第122話 卵仲間

 久しぶりの大神殿は、相変わらずキラキラと輝いていた。


 私は辺境伯令嬢として、馬鹿にされぬいでたちを……とベルンに着せられたシンプルだが質の良さが一目でわかるアイスブルーのドレスを纏い、ダイアナを伴って階段を登った。ダイアナはこのような公式な場面用の、パンツスタイルの執事服に、ポニーテールだ。

 いつもはさっさと神域に飛んでいくエメルも、今日は私の頭上にふわふわと浮いている。


「尾行は二人ってとこですね。そしてここで一人追加……まあこれは神殿の護衛でしょう」

「ご苦労なことね。ただの卵の集いなのに」


 ダイアナが一歩下がった距離から、そう呟くので、私も前を向いたまま返事し苦笑した。祖父の側近と兄の側近四人までは、神殿の卵の存在と、エメルの命でその孵化に手を貸している状況を教えている。


 辺境伯令嬢が大神殿に赴くことに、勝手に意味づけする人はいるだろう。あれこれ噂されたくはないし、ドラゴンの卵はトップシークレットではあるけれど、私やローゼンバルクには、何一つ後ろめたいことはない。


 そして、ここには辺境伯令嬢クロエの実の弟が、神官見習いとして奉仕している。弟に会いにきた姉を勘ぐるのは、下世話すぎるというものだ。

 ゆえに、我が屋敷の正門から出発し、大神殿も正面から堂々と入る。


 入口にて、証として招待状を手元に出すまでもなく、リド様が、学校とは違う、神々しい金の刺繍がこれでもかと入った神官服姿で待ち構えていた。


「リド様、お出迎えありがとうございます」

「今日はお呼びたてして申し訳ありません。クロエ先輩」


 リド様が、学校の学年を持ち出した。周囲の神官に私が侮られぬように、という配慮だろうか? なんにせよ、なんの障害もなく大神殿の中に通された。


 神域の前の小さな応接で、ダイアナと別れる。


「前回神域入りの許可をしたミラー? だっけ、そのあたりを連れてくるかと思ったけど? 本当に従者をつけずに一人で神域に来るんだ。ちょっと無防備じゃない?」


「卵仲間のリド様を信頼してるので」

 本当は肩の上にエメルがいるから、何も不安などないのだけれど。


「……そう。肝に銘じておくよ」


 光魔法のカーテンをくぐった。



 ◇◇◇




「なっ!」


 半年ぶりに見た、大神殿の卵は、前回私が作った木の社の中で、ピカピカと輝いていた。


「こんなに光るようになったなんて……光魔法の影響……よね?」

『会いにくるたびに輝きが増してるんだ〜綺麗だよね』


 エメルが目を細めてニッコリ笑った。


「クロエにはそう見えるんだ。私は毎日見てるからわからない。言われてみればいつのまにかこうなったなーと感じている」


 リド様もそう言いながら目尻を下げる。

 そういうリド様を、私はジトっと睨みつけた。

「……まさか、毎日限界まで魔力を与えてるんではないでしょうね?」

「い、いや、毎日じゃない! ただ、様子を見るだけの日もあるっ!」

 怪しいものだ。


「あ、姉上様、ご無沙汰しています!」


 声をかけられて振り向くと、急いできたのか、少し息の上がったアーシェルが真っ白な神官着姿で、胸に右手を置き立っていた。大神殿の中にある神学校を抜けてきたとのこと。


「アーシェル……大きくなったね……」

 彼は絶賛成長期のようだ。前回は私とそう変わらない身長だったのに……視線が上になっている。

 モルガンの父も背は高かったから、これからもっとグングン大きくなるだろう。


「クロエ、私は?」

 なぜかリド様がムキになって聞いてくる。


「リド様はそんなに変わった様子は……そうそう、あまり魔力を欠乏させると、魔力量は伸びますが、体の成長を阻害しますよ? 魔力は生命そのものだそうです」


「クロエ……もっと早く教えて……」


 リド様が我々世代で1、2位を争う美しいお顔を引き攣らせた。かなりショックを受けているようだ。これから無茶はしないだろう。


 見えるところには、リド様付きの神官が一人のみ。彼がアーシェルを神域に連れてきたのだろう。ほぼ卵仲間三人水入らずで、お茶をいただく。とても庶民には手の届かない、海の向こうの茶葉だ。


