第99話 協力
「……次期殿……詳しくお伝えいただけますか?」
大神官様が底冷えするような声でそう言った。
兄はそんな大神官様に動じることなく膝を組んだ。
「単純な話です。我らのドラゴン様が珍しく姿を現され、『大神殿の神域にこのままでは孵化できない卵がある。あれは自分の番だから助けるように』と命じられました。ドラゴン様の命は我々にとって絶対。こちらに卵があることに疑いはなく、手を貸すことは確定事項です」
「……助ける……とは?」
「〈魔親〉であるリド神官の魔力が圧倒的に足りません。そこを補強するのが第一ですが、それでも明らかにたりない。ゆえに、あと一人〈魔親〉を増やすようにと」
大神殿の秘密を暴かれたためか、兄の提案に驚いたからか、付き人も含めたこの場の大神殿関係者が全員瞠目する。
「〈魔親〉を二人……そんなこと……私と同等の〈光魔法〉のもの……まさかアベル殿下……」
リド様が首をふりながらつぶやく。
大神官様も険しい顔をする。察するに、王族の力など借りたくないということだろう。
「神殿にもいろいろな想いがあるでしょうが、〈光魔法〉にとらわれる必要はないでしょう。ドラゴンは祖先からあらゆる記憶や魔法を引き継いでいます。こちらの卵の先代は神殿に身を寄せた光ドラゴンだったかもしれませんが、その前まではわからないでしょう? 現時点で、すでに光の一系統ではないはず。光一系統の魔力にこだわるのは無意味です。ちなみに我らがドラゴン様は草色を纏っておられますが、親は土ドラゴンでしたので、どちらも同等に使いこなし、我らの土地に恵みをもたらします」
「……なんと……」
付き人の神官から、思わずと言った風に声が漏れた。
「ここでドラゴン様の提案です。アーシェルを〈魔親〉に加えるようにと。アーシェルは魔力量、この神殿の中で群を抜いています。それはとっくにお気づきで、それもあって入信に協力的だったのだと思いますが? そして若い」
「ぼ、僕が、ドラゴン? え? どういうこと……」
会話に置いてけぼりであったのに、いきなり名前が飛び出したアーシェルが慌てる。そんなアーシェルの横にミラーが跪き、私たちの会話の邪魔にならぬように説明する。
「ローゼンバルクのドラゴン様は、卵を孵化させるにはそれしかない、それでも間に合わないかもしれない、とおっしゃっています。いかがされますか?」
大神官様が、強張っていた表情をふっと緩めた。
「……断ることなどできるのか?」
「断れば……ただ、卵は腐り、我らのドラゴン様は番を失う。ドラゴン様は悲しまれ……大神殿に良い印象は持たないかもしれない。これから数百年」
神殿サイドの顔が引き攣った。
「つまり、私のもう一つの話とは、神殿の方法ではないかもしれませんが、我々のドラゴン様の方法にてのドラゴンの孵化を受け入れること。アーシェルが魔力を差し出し、孵化の手伝いをすることを対価に、彼の神殿での恒久的安定した地位を約束すること。そして生まれたドラゴンは我らのドラゴン様の番、決してドラゴン様が悲しむような、意にそむく無理難題を押し付けぬことです。いかがでしょうか? 正直なところ、一刻の猶予もないのですが」
「次期どの、この話はよそで……」
「漏らすわけがありません。我々もドラゴン様の秘密をずいぶんと晒していることをお考えください」
「ローゼンバルクのドラゴンの〈魔親〉は……クロエということですな?」
私は小さく頷いた。協力関係になるならば最初から明かしたほうが心証がいいだろう。
「だ、だが、せっかく〈光魔法〉の属性にするためにこれまで私は魔力を注いできたのだ! アーシェルというと……〈風魔法〉だろう?」
リド様が不満を表す。これまでの努力が無に帰ると思ったのかもしれない。
私は〈魔親〉の立場で、リド様に慎重に言葉を選びながら、説得をする。
「リド様……できれば孵化させることを第一に考えていただけないでしょうか? それに、はっきり確約はできませんが、これまでリド様が魔力を吸われた分、〈光魔法〉寄りのドラゴンの誕生になると思います。光と風の相性はいいので、より強く生き抜くことができるドラゴンが誕生すると思います。それに、生まれた後も、生涯魔力を吸われます。リド様一人では、支えきれず力尽きます。ドラゴンとの共存は、現代では人一人の力では無理。協力が必要なのです」
「それはもちろん……もうこれ以上……卵が崩れるのを……見たくなどないよ……」
リド様は、ひょっとしたらこれまでも、卵の〈魔親〉に選ばれて、孵化させられず悲しい想いをしてきたのかもしれない。
「その、ドラゴン様に無理難題を押し付けぬ、とは具体的にはどう言ったことを指している?」
大神官様が静かに尋ねる。
「有り体にいえば、人間の兵器扱いするな、と言ったところです。ドラゴン様にも心があり、そのようなマネをすれば、狂いかねません」
「意に沿わぬと狂う……経典に正気を失ったドラゴンを討伐する話もある。あれは、そういうことだったのやもしれんな……」
大神官は眉間に皺を寄せ、右手で顎をさすった。
「……ローゼンバルク次期伯、即答はできぬ。しかし前向きに検討しよう。そしてここまで腹を割って話してもらったのだ。ドラゴンの件がどうあれ、アーシェルの入信は歓迎する。その身の上ゆえの不遇を受けぬように特別に配慮することを約束する」
兄と私は、姿を消し見守るエメルに意識を向ける。エメルが納得したように頷いた。
「格別のお計らい、感謝します」
兄と私が頭を下げるのを見て、慌ててアーシェルも真似た。
◇◇◇
神官たちに送られて、応接室を退出すると、アーシェルが恐る恐る兄に声をかけた。
「あ、あの……いろいろ……ありがとうございます」
「お前のためではない。クロエのためだ。クロエが弟のお前のために必死になっているから、俺も愛するクロエのために動いた」
兄は前方を見据えたまま返事をする。
「兄弟だから……」
呟くアーシェルに、兄が立ち止まり、視線を流した。
「アーシェル、関係性のくくりなんぞどうでもいい。俺やクロエと無理に仲良しごっこしろなんてこれからも言うつもりはない。だが、そろそろ意固地にならず、好きな人間に心を開き、気の許せる人間を作ったほうが、人生楽だぞ」
「……」
「まあ、お前は結局子どもだ。俺が生きているうちは、お前の後ろ盾になるさ」
「クロエ……姉様のため?」
「そうだ。ああ、勘違いするなよ? おじい様はお前をちゃんと孫として気にかけている」
「そう……なのか……」
アーシェルの兄との会話は、私相手のものよりも数段意義のあるものだった。双方初めてのまともなやり取りというのに。
胸がチクリと痛み、その愚かな嫉妬に愕然として、俯いて大神殿の真っ白な廊下を歩いた。
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