、部屋に戻って来てしまうと、優雅で美しい悪役令嬢は演じていられない。
「あぁぁぁぁ~、疲れたー!!」
お姫様みたいな天蓋付きのふかふかベッド。何度飛び込んでもスプリングは健在だ。
だらんと伸ばした手足。ドレスがシワになると思いきや、この部屋から一歩でも出ればあっという間にシワなんてなくなってしまうから平気だ。
「寝たーい、だるーい、めんどくさーい」
実は私、無気力系の悪役令嬢なのだ。
やる気があるのは、手先までくるるんと整えられたゴージャスな縦ロールだけ。
仕事は仕事できちんとやるけれど、プライベートはダメ人間そのものという自覚がある。
なるべくなら夕方まで寝ていたいし、時間帯を問わず好き放題に食べたいし、前髪なんてちょんまげ結びで朝までゲームがやりたい。
こんな姿、私を尊敬してくれている後輩には見せられない。
「あぁー、早いとこ悪役おばちゃんギルドに移籍したーい」
悪役令嬢ギルドと悪役おばちゃんギルドは、互いに自己申告なので別にどっちに所属してもいいらしい。
ただし、あまり若いと向こうに行っても仕事がない。
なぜ私が早くあっちに行きたいかというと、悪役おばちゃんギルドの仕事は「めっちゃ出番が少ない」からである。
例えば前妻の娘に嫌がらせをする役だとしよう。その場合、邸の中でほとんどすべての仕事が完結する。 それでいて、虐める内容もある程度決まっているから簡単ラクラクなお仕事である。
しかも昨今は、追放されるだけで済むことが多い。ときには、口頭注意、恥をかかされるだけで終わってしまう。
ぬるい。
こんな幸せなポジションはあまりない。
悪役令嬢は出ずっぱりなので、かなり忙しいのだ。
「はー、そろそろ迎えが来るのかしらー?」
さすがにまずいと思い、ベッドから起き上がって悪役令嬢の顔になる。
転生するには、物語への
目が覚めたときには、物語のキャラクターとして転生しているのだ。
「いよいよ、ね」
正キャ員になって、もっとゆっくりのんびりできる夢のぐうたら生活を手に入れる。
それが私の目標なのだ。
だから、今度の転生は何としてでも成功させなきゃ。
「待っていなさい、ヒロイン。私が苛め抜いてあげるわ……!」
並々ならぬ気合を入れて、私はナビゲーターがやってくるのを待った。
――コンコン。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
男の人の低い声。ナビゲーターがやってきた。
ん? いつも迎えに来る人よりも、声が若いわね。ナビゲーターはだいたい三人交代でやってきて、おなじみなのは40代の執事風ナビゲーターなんだけれど。
新人かしら、と思いつつ扉を開く。
「はい、お迎えご苦労様で……」
言葉が途中で止まってしまったのは、そこにいた人物があまりに美しかったから。
「「…………」」
オールバックにしたダークブラウンの髪、涼やかな黒い目。目鼻立ちの整った若い執事風の男性だ。
私よりも頭一つ以上高い身長に、華奢な細身の体躯。すらりと伸びた手足は、執事風の燕尾服がよく似合う。
じっと見つめ合うこと数秒。
先に口を開いたのは彼だった。
「本日、ご案内させていただきますリオルドです」
「リオルド、さん」
この顔と声、色気がすごい。魔性の男だわ。
なぜこの人がナビゲーターをやっているんだろう?
表舞台から引く手あまただろうに、裏方だなんて。演じるのが嫌なのかしら?
つい凝視してしまった。
「どうかなさいましたか?」
ピタリと動きを止めた私を見て、彼は不思議そうに尋ねる。
と言っても、その顔は眉ひとつ動いていないのだけれど。クールさが売りなのかしらね。
「マデリーンよ。準備はできているわ、さぁ行きましょう!」
気合十分。
私は扉から出て、いつものように転生部屋へと向かう。
「………………」
「………………何か?」
途中、なぜか彼はもの言いたげな雰囲気を出していた。2人きりで歩いているから、私に何か言いたいんだろうなとはわかる。
「いえ、今日もお美しいなと思いまして」
うさんくさい笑顔。
社交辞令は、社交辞令って見抜かれないように言いなさいよ、と心の中で思う。
「ありがとう。あなたもとても素敵よ」
「それはどうも」
しばらく無言で廊下を歩く。
しかしやはり、視線が気になる。
この百戦錬磨のマデリーン様に、何か注文でもあるのかしら?
「何か気になることでも?」
一応、笑顔を貼り付けたままで尋ねると、リオルドは歩きながら言った。
「そのお姿で向かわれるので?」
「そうよ?」
私は自分の姿を確認する。
長い赤い髪は、いつもどおり縦ロール。黒いドレスも似合っているはず。まぁ、転生したら物語に合わせて服も荷物も追加・変更されるから、今どんな服装かは関係ないんだけれど。
「何かいけない?」
不都合があるなら、今のうちに言って欲しい。
「いえ。どうかお気になさらず」
彼はすっと前を向く。
歩く速度は変わらないので、どうやら納得したらしい。私の杞憂だったか、とホッと胸をなでおろした。
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