「このお茶、知ってた?」

「名前だけ。珠橙茶ですね? 初めて飲みました。とても勉強になります」

 初めてのものなので、そっとエメルに目配せすると、エメルも長い舌をペロリと出して味見した。二人で成分を確認し、トムじいの知識と照らし合わせ、味とともに記憶に刻む。


「レベルMAXのクロエを驚かせられることがあって、楽しいよ」

「リド様の歓待と格別なお計らい、胸に沁みました。祖父と兄にも必ずや伝えます」


 この世には、国で最も羽振りのいいアルマン商会がどれだけお金を積んでも手に入らないものも稀にある。必要なのはお金とは限らない。コネと権力と信者の信仰心。これはそういうものだ。

 私が頭を下げると、リド様は満足そうに、手を横に振った。


「ところでリド様、神官服がますます煌びやかになられましたね。地味な学校での姿とのギャップがすごいです」

「姉上、リド様は五位になられたのです」

 アーシェルが、世間話とはいえ、私に話しかけてくれる。嬉しい。それにしても、


「14歳で、特級の五位……」


 神殿の位は、コネやお金がものを言う。うちのドーマ様はあれだけの神への奉仕と技量がありながら、長らく下級神官だったのがいい例だ。最近ようやく正しい評価になったけれど……それを本人は今更?と、問題にもしていないけれど……。


 それに引き換え、リド様はサラブレッドだ。生まれた時から特級への道がまっすぐ開けていた。しかし、それでも……早すぎる。きっと、昇格を納得させる何かを見せつけたのだ。


「〈光魔法〉のレベルがぐっと上がったからね。私だって努力しているんだ」

「見る」意識をしてリド様を観察すれば、リド様はかなりレベルアップしていた。前は60レベルくらいだったのが、今や70は超えているか?


「……そうですね。将来ドラゴンと共に生きるならば、強いほうがいいですよね」

「ふふ、その通り!」


 気高きドラゴンと生きるのだ。己磨きにも熱が入るというもの。


「ところでアーシェル、学業はどうですか? 師匠の教えを守っていますか?」

 見たところ、アーシェルも〈風魔法〉レベルが上がったようだ。


「正直なところ、神学校の勉強はまだついていくのがやっとです。私には皆様のように基本がないので……。神殿への奉公と神学校とその予習復習で1日が終わり、師匠の元にいけるのは休日だけです。あまりいい弟子ではありません」


「まあ、他の少年神官はほぼ神官の血筋で、物心ついた時から教義なんかは諳んじることができるからね〜。でもアーシェル、仕方ないよね?」


「はい、自分で決めた道ですので」

 アーシェルがリド様に、真剣な顔で頷いた。


「弟子としてのお勤めは、カリーノ師が納得していらっしゃるのなら、慌てなくてもいいのでは? アーシェルにもカリーノ先生にも、時間はまだあるもの」


 そう言いながら、別れは突然やってくることに思い至った。でも、それを今言わなくてもいいはずだ。少なくともカリーノ様は、トムじいよりもうんと若いし……、この神殿で力もある。


「はい。先生も、今は神学校を優先させるように、と言ってくださいます」


 師の言葉を思い出し、ふっと微笑むアーシェルを見て、彼がここに残ったのは正しかったのだ、と思えた。


「ねえ、クロエが見たところ、あとどのくらいで孵ると思う?」


 リド様の声に、私は透明エメルに視線を流す。

 エメルが私に耳打ちする。


「……わかりません。個体差があるようなので。前も言いましたように、私は2年かかりましたし、でも数ヶ月で孵化するという話も聞きますし……」


「2年か……となると、あと一年半……」


「だから、私など一例です」

「わかってるよ。でも、クロエのなまの経験こそが、最も信憑性が高いだろう?」


 ふいに卵が、かた、かた、と揺れた。


『ああ……楽しげだな』

 エメルが穏やかな声でつぶやいた。


「姉上、見ましたか?」

 アーシェルが目をキラキラと輝かせる。


「ええ、健やかに成長してるみたいね」


 私も嬉しくて、卵を眺めて目尻が下がる。


「ねえクロエ、私が十分に魔力で満たしてやっても、やはり卵がアーシェルからも吸うんだ。どういうこと?」

 卵には浜辺の風紋のような白い模様が既に固定化されていた。


『別腹だ』

 エメル、言葉選んで! と思いながら、無難な表現に言い換える。


「えっと、ドラゴン的にはメインの魔法だけでなく、他の魔法も使えるほうが当然強いわけで………生存欲求で、〈風魔法〉も取り込んでるみたいです。リド様の〈光魔法〉が足りないわけではありません」


 こんな調子で二人の卵語りを聞き、エメルに確認しつつ問題のない知識を教えながら、系列の修道院で作られたサブレをいただいた。とても美味しいけれど、ローゼンバルク神殿のサブレのほうが、素朴でやっぱり好きだ。


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